18☆見えない毒とエルフの少女
三話目!!
まだまだ投げます。
「いや、何者……ってそれウチのセリフだし。あんたらこそ何者か言えっての。もしかして敵?やんの?」
僕が後ろを振り向くと、長く尖った耳を持つ、所謂エルフと呼ばれる少女が立っていた。
毛先まで綺麗に整えられた純白の髪。
ブリーチなどの染毛剤ではどうやっても再現できないその白は、僕らの世界では実現し得ない幻想を見せる。
写真で見たアルビノの少女を思い出すが、叩きつけられる純白のイメージはそれよりも遥かに上だ。
僕は思わず息を呑む。
つい脳裏で重ねるのは、いつか本に描かれていた妖精の姿。
もしも隣に三人の女の子がいなければ、出会いの衝撃で愛の告白を叫んでいたかもしれない。
しかし全くもってそんな場合ではないことは、僕にも分かっている。
エルフの少女の瞳は険悪を形作っており、不用意な行動を取れば即座に攻撃をされかねない状況だった。
彼女が手にしているのは、その身の丈に合わない巨大な弓。
縦に構えようものなら地面にぶつかり、碌に扱えないだろうレベルの大弓だ。
あまりのサイズに見掛け倒しのようにも感じるが、もし本当に矢を番え放てるのだとしたら、僕らなど一撃で殺される。
「いや……敵ではないよ。少なくとも僕らに君を傷つける意思はない、です」
「は?じゃなんでこんな場所に居ンのさ。普通来ないでしょこんな場所。つか来れないって。……あぁ、それだ質問決めたわ。――ここまでどうやって来たん?とりまそれ話せ」
エルフの少女は、問い詰めるような口調で僕らに迫る。
「話せと言われても、僕らにもよく分かりません……。金髪の女に無理やり連れてこられたんです。いつの間にかここに居た、としか」
己が理解できていないことを説明するのは難しい。
僕はあやふやなことしか話せず、少女の反感を買わないかと不安になる。
だがその不安は全くの杞憂であったらしく、エルフの少女は眉を歪ませながらも、何かに気付いたような表情を浮かべた。
「……金髪の女?――そいつ、髪の長さは」
「結構長めでした」
「服装は?」
「黒の、凄く露出過多なものを」
「空飛んでた?」
「飛んでましたね」
エルフの少女は、はぁぁぁ…っと溜め息を吐くと構えた大弓を背に担ぎ、こちらに向けていた警戒の色を解いた。
「んだよ、じゃあんたら、ただの『極夜の悪魔』の被害者一同じゃないすか。……お疲れっつーかドンマイっつーか。まぁ頑張ってな」
むしろ憐憫の感情すら与えられた。
「『極夜の悪魔』……とは?」
「ん?まんま、あんたらの見た金髪の女だよ。こんな場所に身一つで放り投げる悪魔なんて、アイツ以外にはいないって話」
いつになく動揺の色が見える記さんが、エルフの少女に問いかける。
返事を聞いた後も、記さんは心ここに在らずといった具合で何かを考えこんでいた。
―――。
「―――ゲホッ……」
そのとき、不意に。
調城さんが大きく咳き込んだ。
あまりにも痛々しい、喉と肺を纏めて引き裂くような咳だった。
調城さんは背中を丸め込むような姿勢で、両手で口元を押さえている。
僕は慌てて調城さんに駆け寄り、その背中に触れた。
そして軽く屈み、下から見上げるように調城さんの表情を確認する。
「し、調城さん、大丈――ッッ!?」
――口を覆う両手の隙間から、大量の血が漏れ出ていた。
ボタボタと音を立てて、血が垂れる。
「「―――ッ!?」」
記さんと葉々下さんの、悲壮な叫びが聞こえた。
調城さんの瞳は虚空へ向かい、焦点が合っていない。
口から流れ出る血は止まる気配がなく、地面が紅色に染まっていく。
血を浴びた植物は嬉しそうに葉を揺らし、もっと寄越せと手を振っているように見えた。
「な………。ま、だ……」
「しゃ、喋らなくていいから!!」
何か話そうとする調城さんを黙らせ、強引に身体を支える。
記さんは僕の逆側へ回って僕と同じように調城さんの身体を押さえ、葉々下さんは正面に立って容態を確認し始めた。
しかしその直後、糸が切れたように調城さんの身体から力が抜けていく。
両腕はだらんとぶら下がり、掌に溜まっていた血すらも垂れて地面に吸われていった。
手が退かされることにより見えた口元は、ベットリと血に彩られている。
「ど、どうして突然こんな……っ!?」
葉々下さんが悲痛な声を出す。
脈絡が無すぎて、意味が分からなかった。
毒でも盛られたのかと疑うほどに、急激な体調の悪化。
そんな混乱の最中にいる僕らのすぐ手前にエルフの少女は立ち、調城さんの頬に触れた。
何かを探るような触り方だった。
「あー……これ瘴気にやられてるよ。あんたら、この森入ってどのくらい?」
昨日、この森に落とされたのも今と同じくらいの時間帯だった。
「丁度丸一日ですっ!」
「んー、少し進行が早いね。……まぁいいか、ウチんとこの村にお出でよ。やれるだけ看てやるから。治してやれる保証はないけどさ」
いきなりの提案。
だが渡りに船とはこのことだった。
「あ、ありがとう…!!!」
「いや、あんまし期待はすんなって。割と末期だからこれ」
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私たちはエルフの少女――リフィナさんに案内されながら、彼女の村へと向かっていた。
川を上流の方へと辿っていくと、その村に到着するらしい。
調城さんは完全に気を失っており、今は公斗くんが彼女を背負ってくれている。
「――つまりリフィナさん、調城さんはその瘴気とやらのせいでこのようなことに?」
「そーね。要するにそゆことだよ、シルスちゃん」
曰くリフィナさんによると、この森全域は瘴気というものに覆われており、対策もせずに過ごしていると一日から二日で酷い喀血と共に死に至るという。
食材や水は勿論、空気も汚染されているため、呼吸をしているだけでも死が歩み寄ってくる初見殺しの森だ。
特に恐ろしいのは、その瘴気には一切の色も臭いもなく、知らなければ絶対に気付けないこと。
身体に違和感が生じたときには、もう既に自分一人じゃどうにもならないのだ、とリフィナさんは語る。
私はその話を聞いた直後に『創造』でマスクを作り、調城さんに付けさせていた。気休めかもしれないが、きっと無いよりはマシだ。
「てか逆になんであんたら三人は平気なんさ。なんかチート持ってんの?ズルくね?」
「さぁ……?何故でしょうか」
私たちは、三人揃って首を傾げる。
「馬鹿は風邪引かないと言いますから、そういうことではありませんか?」
「何が言いたいんですか、葉々下さん。誰が馬鹿だから風邪引かないと?ねぇ葉々下さん聞いてます?」
「調城さんが人並外れて賢いから風邪引きやすいのかもって言いたいんだよね!?僕は構わないけどもう少し発言に気をつけた方が良いよ葉々下さんホントに!」
私と葉々下さんの間に、公斗くんが割り込むように入ってくる。
その公斗くんも纏めて張り倒したろうかと一瞬思うが、その背の調城さんを見て、今は取り合えずその拳を鞘に納めることにした。
「あと他に私たちと調城さんの違い……。スキルの有無、とかですか?」
「あぁ……確かに。あり得ない話ではありませんね」
「え、あんたらスキル持ってんの?うらやま、人生イージーモードかよ……。そういやさっき変な白くて四角いの出してたなアレか」
リフィナさんの言っているのはマスクのことだろう。
私、公斗くん、葉々下さんスキルを所持しているが、調城さんだけはまだスキルを獲得できていなかった。
可能性の一つとしては考えられそうだ。
私はリフィナさんに聞いてみる。
「スキル持ちは瘴気を食らわない、か。聞いたことはないけども、否定もしきれないなぁ……。スキル持ちはいくらか身体が頑丈って話はよく聞くし、どうだろね。申し訳ないけど、そんな博識って訳でもないのよウチ」
イマイチはっきりとしない答えだったが、そもそもスキル持ち自体がそう多くはないらしく、簡単に調べれることでもないという。
「まぁあんたらがサンプルってことで良いんじゃね?これ人類最初の発見よ、『スキル持ちは瘴気が効かない』なんて。パイオニアじゃん、やったじゃん」
「母数三人は流石に怒られそうだけどね……」
そんなあまり意味のないお喋りをしつつ進んでいると、いつの間にか周囲に霧が立ち込めてきた。
視界が悪くなり、ほんの数メートル先も見えなくなる。
「あ、そろそろ着くね。この辺りからは魔物もそう現れないから安心していいよ」
「この霧が目印になっているのですか?」
「んー、まぁそんなとこ」
私たちは霧の中を進む。
村に近づくにつれ、霧は徐々に濃くなっていく。
そして全員の顔がギリギリ確認出来る、というくらいのタイミングで、私はリフィナさんのマフラーに一匹の甲虫がくっ付いていることに気付いた。
「リフィナさん、少し良いですか?首辺りに虫がついているので取りますよ」
「え、マジ?虫とかキモい……無理……。それ聞いたらもう動けんヘルプ」
私も直接触りたくは無かったので、袖を使って払い落とす。
それは何処かで見たのと同じ、鮮やかな紫色の甲虫だった。
「はい、おっけーです」
「ありがとシルスちゃん、革命的感謝」
「どういたしまして」
それから更にほんの少しだけ歩くと、突如霧が晴れて視界が開ける。
そこには、ほんの百か二百くらいのエルフが住む、小さな村が広がっていた。
「森の中にこんな立派な村があったのですね」
「っしょ?でもこんな森じゃ暮らしは大変だねやっぱ」
ちなみにウチはあの家ねー、と指で示すリフィナさん。
私たちはそれに従い、リフィナさんの家を目指して歩いていく。
「――あ、そだ一つ訂正しときたいことがあんだけどさ」
突如思い出したように、リフィナさんは話し出した。
「??……なんです?」
「ウチさっきスキル持ってたら人生イージーモードだ、みたいな話したじゃん?」
「……ええ、そうですね」
「あれ、この森は別だからさ。まぁ気ぃつけてね、って」