5☆都合良く異世界はピンチ
とりあえずカリスマは壊せって東方で習った。
それにしても、これは唐突に異世界編が始まってしまいそうな流れだ。
公斗くんにはこの世界で大成して頂きたいと考えていたが、そうも言っていられないらしい。
「貴女、名は?あと保有する世界の呼称を教えていただけますか」
「はい。私はラーディンハーウィンと申します。世界の名は『グラデリオ』と」
「ラーディンハーウィンさんの、……えと、グラデリオですね。はい確認しました。長いんでラウィって呼びますね。今回の後始末は私が終わらせておくんで、ラウィさんは『魔王』とやらの件、頑張ってください」
ラーディンハーウィン、略してラウィ。
なかなか愛らしい呼び名ではないかと私は思う。
「ラウィ……。はい、ぜんりょきゅ。……失礼しました。全力で当たらせていただきます」
ラウィさんは舌を噛んだ。
その様子を見るに、彼女はまだ緊張しているようだ、と私は思う。
今は私の方から威圧をしているつもりはなかったが、やはり立場の差は萎縮の原因になるのか。
――私の方から意識して、低姿勢で接しましょう……。
「ラウィさんラウィさん。続けて質問になってしまい申し訳ないのですが、ここの方たちはどのように扱うつもりなのです?このまま連れて行っても戦力にはならないでしょうし」
「それについては全員に、それぞれの望む系統のレアスキルを一つずつ用意するつもりです」
「あぁ、よくあるやつですね」
「加えて、リーダーに当たる人物が必要になると思うので、この中の一人に『勇者』のクラスを与えようかと考えていております」
――勇者。
「全ステータスに大幅なバフを掛け、同時に隠しパラメータで『魔王特攻』を持つ、という効果です。同一時間帯では一人しか存在出来ない、とても強力なものとなっています」
――『魔王特攻』、『一人しか』。
「……ラウィさん。それ、どなたに付与するつもりです?」
これは完全に主人公の仕事だった。
もしも公斗くん以外の人間に渡ったら、と思うと寒気がする。
これまでの私の仕事は完全に無駄になり、また一からやり直す羽目になるのは間違いない。
つまり彼と出会ったときから、何度も時を繰り返し環境を整えてきた私の努力は無に帰す、と。
「あ、はい。そこで固まっている、金髪の活発そうな男の子にしようかと――」
「ダメです」
「……え?」
「ダメです、と」
「で、ではそこの女の子に――」
「ダメです」
「委員長っぽいあの男の子――」
「ダメです」
「な、なら虐められてそうなそこの――」
「ダメです」
「ぇ……ふぇ……」
「ダメです」
勢いのままに間違えて、何だかよく分からないことまで否定してしまったような。
「ぅ、ぐすっ……」
「え?あ、や、ごめんなさい。な、泣かないで……。怒ってるわけじゃないんです、本当に。待ってごめんなさい、これパワハラ?違うんです、待って」
ラウィさんの頬を伝う涙を見て、私はやらかしたことを悟る。
思わぬピンチの登場に、頭が真っ白になっていた。
結果、下の者への配慮も失い、数秒前に固めたばかりの「低姿勢で接していこう」という意思も何処かに飛んで行った。
――なんて、情けない……っ。
こんなことだから彼氏の一人も出来ないのだ、と己の心を抉り取る。
「い、いえ。な、泣い…てなど、おりません。ご心配、なさらず」
そう話すラウィさんの声は震えていた。
彼女の自制心によるものか、表情だけは平常のそれだが、涙が留めきれていなかった。
その姿は誰がどう見ても泣いていると判断するし、そしてそれが私の責任である点にも疑いはない。
必死に平静を装いつつ、頬を濡らす彼女の姿を見ていると、あまりの申し訳なさにこちらまで切なくなる。
しかしどうしたものだろうか、と私は悩む。
泣かせた女性への適切な対応など、私は知る由もなかった。
頭を捻り、腕を組み、むむむと考えてはみたものの、やはり明確な答えは見つかりそうもない。
――と、取り敢えずハグでもしてみましょうか。
泣いた子には優しくスキンシップすべしと、何かの漫画で読んだ記憶があった。
如何せん唐突過ぎる気もするが、女性同士であればどう転んでも大きな問題にはならない筈。
私は、やっちまえ、と脳のリミッター的なものを外して実行に移した。
「失礼っ」
「え?」
驚くラウィさんを置き去りに、私は彼女を抱き抱えた。
私よりラウィさんの方が身長が高いため、そのまま飛びついたのでは届かない。
なので私は空に浮かび上がり身長の差を埋めて、無理矢理彼女の頭を私の胸に収める形を取った。
「――!?!?」
「怖がらせてごめんなさい。貴女は何も悪くありませんよ、ラウィ。落ち着いて、深呼吸を」
私の胸に、ラウィの顔が優しく沈む。
お世辞にも、私の胸は豊かとは言えないが、それでも平均程度の凸凹はある。
胸骨が彼女の顔を痛めつける心配はない。
だが一つ誤算があった。
己のおっぱいを押し付けるとき、己もまたおっぱいを押し付けられるという、至極当たり前の真理を私は忘れていた。
私の上腹部に重い反発をもたらす、ラウィのムチムチ爆裂露出おっぱい。
私よりも遥かに大きな弧を描いているにも関わらず、一切の妥協が見えない圧倒的なハリ。
これが私の心を十分過ぎるくらいに痛めつけた。
――おっきぃなぁ。
質を求めれば大きさを得られず、大きさを求めれば質を失うという、反比例的特徴を持つのがおっぱいではなかったのか。
こんなルールを守らない良いとこ取りおっぱいなど、許される筈もない。
私の腹部との圧縮で、大きく形を歪めてはみ出したその横乳が、視界の端をチラつく。
つい引っぱたきたくなる感情が溢れるが、私は理性をもって抑え込み、ラウィにもう一度優しく声を掛けた。
「ど、どうでしょう。少しは落ち着きましたか?」
ちなみに私は落ち着けていないし、むしろ動揺の波が収まる気配もない。
しかし気付けばラウィの身体の震えは止まっており、鼻を啜る音も聞こえなくなっていた。
私はラウィの頭を優しく撫でる。
「…ス」
「す?」
す、ってなんだ?などと思いつつ、そのままラウィの様子を見ていると――
「――スウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」
――私の胸元で、めっちゃ鼻から息を吸い始めた。
「え、深呼吸?それ深呼吸ですか?あ、や、息は吐かないと……」
長い。
呼吸の吸の部分が終わらない。
呼が全く始まらない。
もしかしてラウィさんの中の恐慌が一線を超えて、呼吸の仕方を忘れたとかではないかと私は不安になる。
「あの、ラウィさん?」
「え?……あ、はいラウィです。もう大丈夫です、失礼しました」
ラウィさんは何事も無かったかのように私から離れると、衣服の乱れと佇まいを整えた。
その表情に涙は見えず、完全に元の調子を取り戻したことが伺えるが、それだけではなく初めよりも肌がツヤツヤしたように感じられた。
もしかすると、あれが彼女なりの深呼吸ということなのかもしれない。
「まぁ、、落ち着いてくれたのなら良いのです」
「はい、とても落ち着けました。ありがとうございます、シルス様。――……あとでファンクラブのメンバーに自慢しましょう」
私はラウィさんの発言の後半部分を、聞き取ることが出来なかった。
なにやら背筋に薄ら寒いものを感じたが、きっと気のせいなのだと思う。