14☆蜘蛛の魔物
ホントに感想いただけるとは…。感激。
日が沈み、既に辺りは闇に包まれている。
私たちは食事を終えて、周囲を警戒しながら休息を取っていた。
「どうして……。どうしてあんな見た目のキノコが美味しかったのでしょう……。あんな真っ赤っか食材、どう考えたって毒物じゃないですか。何をどうしたらマシュマロみたいな味に化けるっていうんですか」
「ふふ、ボクの料理スキルも捨てたものじゃないね」
食材集めの際の、調城さんの言葉に嘘はなかった。
彼女の採集した食材はどれも美味であり、完成した料理は絶品という他なく、高級料亭に出てきても違和感を感じさせない味の品ばかり。
食材の質が想像以上だった、ということもあるがそれ以上に調城さんの料理の腕が常軌を逸していた。
食器や調理器具は私が用意したから、森の中にも関わらず大体の調理法を使えたとはいえ、それを活かしきる彼女の調理術はレベルが高過ぎる。
探偵なんて辞めて店開けば良かったんじゃない?――とは飲み込む料理と入れ替わるように、喉元まで上ってきた私の言葉だ。
公斗くんなんて、あまりの美味しさにか泣きながら大根を貪っていた。
「こ、これは僕が食べる。僕が食べてあげなきゃいけないんだ…」などと食い意地を張る様は、いつもの彼らしくなくて驚かされたが、余程好みの味だったのかもしれない。
「まぁ目を閉じて食べれば、という条件付きですけどね……」
そのハイクオリティな味に比例するように、見た目のグロテスクさも生半可ではなかった。
元から色の濃い食材が多かったせいか、スープは紫色のヘドロのように、固形物はどれも真っ黒なゲル状へと。
どれ一つ例外なく、とても食べ物とは思えない様相を醸していた。
あまりの味と見た目のギャップのせいで、目を閉じなければ脳がパニックを起こしかねない。
「料理は理屈が九割を占める、というのがボクの持論なんだ。得意分野だよ」
調城さんは自慢げに語る。
頭を使う分野は得意だ、といういつかの発言に偽りはなかったらしい。
そんな調城さんに、葉々下さんが質問をする。
「理屈が九割ですか。では残り一割は?」
「んー……愛情かなぁ」
「凄い、じゃあもっと美味しくなるってことですね」
「いや、ちゃんと込めたよ愛情も。葉々下君ってナチュラルに酷いこと言うね」
調城さんは苦笑いをする。
「――っふ」
「――ぶふっ、、葉々下さん…っ」
私と公斗くんは笑いを堪えきれず、声を洩らした。
キョトンとした葉々下さんの表情が、さらに笑いをこみ上げさせる。
「な、何が面白いんですか!」
そして夜は更けて行く。
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私たちの防衛策は二つある。
一つは葉々下さんの『潜伏』による、周囲への気配の遮断。全員の身を隠し、魔物達の目を欺くことで、危険から逃れる。
そして二つ目は公斗くんの『防壁』の最大距離展開による、敵の察知である。
何も無い場所に壁を生み出す公斗くんの『防壁』だが、これは自身から離れた場所でも展開が可能。
距離が離れれば離れるほど硬度は低下し、最終的には紙以下の脆さまで落ちるが、『防壁』が破壊されると公斗くんに伝わる、という部分に変化はない。
現在は半径100mの範囲を球状の防壁で覆い、何者かがそこを通過した場合に即刻逃走する、という目的で使用している。
『潜伏』も『防壁』も、永遠と使い続けることは出来ない為、葉々下さんと公斗くんが交代で警戒態勢を取り続けていた。
「……葉々下さん、調城さん、起きて。何か来た。移動するよ」
今は私と公斗くんが警戒していたタイミング。
私たちは二人の身体を揺すり、目を覚まさせる。
「犬くらいの凄く小柄な奴が、五,六匹、同時に入ってきた。今までに見たことない魔物かもしれない。急ごう」
風よけの為に使用していたテントなどはそのままに、私たちは暗闇を駆ける。
葉々下さんは寝起きでも、その瞳はしっかりと見開かれており慣れた様子であるが、調城さんはその足取りには若干の危なげさがあった。
ほんの二時間かそこらの睡眠のみで叩き起こされ、即刻走るということが如何に苦しいかなど、容易に想像がつく。
「調城さん、どうか耐えてください…」
葉々下さんの声が小さく聞こえた。
私たちは全速力で移動しているにも関わらず、背後から響く物音は徐々に明瞭に変わっていく。
背後を見ずとも音だけで判断できる程、明らかに距離が縮まっていた。
聞こえてくる音は、歩行というよりも、カサカサという虫が這うようなそれ。
背筋に寒気が走るような不快さを含んでいる。
――逃げ切れない。
「葉々下さん、これは――」
「分かっています!そこの木の裏で使いますよ!」
夜間は温存したいと考えていた、『潜伏』というカードを切る決断。
出し惜しんで、死んでしまっては元も子もない。
「――『潜伏』」
昼間の、熊からの逃走劇をなぞり返すように、私たちは木の陰に身を隠した。
私たちが立ち止まることで、より急激に気配が近づいてくる。
足音は複数が重なって聞こえる。公斗くんの発言の中にあった通り、複数の魔物が群れて移動しているようだった。
「―――」
私たちは『潜伏』しながらも、応戦できるよう身構える。
しかし奴らは、私たちを探すような素振りも一切なく、私たちの横を通過していった。
「狙いは僕らじゃないのか…?」
その足音が私たちの横を通り過ぎた直後、私は木陰からほんの少し顔を出し、魔物の姿を確認した。
――あれは……蜘蛛?
膝下くらいまではありそうな、八本脚の巨大な節足動物が五匹。
鮮やかな紫という、まるで森に馴染む気がないようなカラーリングである。
「偶然進路が私たちの拠点と被った、と考えるのが自然なくらい無視されてしまいましたね」
「確かに何処かに目的地がありそうな程に、迷いのない足取りだった。人を叩き起こしておいて迷惑な連中め…ケホッ」
葉々下さんと調城さんは、奴らの動きをそう評した。私もまた今までに見た魔物たちとは何か違うように感じたが、果たして。
微かに私たちを照らしていた月明かりが雲に隠れ、周囲の闇は一層色濃くなる。
至近距離にも関わらず、暗がりに目が慣れずに互いの顔を認識できなくなった。
「気になることは多いですが、なんにせよこんな暗闇の中で出来ることなど大してありません。とりあえずテントに戻って休みましょう」
「……そうだね、記さん」
私たちは来た道を戻り、再び休息を取った。
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