37 智朗、再びのエレベーターでアクション4
尾崎大佐は戦車たちを睨みつけたまま動かない。これは攻撃のチャンスであろうか。
だが雰囲気的にここで手を出すのは良くない気がする。そう思った俺は尾崎大佐の動向を見守った。
「……」
それなりの間が過ぎた後、尾崎大佐に動きがあった。
「……何故、舐めようとする」
顔をこちらに向けずに、尾崎大佐が俺に問うてきたのだ。
何故って、戦闘を有利に運ぶためだが。
「何故、私の……を舐めようとする」
なんて?
「何故、私の……」
尾崎大佐はごにょごにょと口を動かすが、なんと言っているのか聞こえない。
それを見かねたのか、チハの目が意を決したような表情になった。
それに気づいた尾崎大佐がチハを制止しようとしたが、遅かった。
「なんで玲於奈様のおしっこを舐めようとするんだー」
「っ!!」
チハの声に、尾崎大佐の体がビクリと大きく震えたかと思うと、彼女はうつむき、動かなくなった。
イ号が驚愕したかのような表情でチハを見た後、尾崎大佐の顔を見てさらに驚愕した表情をした後、白目になった。
高性能なAIである。
……。
おしっこ?
おしっこだって?
指先の、もう乾いてしまったそれを見る。
これが?
これが……、尾崎大佐のおしっこだというのか?
「冗談は止めろ」
「冗談なんかじゃないぞー」
チハが冗談であることを否定する。だがそれには騙されない。これは俺を惑わすための作戦であろう。
いくらアンモニア臭がするからといっておしっこは無い。
いくら尾崎大佐の軍服の湿っている部分が下半身に集中していようと、湿りが股間を中心に広がっていようと、おしっこは無い。
大体、戦闘中に漏らすなど、人の上に立つ者としてあるまじき……。
ハッ!
そうだ、狐だ。狐の特性は相手に最も恐れるものの姿を見せる。
尾崎大佐もあの場に居たのだ。狐の姿を見ていたはずである。
尾崎大佐はあの時、狐の特性によって最も恐れる者の姿を見せられ、失禁していたのではないか。
だとすれば。
まじまじと指先を見る。
まさかこれは本当に。
おしっこ?
「……」
俺は無言で収納から水の魔石とハンカチを取り出した。
勿論、懐から出したように見せかけてである。
水の魔石を少し握ると、その表面から水が流れ出す。
チョロロ
魔石から流れ出した水で指先を洗う。顔の方も。
ハンカチで手と顔を拭き、懐にしまいつつ収納に入れ、尾崎大佐に向き直る。
尾崎大佐はうつむいた状態のままであった。
「……」
失禁した後も様子を変えることなく、戦車たちに砲撃命令を出していたとは。
大したものである。
いや、ひょっとして、その状況に慣れているのか?
あの時の様子を思い出してみれば、狐を実戦に投入するのは初めてのようでは無かった。
戦車たちの言動も、過去にこのようなことが何度もあったことを示唆している気がする。
「よく……、漏らすのか?」
「!?」
うつむき、俺に顔を見せぬまま、ぶるぶると震え始める尾崎大佐。
長い髪から覗く耳が赤い。顔は真っ赤かもしれない。
いかん。少し誤解を招く聞き方をしてしまったかもしれない。
尿漏れを心配されたと勘違いさせてしまった可能性がある。すぐに誤解を解かねば。
いや待て、妙だ。
このようなことが何度もあったなら、対策を取らないはずがない。
たとえばオムツを履くとか。
だがこれは大人にとって大分精神的な抵抗がある対策なので、強がって履かない者が多いかもしれない。
実際、失禁したことが見て分かった警備兵はオムツをしていなかったであろう。では尾崎大佐はどうなのだろうか。
ハッ!
そうだ。俺は小さな真実に辿り着いたのかもしれない。
指先に付着した尾崎大佐のおしっこはすぐに乾いてしまった。尾崎大佐との戦闘で激しく動いたため、発生した風に吹かれて水分が蒸発したのだ。そして、尾崎大佐の股間にも同じことが起こったであろう。戦車に乗って階段を下っている最中に、尾崎大佐の軍服は乾いてしまったはずなのだ。なのに、どうして俺の顔に尾崎大佐のおしっこが付着する? その答えは。
「オムツが破裂したか」




