29 智朗、浮気では無いと言い張る。
「こんな……、こんなところに居るはずがない……」
鉄パイプの通路から戦車の並ぶ部屋の床に下り、エレベーターへと近づく。
「あいつ、降りてきたぞ!」「気をつけろ!」
そして、エレベーターの前で立っている”可愛い”の姿を観察する。
”可愛い”の方も観察するかのような表情で俺を見ている。
可愛い。
よく観察してみても、間違いなく”可愛い”である。可愛い。
これは一体どういうことであろうか。
考えていると”可愛い”の後ろのエレベーターから黒いゴーグルを装着した警備兵達が出てきた。
「奴の動きを止めたぞ!」「射線気をつけろ!」「撃て!」
ガガガガ!
突然の”可愛い”の登場に思わず動きを止めてしまった俺に対し、警備兵達の銃撃が始まる。
「ぐわー」
自動小銃の弾はフード付きジャンパー+5とチノパン+5その他のおかげで致命傷とはならないが、その威力に押されてしまう。
俺の体が”可愛い”から押し離されていく。
「ぬううう」
腕を顔の前に交差して銃弾の雨に耐えながら、何故ここに”可愛い”がいるのかについて、その理由を考える。
俺の考えついた理由は以下の三パターンである。
①あれは”可愛い”本人である。
②トゥエルヴの中に”可愛い”と同じ種類の魔物化を受けた者が居た。
③トゥエルヴの特性によって”可愛い”の幻覚を見せられている。
それぞれのパターンの可能性について考えてみる。
①あれは”可愛い”本人である。
この可能性はまず無いであろう。
悠は今ドメートで守られているのだ。
悠が自分からドメート外へ出たりしなければ大丈夫なはずである。
悠は一度寝たら中々起きないので、これは理由の候補から外して良いと思われる。
②トゥエルヴの中に”可愛い”と同じ種類の魔物化を受けた者が居た。
これはありえないわけではない。
”可愛い”という前例があるのだから、同じ魔物化を受けた者が居てもおかしくない。
そしてそいつがトゥエルヴの一員となっていてもおかしくない。
これは良いパターンである。
何が良いって、このトゥエルヴを連れ去れば、この先”可愛い”と一時的に離れざるを得ない時など、”可愛い”分の補給に多少なりとも役立ってくれそうではないか。
是非石像にして持ち帰りたい。
愛でる対象が増えた? そんな訳はない。俺が愛でるのは悠だけだ。
決して浮気ではない。断言する。絶対に浮気ではないぞ!
③トゥエルヴの特性によって”可愛い”の幻覚を見せられている。
これもありえる。
一番詰まらないパターンだが、大分この可能性は高いと思われる。
警備兵達の様子を伺う。
「うわああああ!」「た、助け……!」「はへぇ……」
ジョボー!
エレベーターから降りてきたゴーグルを装着している警備兵は”可愛い”の姿を見ても大丈夫のようだが、ゴーグルを装着していない警備兵達は”可愛い”を見て恐怖している。失禁すらしている者もいる。
何故恐怖する? 俺とは違う何かを見ている? つまりこれは特性による幻覚?
いや、もしかして”可愛い”が可愛すぎて怖いとか?
それは分かる。だが失禁するレベルで?
流石の俺も失禁は……。
いや待て、もし仮に俺が一ヶ月”可愛い”に会えなかったとしよう。
その状態で突然”可愛い”と対面したとしたらどうだろうか?
ああ、間違いない。間違いなく失禁する。
兵役帰りのご主人様に会えた飼い犬のように、雄たけびを上げながら狂喜乱舞し、嬉ションをまき散らしてしまう事であろう!
「……」
「撃つのを止めろ」
ガガ……!
尾崎大佐の声により、警備兵達からの銃撃が止んだ。
部屋には硝煙が充満し、視界が悪い。
視界を確保し、俺の状態を探るために銃撃を止めたのだろう。
硝煙が晴れる前に、次の行動を決めなくてはならない。
「よし」
俺は②の可能性に賭けてみることにした。
トゥエルヴ(可愛い分補助用)をここから連れ去るのだ。




