7 智朗、鬼畜の所業を行う。そして動画配信者を観察する。
両手に大きなリュックを持ったまま、地下への階段を下りる。
暗闇の中、プルフェは縛り付けられた椅子と一緒に横たわっていた。
おそらく昨夜、俺が出て行った後暴れて倒れてしまったのだろう。
臭ってみるが、異臭はしない。漏らしてはいないようだ。
「おーい」
「ムグ! ムググ!」
俺の声に反応し、プルフェは呻きだした。
口からガムテープを剥がしてやる。
「プハァ! 智朗! 今すぐ拘束を解きなさい!」
プルフェは案外元気そうであった。
「いやだね。それより、質問に答えてくれ」
「質問ですって? はん、誰が答えてあげるものですか。
人を無理矢理長時間拘束しておきながら協力して欲しいだなんて、おこがましいと思わないのですか?」
「お前、水、食料、排泄は必要か?」
「は……?」
プルフェは少し考えたようだ。
「ひ、必要です。水と食料が無かったら死んでしまいます」
「死んだら蘇るんだろ? 水と食料については無いと苦しむのか苦しまないのかだけ聞きたい」
「あなたそれでも人ですか!?」
「排泄はどうなんだ?」
「え、ええ、必要ですよ。既に漏れそうなのでトイレに連れて行ってもらえませんか?」
「……放置してここを汚されるのは勘弁だな」
「そうでしょう? ほら、早くトイレに……」
「オマルとオムツ、どっちが良い?」
「……え?」
また少し考えるプルフェ。
頭の中に辞書でもあって、オムツとオマルについて調べているのだろうか?
「どっちが良いと聞いているんだ」
「お、鬼! 悪魔! 変態!!」
「答えないなら俺が決めるぞ」
地下に運び込んだリュックからお尻拭きとオムツ、そしてオマルを取り出す。
それらを部屋にある小さな机の上に置き、暫し考える。
後始末が楽なのはどっちか。
「……オムツだ」
「ひいっ!?」
プルフェの白いローブの端を掴む。
ゆっくりとめくっていくとプルフェの白くてきれいな脚があらわとなる。
「まままま待って! 必要ない! 水も食料も排泄も必要ないですから!」
「そうなのか」
ローブをめくる手を止めた。
全て必要ないとは。それらが必要ないのは楽で良い。流石は超常的存在である。
もしかして新陳代謝も無いのだろうか? ならば着替えも必要なさそうだ。
「じゃあな」
プルフェの口をガムテープできつく塞ぎ、地下室から出た。
「ムグー!!!」
***
悠の見舞いに行くと、部屋に悠の姿は無かった。
悠はどこにいるのかと看護師に聞くと、歩く練習をするため歩行練習所にいるとのことだった。
歩行練習所に向かい、悠を探す。
見つけた。
そこには”可愛い”がいた。
補助用の鉄棒を両手でつかみ、ヨチヨチと歩く”可愛い”が。
反射的にスマホで録画を開始する。
「はあ、はあ」
必死で歩く”可愛い”の息は荒い。
体に対して頭部の比率が大きいため、重心が高く、バランスを取るのが難しいようだ。
鉄棒に掴まりながら歩いているのに、何度も転びそうになっていた。
「あっ」
”可愛い”がこけた。
駆け寄って助けたいが、録画していることを知られたら悠は口を聞いてくれなくなるであろう。
看護師に助け起こされ、再び歩き出す”可愛い”。
なんと、なんと素晴らしい光景であろうか。
真剣な顔の”可愛い”もまた凄く可愛い。
「ああ、可愛い……」
悠が練習を終えるまで”可愛い”を堪能した後、録画を止めて一旦そこを離れ、何食わぬ顔で悠の部屋に行った。
「兄さん」
部屋に入った時、”可愛い”はベッドの上で暗い顔をしていた。
だが俺を見るといくらか明るい顔を見せた。可愛い。
悠と暫しの間、近況報告しあった。
話の間が開いた時、”可愛い”がベッド横の机に置かれたイヤホンをジッと見た。可愛い。
「イヤホンがね、入らないの」
どうやら耳にイヤホンを挿そうとしたら耳の穴から生えた毛が邪魔で無理だったらしい。可愛い。
”可愛い”が小さな手でスマホをペチペチといじっている。
その仕草の可愛さときたら。
「ぐはぁ」
”可愛さ”の洪水である。溺れる。
やはり”可愛い”の手には肉球があるのだ。
でなければ静電容量方式のタッチパネルを操作できまい。
「山の方の壁、なんだろうね……?」
悠はスマホでネットの情報を見て、壁の存在を知ったようだ。
悠は不安そうであった。
可哀そうだが、不安そうな”可愛い”も抜群に可愛い。
元の姿には絶対に戻さない。
「また明日来るよ」
「うん」
見舞いを終えて家に帰り、サングラスとマスクを着け、フード付きの上着を着た。
明るいうちの外出は久しぶりだ。
何をする気かと言えば、ファンタシーゾーンの様子を見に行くのである。
ファンタシーゾーンの出現が、フラウド探索の邪魔にならないか確認するのだ。
***
山方面へ向かう道は混んでいた。ファンタシーゾーンを見に来た連中の車だろう。
「危険かもしれないのに、物好きな連中だなあ」
また俺は自分を棚上げしたかもしれない。
だがいくら道が混んでいようと徒歩なので関係ない。
やがて山へ繋がる道へ到着した。そこには車が何台も止めてあった。
この道の先にファンタシーゾーンの壁があるのだろう。
「よし」
フードを被り、顔を隠す。
山へ繋がる道を進むとやがて人だかりが見えた。
そこがファンタシーゾーンの境界かと思ったが違った。
どうやらファンタシーゾーンに近づいているのは数人で、その他はそれを遠巻きに見ているだけのようだった。
テレビ局のスタッフらしき連中もいて、大勢の人をカメラで撮影していた。
人だかりを抜ける。
十メートルほど先の道の途中に杭が何本か横に並んで打ってある。
恐らく、あそこがファンタシーゾーンの境界だという目印であろう。
「ウェイウェイ」「ウェイウェーイ」「ウェーイ」
ウェイウェイ言う男達数人が自撮り棒片手にファンタシーゾーンの境界に向かって何かしていた。
彼等はおそらく、ラフウェイブとかいう動画共有サイトの配信者達、通称ウェイバーだ。
色々と問題を起こす連中だが、こういう時に人柱となってくれるのはありがたい。
「ウェヘヘーイ」
ウェイバーの一人が空中に手を当てて体を傾けている。明らかに倒れる角度なのに倒れない。
そこに透明な壁があるのだ。
「マジか」「すげえな」「触って大丈夫なの?」
周りの連中がウェイバーの様子を見てザワついている。
「ペンキかけるウェイ」「ウェイ」「ウェイ」
ウェイバーの一人がバケツを持ち上げた。バケツの中には白いペンキが入っているようだった。
「ウェイ!」
ウェイバーがペンキをファンタシーゾーンの壁に向かってぶちまけた。
ペンキが透明な壁にかかって白い壁が出来上がるのかと思ったら、ペンキは壁を通り抜けて地面を白く染めた。
「ウェー、思ってたのと違うウェイ」
「これ投げ入れるウェイ」「それ俺の時計ウェイ!」
「ウェーイ!!」「ウェエエエエ!」
時計をファンタシーゾーン内に投げ入れられてしまったウェイバーが、長い棒を取ってきて時計を取ろうと四苦八苦している。
壁に顔を押し付けて変な顔をしたり、棒は入るのに指は入らないので突き指したと騒いだり、それを周りの連中は笑いながら見ていた。
その時、そいつは現れた。
「ね、ねえアレ……」
周りの連中の一人が気づいたようだ。
「で、でけえ」「おいやばいぞ」「逃げよ」
皆気づいた。
「ウェイ?」「ウェイ?」「ウェイ?」
ウェイバーたちは後ろに迫る脅威に気づいていない。
「グルルルル……」
それは歯列を剥き出しにしてこちらを威嚇する、人間大のアライグマであった。