19☆長老の家
リフィナさんの家の一室を借り、調城さんをベットに寝かせた後、僕らは村を見て回っていた。
治療中も調城さんの側に居させて欲しいと頼んではみたが、「邪魔邪魔、気が散るから勘弁」とリフィナさんに追い出され、仕方なく散策を行うことになる。
「別れ際にリフィナさんは、一応長老に挨拶行っとけー、って言ってたけど……。建物も教えてくれないでどうしろってのかな」
更に言えば、見た目も特徴も、その長老様の情報すらゼロ。
長老というからにはお年寄りだと思うが、ここがエルフの村であると考えると、想像通りの見た目とは限らない。
容姿ロリショタが最年長、とかよくある話だ。
「んー、でも建物はあれじゃないですか?大きいですし。何やら偉い方が住んでそうな雰囲気ありますよ」
記さんが一つの家を指さした。
確かに他とは頭一つ抜けて立派で、趣向の凝らされた建物だ。
使用している材質は他と変わらず、普通の頑丈そうな木だったが、組み方や構造という点でやけに力を入れられているように見える。
「記さんの言う通り、それっぽくはありますけど違ったら不味くないですか?怒られせんか?」
「その時は葉々下さんの『潜伏』で逃げれば大丈夫ですよ」
「嫌です」
巫山戯ているのかよく分からない記さんの提案を、即答で突き返す葉々下さん。
「でも実際問題、行くしかないよね。何も分からないし……。もし違ったら、その家の人に長老さんのこと聞けばいいよ。うん、行こ行こ、さっさと行こう」
「え、なんですかその主之さんの勢い。もしかして陽キャだったんですか?私そういう方は苦手なんですけど……」
今なんでディスられたのかな、と疑問に思いながら僕は二人の前を歩いていく。
建物に近づくと、その精巧さがより伝わってきた。
遠目では見えなかった、細部にまで施されたディティールに目を見張る。
「すごっ……。職人の溢れ出る熱意を感じる……」
豪奢でも煌びやかでもなかったが、それ以上の繊細な上品さを感じた。
僕らは玄関前に続く低い階段を登り、扉の前に立つ。
そして後ろにいる記さんと葉々下さんの二人に軽く目をやり、準備が出来ていることを確認した後、僕は扉を三度叩いた。
ノックの音が響き、数秒。
「はーい!!今出ます!」
直後、扉の内側から元気そうな男性の声が聞こえてきた。
ドタドタと音を鳴らしながら、玄関へと向かってくる。
目の前の扉が開かれ――
「はいはーい、お待たせしま人間!?!?!?」
――その男はズッコケた。
「な、なんてリアクションするんですかこの方……。お化けの気分ってこんな感じなのでしょうか」
記さんが、口元を押さえて半笑いしている。
僕らの前で腰を抜かしているのは、モノクルを掛けたエルフの若い男性だった。
髪色はリフィナさんの純白とは違う金色だが、エルフの血のせいかやはり同じく美形。
その見た目の若さに、おそらく従者のような立場の方ではないかと僕は推測する。
「お、驚かせて申し訳ありません……。僕らは人間ですけど、危害を加えるつもりはありませんから大丈夫です。――失礼ですが、こちら長老様のお宅でしょうか?」
「え、ええ……。確かにここは長老の家ではありますが……」
エルフの男性は、転んだ拍子にズレたモノクルの位置を直しながら答える。
ここが長老の家ではないかという記さんの勘は正しかったらしい。
「良かった。僕たち、リフィナさんから長老様の元にご挨拶に伺えと言われて、お邪魔させていただいたのですが――出直した方が宜しいでしょうか?」
「――い、いや気にしないでください!直ぐに準備を整えて参りますので、少々お待ちを!」
そう言うと、男は物凄い速さで家の奥へと消えて行った――
「お待たせしました!!」
「「「!?」」」
――と思ったらすぐに帰ってきた。
あまりの手際の良さに、見なくとも背後の二人も驚いてビクリと震えたのが分かった。
男は肩でぜぇはぁと息をしており、きっと今の一瞬の間に想像もつかない掃除が繰り広げられたのだと僕は思う。
葉々下さんが、「こいつ、出来る…」みたいな瞳でエルフの男性を見ていた。
「では、どうぞ奥へ」
「お、お邪魔します……」
中に入ると、爽やかな木々の匂いが漂っていた。
天然の樹木とは少し異なる香りで、もしかしたら所謂、男性特有の部屋の匂いエルフver的なものなのかもしれない。
部屋に入ると、三人分の椅子が並び、その向かいに一つの椅子が置かれていることに気付く。
「そこに掛けてください」
「すみません、失礼します」
僕らが椅子に座るのと同時に、男も目の前の椅子に腰を掛けた。
一つしか置かれていなかった椅子と、そこに座る男の姿。
それを見て、僕はこの人が従者ではなく長老本人であることを察する。
長老に会いに来たと言う僕らを前にして、長老の椅子を用意せずに自身だけが座るのは不自然だ。
――あっぶな、失礼なこと言う前に気付けて良かった……。
僕は心の中で安堵の声を洩らした。