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シニガミノシゴト  作者: セツナドロップ
【case.2 ステイ・ゴールド】
2/10

第一話 アイドルノシゴト

 

 シニガミの仕事とは言っているが、仕事をしたところで僕らに報酬は何も支払われない。

 週休二日とか、残業時間とかそういった概念もない。

 シニガミは死んでいるから、寝る必要もなければ、食べる必要もない。

 言ってしまえば。元々、黄泉送りを行うためだけの存在である僕らに、休息などは必要ないのだ。

 故に基本、僕らシニガミに休息はないはず……なのだが。


「メイちゃん、ソースとって」


「……はい。」


「それ、醤油ね。右の青い頭のヤツ」


「……はい。」


「ありがと、メイちゃん」


 不知火霊相談所での優雅な朝食のひと時。

 ハジメさんにメイがウスターソースを取ってあげている。


 眼鏡を掛けた茶髪の優男。不知火しらぬい はじめ

 この不知火霊相談所の社長にして、僕らシニガミのサポートをしてくれている案内人。


 目玉焼きにソースを三周半回しながらかけ、べちゃべちゃにした。

 僕の食欲を全力で奪いに来ている。


「ちょっと、お兄ちゃんっ。いつも先にソースかけるのやめてって言ってるでしょ? 一口くらい食べてからにしてよ。味付けしてるんだからっ」


 正論率100パーセントのことを言いながら、頬を膨らませる巫女服姿の少女。上からは猫のワッペンのついたエプロンを着ている。

 不知火しらぬい 星七せな

 ハジメさんの妹にして、家事全般及び事務業務をこなすできた女の子。ハジメさんと同じ案内人の一人。


「ごめんごめん、セナたん。でも、怒った顔も可愛いぞっ?」


「やめてよ、お兄ちゃん。キモい」


「お兄ちゃん傷ついちゃうな~。でも、そんな冷たいセナたんも可愛いぞっ」


 この兄貴(シスコン)、強い。セナちゃんの真顔でキモい発言を嬉しそうにかわしている。


 その横でそんなやり取りには目もくれず、ひたすら米を頬張るのは銀髪の女。メイだ。

 僕と同じシニガミにして、先輩。僕がこの相談所に来た時にはすでにいたシニガミだ。

 惚れ惚れするような鈍く光る銀のそれを、横で二つ結んでいる。長いまつ毛の下には、深紅の瞳をのぞかせる。

 ふいに目が合う。


「……ナナシ。これ。」


「あ、うん。ありがとう」


 メイは僕に赤頭の醤油の入った瓶を渡してきた。

 僕は目玉焼きには醤油派だ。ソース派。特にウスターソース派とは絶対に相いれないと思っている。

 流石に三か月同じテーブルを囲んでいれば、そういうことも分かってくるだろうか。

 醤油を受け取ると、メイは小さく頷いたように見えた。それから茶碗の米をもくもくとかみ砕いていく。


 相談所は住居兼事務所となっており、ご飯は大体事務所の方で食べている。

 一つのテーブルを二つのソファーで囲む形だ。

 奥にはハジメさんの立派な机と、セナちゃんの可愛らしく整えられた机がある。

 テレビからは朝のニュース番組がガヤガヤと流れていた。


「いい加減、ナナシ君にも新しい扉を開いてほしいものだよ。ほら、もう開きかけているよ。ウスター道」


「開くも何もそんな扉、僕にはないですよ。そんなもんかけたら、折角のおいしい目玉焼きが台無しですし」


「その通りですっ! さっすが、ナナシさんっ! ほらほら、おかわりありますよ? ご飯ついであげましょうか? 食べないと大きくなれませんよ?」


 セナちゃんはなぜか嬉しそうにぐいぐい迫ってくる。

 耳元をふわりと覆う髪をちょこんと揺らし、大きな曇りのない眼がまっすぐ僕を見つめている。

 君は僕のお母さんか。ていうか、大きくなるもなにも僕死んでるんだけど。


「い、いや、まだいいよ、セナちゃん。ありがとう」


「そうですか? おかわりなら言ってくださいね?」


 セナちゃんは名残惜しそうに自分のご飯を食べ始める。

 よくわからないけど、少し罪悪感が生まれる。おかわりした方が良かっただろうか。


「おのれ、ナナシ君め。セナたんに媚を売るとは……。お兄ちゃんは許しませんよ……」


 ハジメさんがなにやらぶつぶつ言っているが、気にしたら負けな気がする。


 この不知火霊相談所では、一つだけルールがある。

 それは、毎朝毎晩は全員でご飯を食べること。

 ここで世話になっている身ではあるため、そのルールから逸脱する理由もない。


 だから、こうしてご飯を食べる必要のない、僕たちシニガミもテーブルを囲んでいるわけだ。

 僕らシニガミにも普通に味覚などの五感は存在する。

 美味しいものを食べれば、普通に美味しいと感じられる。

 食べて損することは特に無いのも事実。


「あっ! ヒヨリちゃんだっ! ええっ! とうとうセンターになるんだぁ、カワイイなぁ」


 セナちゃんはテレビに映ったアイドルの女の子を見ながら、憧れの眼差しを向けている。

 彼女も16歳。お年頃だ。可愛いものには目がないのが、女の子というものなんじゃないだろうか。


「ね? ナナシさんもそう思いません? 右目の下にあるこの泣きぼくろがチャームポイントなんですよっ! 笑顔も可愛いし、歌も上手いし、ダンスもキレキレだし、スタイルも良いっ! 完璧なんですよっ! これでセナと同い年なんですよ? 信じられます?!」


「おっ、おう。う、うん。すごいね」


 セナちゃんはすっげー早口で僕に力説してくる。

 アイドル好きなのかな、セナちゃん。

 僕はその情熱に押されてたじろいでしまう。


「アイドルなんて、裏では何やってるか分かんないじゃん。男釣って金巻き上げるんだったら、キャバ嬢と変わんなくない?」


 僕は思わずクズ眼鏡を二度見した。

 ハジメさんはとんでもない爆弾をぶちまけたのだ。

 最低だよ、この大人。

 なにも純粋無垢な少女の前で言うことじゃないだろうに。

 その時、どこかで何かが切れた音がした。


「お兄ちゃん……」


「ひっ―――」


 立ち上がる妹。固まる兄。そんな構図だ。


「せ・い・ざ―――」


「は、はい」


 仁王立ちの妹。正座させられる兄。シュールな絵面だ。


「セナは前々から愚兄の根性をどこかで叩き直さないといけないと思ってたの」


「ぐ、愚兄?」


 愚兄。言葉通り、愚かな兄。兄に対する最大の蔑称。

 セナちゃんの口から出てきていい言葉ではない。明らかにキレている。

 まあ、キレるよね。キレて良いと思うよ。馬鹿なんだもん君の兄貴。

 妹の好きなアイドルをナチュラルに貶したんだもん。

 これは流石にまずいと思っているのか。

 愚兄こと、ハジメさんの顔は真っ青だ。


「良い? お兄ちゃん。アイドルは夢を与える仕事なの。お兄ちゃんみたいに日銭稼ぐだけで精一杯の底辺とは違うんだよ? 満足に家賃も払えてないクズと比べるのもおこがましい尊い存在なの。分かる? そんなんだから、彼女にも振られるし、SNSもブロックされるんだよ? てか、前々から思ってたけど、その茶髪似合ってないから。カッコイイと思ってるの? だっさいから。あと……」


 セナちゃんによる報復は、まだまだ終わらなかった。

 愚兄の根性は叩き直されるどころか折れかけている。

 愛すべき妹からの叱責に白目を向いてた。抜けかけてる魂が見える。

 こいつが抜けきったら、僕の出番だろうか。

 メイに視線を移すと、炊飯器ごとしゃもじでご飯を食べてやがる。

 この状況でよくそんなガッつけるな、おい。


 これが不知火霊相談所の日常。

 こんな騒がしい朝食も悪くない。

 そう思ってしまう。


 そして、玄関から鳴るチャイムがこの日常にささやかな変化を与える。


「あっ! お、お客さんかもっ!」


 チャイムの音で息を吹き返したハジメさんがわざとらしく玄関まで走って行ってしまう。


「あっ、ちょっと、お兄ちゃんっ! っもう〜」


 獲物が逃げてしまい頬を膨らませるセナちゃん。

 不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


 不知火霊相談所では心霊現象などの相談事がよく依頼で転がり込んでくる。例えば事故物件の除霊依頼なんてものもくる。

 大体は死んでしまった人の魂。亡き影(ナキカゲ)が悪さをしていることが多いので、僕らシニガミが黄泉送りする。

 除霊もできて黄泉送りもできる、一石二鳥のシニガミには持って来いの職場でもある。


「あの、お客さんが来たよ」


 しばらくしてから、ハジメさんが戻ってきた。

 ただ、なにやら顔色が優れない。セナちゃんからのダメージがまだ残っているのだろうか。


「どうぞ、散らかってますけど。こちら、杠葉 柊依(ゆずりは ひより) さん」


 ハジメさんの後ろから、女の子が姿を現した。

 僕らは目を疑った。

 なぜなら、この女の子は先ほどまでテレビに映ってたアイドルと瓜二つだったからだ。

 瓜二つというか、本人。


「え、え? ヒヨリちゃん? え、え? えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 処理の追いつかなくなったセナちゃんがぶっ倒れた。

 僕はなんとか、彼女を支えることができた。

 そして僕はふと視線を感じて顔を上げる。

 悩ましげな右目下にある泣きぼくろ。その上にある吸い込まれそうな黒い瞳。

 それと、目が合ってしまった。


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