12☆食材を探せ! Part 1
「この世界でも、コンパスって使えるんだ」
「方角を北とか南だとかと呼んで良いのか分かりませんけどね。少なくとも同じ方向を指し続ける道具としては十分仕事をしてくれますよ」
僕たちは、記さんが『創造』の能力で作り出してくれたコンパスを用いて、森の中を歩いていた。
目的の方向などは無いため、今はとにかく針の示す先へと真っ直ぐに進む。
腕時計を見ると、歩き始めてから約三時間が経過していた。
「全く景色が変わらないというのは、想像していた以上に苦しいものだね…」
調城さんが、小さく弱音を漏らした。
肉体的にはまだ余裕はありそうに見えるが、やはり終わりが見えない、という事実は精神を痛めつけてくるようだ。
歩いても歩いても、視界に入るのは目新しさの無い茶色と緑のみ。気が滅入るのも頷ける。
そんな調城さんが、僕らに一つの提案を出した。
「……三人ともどうだろう、そろそろ食事について本格的に考えるべきではないだろうか?日が沈むまでにはまだ少し時間がありそうだけれど、余裕を失うのは好ましくないと思う」
今まで僕たちは前へと進む中で、ついでに食べられそうなものを探すというスタンスで動いてきた。
しかし相当な距離を歩いたにも関わらず、ロクに食料を得られていない現状を省みるに、この辺りで一度全力で食べられそうな物を探すのも一つの手である。
しかし、対して葉々下さんは真逆の考えを話す。
「いえ、私は暗くなる前に少しでも進むべきではないかと思います。人数分以上の兵糧丸は持っていますし、まだ餓死の心配は不要でしょう。――それに何よりも、一刻も早くこの森から出なくてはなりません。私の『潜伏』でどうにか誤魔化せてはいますが、この状況がいつまでも続くとは考え辛いです」
葉々下さんの意見も、また正しい。
ここに至るまで、化け物熊以外にも様々な魔物が徘徊しているのを見つけた。
危険を感じるたびに『潜伏』を繰り返し、その場を耐え忍んで来たが、この先も『潜伏』が通じる魔物としか出会わないという保証はない。
不安要素しかないこの森から、少しでも早くの脱出を試みたいと考えるのは、至極当然だ。
「記さんはどう思う……?」
「私は公斗くんにお任せします。どうせこの場に居るのは偶数人、真っ二つに別れたりでもしたら目も当てられませんから」
逃げるように記さんに意見を求めるが、あっさりと梯子を投げ捨てられた。
答えが見えない選択肢、或いは生死を分けるかもしれない選択肢に、僕自身の決断が鈍る。
どちらが正解なのか――そもそも、本当に正解はあるのか。
僕は不安に襲われつつも、冷静に頭を働かせる。
これからの行動を決定するのに、一番重要なのはゴールまでの距離だ。
このまま体力を削りつつ強引に歩き続けたとして、果たして終わりまで僕らの身は持つのか否か、というこの部分に問題は収束する。
一日二日で森の端まで辿り着くのであれば、兵糧丸を頼りにした強行軍も間違いではない。
不意に魔物に殺されるリスクは大きく減り、結果として生存率は高まる。
しかし、もしも森の果てが遥か先だとしたら。
体力を無駄にするという判断は、致命的なミスになる。
「葉々下さん、もう一度木に登って、森がどのくらい続くかって確認出来ないかな?」
「……難しいです。この辺りの木々はどれも、不自然な程に上端の枝が細く、尚且つ葉が鬱蒼と繁っているので、木の上から顔を出すというのは私にも……」
「……そうか」
現状としては情報が足りない。
――となると、安牌を拾うべきか。
「……僕は一度確実に、食べられるものを探すべきだと思う。この先を考えると、葉々下さんの兵糧丸はまだ温存しておきたい。まだ森の出口は遠い、……気がする」
僕が選んだのは、食料確保の選択肢。
兵糧丸という心の余裕は、軽く用いて捨てるには惜しいという考えだった。
「葉々下さん、これは別に多数決って訳じゃない。言いたいことがあれば、遠慮なく言ってくれた方が良い」
「…いえ、二人の考えに合わせます。私も自分の意見に自信があるわけではありませんから」
僕らは全員の意思の統一を持って、この場で一度足を止めることになった。
_____________
――しんどい。森辛い、出たい、帰りたい。
私はそんなネガティブ極まる思考を、心の中で声高に叫ぶ。
私たちは比較的、木々の密集した場所を拠点とした後、二人組に別れ食料を探していた。
拠点設置に用いたのは勿論、私の『創造』の能力。土や木に対して迷彩となる色を選び、テントを始めとした様々なアイテムを作り出し、それを利用している。
日が沈むまでに、もしくは魔物に見つかった場合に、この拠点での合流を約束した。
「――調城さん、そちらの調子はどうです?」
私のペアは調城査戯さん。
曰く、探偵少女である。
「よーーく探せばそれなりに、といったところかな。お世辞にも豊かな森とは言い難い」
「いや、採集用の籠ミチミチ言ってますけど……。軽く私の五倍は見つけてるじゃないですか」
そう大きな籠ではないが、それでも片手では持てない程度はある。
満杯になることはないと判断して、このサイズを選んだつもりだったが、私は彼女を食材センサーの精度を見誤っていたらしい。
「えと、――『創造』。……はい、新しい籠です。一杯のは私が持っておきますので、この調子でお願いします」
「ああ、ありがとう、空導君」
私は新しく籠を作り、代わりに調城さんの籠を受け取る。
ずっしりとした重みに、うおっ、と声が漏れた。
様々な山菜やキノコが山積みにされたその籠は、ある種壮観ですらある。
しかしよくよく見ると――
「……これ、食べれるんですか?」
とんでもない警戒色に染め上られたものも混じっていた。鮮やかな紅や毒々しい紫色かチラホラと。
さらに籠の底の方で、何かがモゾモゾと蠢いているように見えるのは錯覚なのか。
「心配はいらないよ。そこにあるものはどれも身体に害は無いし、味も濃厚だ。……多分ね」
「多分て。私こんな死因、嫌ですよ」
食中毒でやり直しなんて切ないだけだ。「次はこのキノコには気をつけるぞ」などという学びだけの為に死にたくはないし、誰かに死んで欲しくもない。
「ボクは元の世界では植物にも精通していてね。この世界にあっちと同じ植物は無いけれど、特徴が近いものは多いんだ。毒の有無くらいなら判別出来る。……多分」
「…それ本当ですか?」
「勿論だとも。味は保証するよ。…………多分」
「せめて……せめてその「多分」っていうの止めてくれませんか……っ!?己の発言には自信を持って断言してください……っ!」
こんなことなら大人しく葉々下さんに従い、兵糧丸で未来に突撃した方が幾らかマシだったかもしれない。
神様ぶって主人公の主体性に任せた自分が憎らしい。
なーにが「私は公斗くんにお任せします」だアンポンタンめ。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんとボクが最初に毒味をするから。お、お願いだ空導君、そんな怖い顔をしないで欲しい」
「こ、怖い顔なんてしてませんよ失礼な」
調城さんが本気な感じで顔を引き攣らせているのを見て、私は焦る。
こんなことでは、またラウィさんも怯えさせてしまう……と自戒。
――き、気をつけましょう。
私は自身の頬を軽く叩いた。
「ところで調城さん、そのポケットに入っている葉のような物は一体……?」
頭を切り替えるように、私は先から気に掛かっていた、調城さんのスカートのポケットからはみ出る、三枚の葉について問うた。
食料であれば籠に入れるのが自然。
わざわざ何故その葉だけ分けたのだろう、と私は疑問に思う。
「え?……ああ。これは……味付け用、みたいなものだよ。やけに香りが強いから、他の食材とは分けていたんだ」
「味付け用、ですか」
「そう。これだけで劇的に味が変わるはずだよ。……多分ね」
「だ、だからその多分っていうの止めてください」
「あはは、つい。……もう言わないよ」