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4☆都合良く女神

「あ、ちょっと待ってください。ストップです」


 荒れ狂う風が、眩い程に輝く魔法陣が、何もかもがその場で停止した。

 宙を舞う椅子は一切の力を失ったように空に固まり、風に靡く女生徒の髪は針金と見紛うくらいの違和感を持って、上に毛先を向けている。


 ようするに、私が時間を止めた。


 私の魔法に反応して、妾が一人称の、さっきから偉そうにしている女の人が私に視線を向ける。


『……青髪のお前。ヌシ、何者じゃ。時に干渉するなど正気の沙汰ではないぞ』


「何者って聞かれて答えるなら、私の名前はシルスです。ここじゃ空導(くうどう) (しるす)なんて名乗ってますけど、れっきとしたこのクラスの一員ですよ」


 ご都合主義の女神なんてやってはいるが、ちゃんと授業にも出て、クラスにも馴染んでいる。


『そんなことを聞いておるのではない。貴様も分かっておろう、妾はヌシがどこの神かと聞いておる。少なくとも人間ではないな』


 私に向けるその瞳を細め、力量を測るように頭の先から足の先まで見られているのが分かった。

 値踏みされているようで少し不快感はあるが、時間を止めたりすれば警戒するのも仕方のない話ではある。


 ただ親切に質問に答えるつもりは無かった。


「そんなの自分で考えてくださーい。貴女、仮にも神様やってるのに『シルス』って名前も知らないのですか?流石に勉強不足ですよ」


 私の台詞に驚いたのか、彼女の瞳が泳ぎ回るのが見えた。


 空気が固まる。


『シルス?………………………………………え…シルス様?』


 口が半開きになり、目元が引き攣っている。これは女性として上品さが掛け、とても宜しくない。


『『運命界』の一柱である、シルス様……?』


「ええ、お間違いないですよ」


 私は優しくニッコリとした笑顔を心掛け、怖がらせないように返事をした。

 しかし彼女の身体は強張り、顔に割れ目が入って見えるほど焦っている。


『い、いつから?いつからいらしたのですか?』


「勿論初めからです。最初に貴女の質問に『いますよ

』って答えてあげたの私じゃないですか」


 今度は顔を青ざめ始めた。血の気が引く、とはまさにこんな表情を指すのだろう。

 あまりに一瞬の変化に、私は顔芸でも見せられているような気分になった。


「まぁ貴女とお話することは色々ありますけど、取り敢えずその喋り方止めていただけせんか?その『』(カッコ)つけた声の出し方。とても聞き取りにくいのですが」


 何か理由があるのかもしれないが、なんにせよ耳に悪い。

 今この瞬間に至るまでにも、注意しようかと何度も考えたのだが、空気を読むような形でここまで我慢してきた。

 だが事ここに収まり、二人きりの空間で言わない理由もない。


『しかしこの話し方は――』


「やめろと言っています」


「はい承知いたしました」


 素直な方で助かった。

 神は一人居なくなると、その後処理が非常に面倒になる。


 彼女は少し泣きそうな顔をしているが、私の知ったことではない。


「まず何よりも聞かなければいけないことから尋ねましょう。貴女、何故このようなことを?私たち運命界の神から、貴女たち下界の神の皆さんに連絡を出したはずです。『あまり異世界間で大きく関係を持たないように』と」


 異世界同士を結ぶ転移など以ての外。自然現象で説明出来ない事象は、運命の流れを狂わせる大きな原因となる。


「特に最近は()()()運命の乱れが激しく、悪化の原因は少しでも減らしたいのです」


――ぶっちゃけ私の仕事が雑すぎるのが元凶なのですが、わざわざここで言うことではないですよね。


 無意味に威厳を失うのは合理的ではない。


 私は言い訳のような理論武装を構え、説明の省略を正当化した。


「わら……私の世界は今、一体の特殊な生命体によって崩壊の危機に瀕しております。下界では『魔王』などと呼ばれているようなのですが……」


「魔王ですか」


「はい。恐らく私の世界で生まれた存在ではなく、外から持ち込まれた生命体です。私の調整する生態系のバランスから大きく逸脱した身体性能を持っており、私の世界に住む人間だけではどうすることもできず……」


「異世界の人間を連れ出そうとしたと?」


「その通りございます……」


 神が直接手を下すことも、可能ではある。しかしそれは異世界転移以上に運命の流れに悪影響を及ぼすとされ、本当の最終手段として扱われる。


 神以外の生物が殺すのと、神が直接殺すのとでは意味が大きく異なるのだ。

 力ある生物を異世界から連れ出すのは、手段としては間違えていない。


「そういった事情であれば仕方ないですね……。今回は見逃しますが、次は気をつけてくださいよ。外来の生物が原因なのであれば、貴女だけの責任ではありませんけれど」


 それに自らの行動を省みると、この方にもあーだこーだと言える気がしない。


「そ、そんなに軽く……。少なくとも、自身の世界を管理しきれなかったのは私の責任でございます。何か罰を頂かねば他の神に面目が立ちません」


 彼女はつい先程までとはうって変わり、随分と殊勝な態度を見せた。頭を垂れて蹲うその姿も自然体で、こちらが本性のように思えてくる。


「良いですって、罰とか面倒臭い。こんなので罰とか言ってたら私なんて殺されても文句――ん"ん"」


 喋り過ぎた。


「それよりさっきまでのあれ、演技ですか?ほら、人間たちとの会話です。皆さん相当怖がってましたけど」


 漏らしてしまっている女の子もいて、見ていてなかなか心苦しかったのは本音。


「演技、というより人間と接するときはあのようにしております。他の神にも、威厳がないとよくからかわれまして……。ただ今回は、特に」


 彼女は申し訳なさそうな表情をする。少なくともこれは、演技には見えない。


「運命への影響を最小限にするよう、この一度きりで出来るだけ多くの人間を連れて行きたいと考えておりました。その結果あのような雰囲気に…」


 無理矢理連れていくと、運命への影響は大きくなる。強引だろうがなんだろうが、本人らに「行く」という意思表示を取らせる必要があったのだろう。

 例え「死ぬか」「行くか」の二択であったとしてもだ。


 わざと怒ってみせたのもその辺りが理由かもしれない。


 そう考えると、先程の人間達との一連のやり取りで、私が気になっていた彼女の行動も、何となく理由が察せてくる。


 とはいえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは流石にやり過ぎだと思うが。髪の毛や制服までわざわざ用意するなど、随分手間が掛かるだろうに。


「ついでに聞きますけど、男の子の腕を切り取る直前、顔近づけて目を合わせたときに、貴女が魔力を流し込むのを感じました。あれ何をしたんです?」


 私はてっきり、それで身体の内側から爆発でもさせる気かと思っていたが、今思えばもしかして。


「あれは強力な痛み止めです。魔力によるものですが、手を切り落とす前に発動させました」


「どうして?」


「……痛いのは、可哀想です」


――痛いのは可哀想て、乙女かお前。いや乙女だけれども。


 気になることは他にもあった。


「腕を切り落とすとき、めっっっちゃ本気の速度出してましたよね。人一人を相手にするにはどう考えても過剰だったような」


「……少しでも、切り口を綺麗にしようと。後で繋ぐときに傷になっては可哀想です。あちらの世界に着いた直後に、さっと治して退散するつもりでした」


 しかも手厚い保証付き。


 私などより遥かに人間への愛に溢れている。

 時間を巻き戻して誤魔化してはいるが、私は失敗する度に人間を結構酷い目に合わせている。なんなら死なせている。


 都合の悪いことはなかったものにしてしまえ――とは私の座右の銘だ。


 堕天しそう。


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