6 智朗、導く者を〇〇する。そして導く者を××する。
「回復や修繕のスキルを得れば智朗にも同じようなことはできますよ。
ああ、でもこれはそれらとは別で、私自身の、導く者の特性ですが」
女性はそう言ってドヤ顔をした。
これまでの彼女の話は全て、アニメキャラクターの台詞などでは無かったのだ。
そうするとキャラ名だと思っていた「プルフェ」は本名。
プルフェはどんな話をしていた? 聞き流したのでほとんど覚えていない。
確か、異界からの浸食がどうとか言っていた。
人々を襲っている怪物の正体は浸食の影響でこの世界に顕現した異界の生物、魔物だとか。
あれが本当だったとすると、彼女は怪物、いや魔物について知っている。
「プルフェさん」
「なんですか?」
「あなたは人ではない?」
「そうですね。人ではありません」
「あなたのような存在は他にも?」
「いえ、導く者は私一人です。だから丁重に扱ってくださいね」
プルフェは柔らかな笑みを浮かべた。
「魔物について教えてください」
「どうぞ」
「魔物に襲われた人は魔物化しますか?」
「それは魔物によりますね。
確か、フラウドという魔物が人を魔物化させる力を持っていたと思います」
悠を襲った魔物の名前はフラウド。
「魔物化を治すことはできますか?」
「はい」
フラウドという魔物の詳細と、魔物化を治す手段について聞いた後、俺はプルフェを撲殺した。
「やってしまった……」
遂に殺人を犯してしまった。
いや、彼女は人ではない。超常的存在である。殺人罪が適用されるかどうかはわからない。
だがプルフェの見た目は人なので、こんなところを見つかれば捕まってしまう。
俺は証拠隠滅することにした。
木々の間にスコップで人間大の穴を掘り、その穴にプルフェの体を放り込んで埋めた。
「ふー」
完璧だ。これで悠を元に戻す方法を知る者は俺だけだ。
「くっくっく」
悠が居るであろう町の方向を向き、ニヤリと笑う。我ながら気持ち悪い。
あとはフラウドの捕獲と、魔物化を治すのに必要な材料の入手方法や作成方法等を消していけば……。
「ぺっ、ぺっ! いきなり何するんですか!!」
「うおおお!?」
殺して埋めたはずのプルフェが泥だらけになって後ろに立っていた。
埋めた地面から抜け出てきたようだ。
殺し損ねた? いや、彼女は間違いなく死んでいた。
「いきなり殴るなんて、ありえないでしょう! しかも埋めるとか!
あなた、混乱とか受けてませんよね? ……受けてないなあ。
ハッ、まさか、私の真の狙いに気づいて……」
「な、何故生きて……?」
「導く者ですから、殺したって死にません。
だからと言って、私をレベルアップ時のダメージ確認に使ったりしないで下さいよ?」
厄介な。
「もっと深く埋めれば……、いやそれだと誰かに掘り起こされる可能性が……」
俺の独り言を聞いて顔を青くし、逃げようとしたプルフェの腕を掴む。
するとプルフェは俺の手を振り払おうとして暴れ始めた。
「離して! 人殺し!」
「お前は人じゃないんだろ?」
「ひっ!?」
俺の顔を見たプルフェはその目に恐怖を浮かべて硬直した。
俺は今一体、どんな顔をしているのだろうか。
プルフェの腕を引っ張る。
「わ、私をどこへ連れていくつもりですか!?」
プルフェは殺しても復活する。
情報の伝達手段を奪うために手や喉を潰しても再生するだろう。
ならば取れる手段は限られる。
「誰かー!!」
騒ぐプルフェの首の後ろを手刀で強打した。
「あがっ」
白目を剥いて気絶するプルフェ。
この気絶のさせ方は後遺症が残る可能性があるため絶対に行ってはならないそうだが、プルフェは再生するので問題ないだろう。
俺は気絶させたプルフェを背負い、襲い来る野生動物達を埋めながら家に帰った。
そして、家の庭にある物置の地下に、プルフェを運び込んだ。
プルフェを椅子に座らせ、手を椅子の背もたれに縛り、足は椅子の足に縛り付けた。
念のため、目隠しも付けておいた。
「ハッ、ここは!?」
プルフェが目を覚ました。
プルフェは首を振って周りを探ろうとしたが、目隠し状態なので何も見えていないだろう。
「智朗、そこに居るのですか?」
「居るよ」
「私にこんなことをして、ただでは済みませんよ!!」
ただでは済ませないとな。プルフェは強いのだろうか?
そうは見えない。拘束から逃れることもできないみたいだし。
ではスポティスンとかいう奴がお仕置きに現れたりするのだろうか?
超常的存在のお仕置きはどんなものなのか興味がある。
一応聞いてみよう。
「どんな目に合うっていうんだ?」
「えーとそれは……、わ、私は導く者です。
私の助けが無ければファンタシーゾーンの拡大は止められませんよ!」
「ファンタシーゾーンって?」
「既に説明したでしょう。人の侵入を阻む領域です。
ファンタシーゾーンの中は魔物に有利な環境に作り変えられます。
これの拡大を阻むのがあなたたちの最初の目標です。
ファンタシーゾーンの拡大を放置すれば、この世界は瞬く間に魔境と化してしまうでしょう!」
「どうでもいいよ」
「ええ!?」
俺としては悠が元の姿に戻りさえしなければ、世界がどうなろうと構わない。
むしろ、異界からの浸食の影響を恒久的なものにするにはどうすれば良いか聞いてみたいが、プルフェは答えてくれないだろう。
「それだけか?」
「う、その……、
わ、私を必要とする者達が必ずあなたを打ち倒しに来るでしょう!
その時になって泣いても知りませんよ!」
「お前の存在を知ってる奴が俺以外にも居るのか?」
「い……、いましゅよ?」
プルフェの口をガムテープできつく塞いだ。
「ムグ―!!!」
うめくプルフェに背を向け、地上へ上がる階段に向かいながらハタと気づく。
超常存在であるプルフェに、水、食料、排泄は必要なのだろうか?
「まあ、後で確認すればいいか」
地下室から出た俺は、そのままフラウドの探索へと出かけた。
まだ夜は長いのだ。
***
襲ってくる野生動物達を返り討ちにしながら河川敷等を探索したが、フラウドは見つからなかった。
その内明るくなってしまったので探索を打ち切って家に帰った。
「もぐもぐ」
食事しながらスマホでSNSを覗いていたら、この町のことが書かれていた。
『謎の見えない壁』
どうやら町の端っこ、山に面した辺りに透明な壁が突如出現したらしい。
『物は通すが人は通れない』
壁の中に石を投げ込むことはできるのに、人が入ろうとすると弾かれるらしい。
『全体像は不明』
壁の大きさはどのくらいなのだろうか?
もしも壁が遥か上空まで続いていて、そこに人が乗った飛行機が突っ込んだとしたら……。
想像したくない。
「これがファンタシーゾーンかな」
間違いないだろう。
ファンタシーゾーンの出現は、この町に明らかな異変か起こっていることを人々に気づかせると思われる。
人の怪物化の時点で異変に気づきそうなものだが、怪物化した人達が少ないからか噂止まりだった。
もしかしたらパニックになることを恐れた偉い人が情報操作したのかもしれない。
だがこれからはこの町にフリーライターとか超常現象の研究者とか、変な奴らが大勢やってくるだろう。
ファンタシーゾーンへの接近が禁止されたり、住民全員に町からの退去が命じられるかもしれない。
「動きづらくなるなあ」
悠の身の安全も考えなくてはならない。
悠に害をなす者が現れた場合、俺はどうするだろうか?
……。
そこまで考えてプルフェのことを忘れていたことに気づいた。
もう大分時間が経っている。漏らしてたりしたらどうしようか。
俺は物置の地下へと向かった。