6☆都合良く勇者に
「話を戻しますが、先程の『勇者』を誰に与えるか、という件です」
「はい」
「それ、そこの男の子に与えていただきたいのです。床で倒れている、そこの」
「この子ですか?」
「ええ」
私が公斗くんを指で示すと、ラウィさんは空で停止した様々な器物を避けながら、公斗くんの横へと移動していった。
「確かに度胸のある人間ではありましたね。考えてみれば、この中で私に声を掛けた唯一の子ですか」
度胸に関しては、当然と言えば当然であった。
彼は私の手によって、様々な波乱万丈な体験を繰り返して来たのだから、むしろ多少は肝が据わって貰わなくて困る。
私は苦難だけでなく、多種多様なラッキースケベも彼に投げつけて来た。
そしてそれによって生じた修羅場も数えきれない。
その経験によって身についた、公斗くんの「とりあえずその場を乗り切る力」は相当なものだ。
「どうでしょう。可能ですか?」
「はい、勿論問題ございません。勇者はこの子に致しましょう」
どうにか私の仕事は首の皮一枚で繋がったらしい。
「迷惑をお掛けしますね」
「いえ、そのようなことは……。シルス様のお役に立てたという事実だけで、私は十分に幸せです」
ほんのりと頬を染めながら、嬉しそうに微笑むラウィさん。
その愛らしさに私も頬を緩ませそうになる。
――めっちゃ可愛い私の直属の従者にしたい。
第一印象では「なんだこの生意気な神は。はっ倒したろか」というレベルだったのだが、やはり一目で本性は分からないらしい。
何よりもこのおっぱいをすぐ側に置いておけるのは魅力的だった。
それにこの子なら揉んでも許してくれそうな気がする。
とはいえ私の一存で今すぐに従者にする、なんてことは出来ない。
神における主従契約は互いの同意だけではなく、互いへの好意が必要になるからだ。
偉い側が強引に主従関係を結ばせることが出来ないように、という処置らしいが、妥当なところかなぁというのが私の感想。
ラウィはこれから魔王とやらの対応で、忙しくなることは容易に想像がつくし、彼女が私に好意を持ってくれている可能性は考えにくい。
――むしろ泣かせてますしね。
とはいえ、何かマーキングくらいはしたいところではあった。
何処ぞの神に掠め取られでもしたら悔やんでも悔やみきれない。
何か良い作戦は無いものか、と考えていると、公斗くんの床に落ちた右腕が目についた。
腕。
切断。
閃 い た。
「ラウィさん」
「はい、どうか致しましたか?シルス様」
「先程、罰が無くては他の神に面目が立たないと、仰ってましたよね」
「……え、えぇ」
「やはり罰を与えましょう」
恐ろしい程に文脈を無視した突貫スタイルだった。
正直今ならラウィに殴られても怒れない。
しかし私の言葉を聞いて、ラウィの表情は一瞬にして鋭いものに変わった。
同時に、私の目の前で跪く。
「……仰せのままに」
顔を伏せ、こちらが続ける指示を真摯に待機する姿勢である。
そのあまりの素直さに、私の中でのラウィの好感度がグングン高まっていくのを感じた。
「罰は一つ。貴女の右腕を、預かります」
「腕、ですか」
「はい。そして貴女から切り落とした腕を、この男の子に馴染ませて繋げます」
「……なるほど」
「罰としては妥当だとは思いませんか?自身が行ったことを、その身で味わうだけです」
「仰る通りです」
――いや全然仰る通りではないと思う。
むしろえげつないこと言ってる自覚しかなかった。
ただ私の目的は、ラウィの腕を奪うこと自体ではなく、この先だ。
「そして私の神気で作り上げた――この腕を、貴女には使っていただきます」
ラウィが固まった。
口を開けて呆然としている。
この腕から僅かに溢れる私の神気によって、殆どの神々はラウィに近づくことすらしなくなる。
これは実質マーキング。
「……?それは罰、なのですか?」
「はい、罰です。貴女は慣れない身体で過ごすことになります。辛いです」
「しかしそれは私に力を与えて下さるのと変わらな――「罰です」
私はもう罰という体でゴリ押す。
「どうします?ラウィさん。この罰を受け入れますか?」
拒否されたらどうしましょう、恥ずかしい――なんて考えていたが、その不安は杞憂に終わった。
ラウィさんは笑顔で――
「はい、勿論です」
――と、答えてくれた。
その後は単なる作業だった。
時間の流れを元に戻し、転移の魔法を再開。
そしてラウィの当初の予定通り、彼らはラウィの管理する世界、『グラデリオ』へと跳んでいった。
その最中、魔法陣の光で皆の視界が遮られた瞬間に、私は公斗くんの腕にラウィの腕を馴染ませた。
まるで再生したかのように、その腕に違和感はない。
これで私の今回の仕事は一段落。
彼は都合良く美少女と出会い、都合良く学校で再会し、都合良く勇者に選ばれ、都合良く神の腕を手に入れた。
――しかし本番はこれからみたいですね。
「公斗くん、次は異世界編ですよ。新しい生活が始まりますね」
私は貴方に楽をさせるつもりはない。
苦難は全て、貴方のもの。
存分に苦しんで、血反吐を吐いて戦うといい。
でも最後は絶対にハッピーエンドに辿り着くことを約束できる。
なぜなら――
「――私が貴方についていますから」
誰もいなくなった教室で、私は一人呟いた。
この次から本編です。楽しんでいってください。
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