9 智朗、都合の良いスキルを思い出す。そして外道となる。
滋武はマクスウェルと戦闘中である。
コンテナに突入するなら今しかない。いや待て、滋武以外の強敵が中で待ち構えているかもしれない。
そう思った俺は突入を躊躇した。
ドガガガ!!
ラ・プリンシパルがコンテナの上部から下に向かって胴体部の機関砲を放った。
コンテナがハチの巣にされていく。
これではコンテナ内のどこに身を隠していたとしても、弾丸を完全に避けるのは難しいであろう。
ガキン! ギギギ……
ラ・プリンシパルがコンテナの上部に足をかけて左右に開き始めた。穴だらけで脆くなったコンテナの壁がメキメキと開かれていく。
その時、コンテナ内から大きな砲身が現れた。砲身の銃口はラ・プリンシパルの胴体に向けられていた。
ドガン!
放たれた弾丸は、ラ・プリンシパルの胴体を貫いた。
ギィィィ……
胴体に大穴を開けられたラ・プリンシパルは沈黙した。
パシュウッ!!
鋭い噴射音に目を向ければ、マクスウェルがパワードスーツの腕からウォーターカッターを滋武に向かって放っているところであった。
ウォーターカッターによって切り裂かれた後部車両が離れていく。すっぱりと綺麗に斬られた切断面が光っている。とんでもない切れ味である。ただのウォーターカッターではないようだ。あれでは滋武も迂闊に攻撃できまい。
ウィィィィン シャガァァァァァ!!
離れていく後部車両の上にいたクライスが、慌てて足から車輪を出して線路に降りた。……可愛いじゃないか。
とりあえず、滋武が井伊と久麗を助けに来るのはまだ時間が掛かりそうである。
俺はラ・プリンシパルが開けた穴から、恐る恐るコンテナ内を覗いてみた。
「井伊さん! 井伊さん!」
腕に井伊を抱きながらうずくまり、泣き叫ぶ久麗。二人以外に人は居ないようだ。
コンテナ内はラ・プリンシパルの放った銃弾によってグチャグチャであった。
壁や床が血で染まっている。久麗が無事らしいところから見て、恐らく井伊が被弾したのであろう。
久麗の横には大きなライフルが転がっている。対戦車ライフルであろうか。あれでラ・プリンシパルの胴体を破壊したのだ。
隠密スキルを行使したままコンテナ内に侵入する。
すぐそばにいるのだが、久麗は俺に気付いていない。久麗に対する隠密スキルの効果が復活したようである。
「ああ、血が、血が……」
井伊を抱く手に付いた血を見て久麗が絶望の声を上げる。
久麗に抱かれたままの井伊を見る。
井伊は青い顔をして目をつぶっている。眠らされたまま被弾したのだろうか。井伊の腹には大穴が開いていた。重要な内臓のいくつかはもはや使い物にならないであろう。まだ生きているようではあるが、これはもう助からない。
俺が回復スキルで治さない限りは。
だが井伊が負ったのが致命傷であることを、既に久麗は知っている。治したら回復スキルの存在が知られてしまう。ここで井伊を治すのは悪手であろう。それに、独多乃緒に関する情報は久麗から得れば良いのだ。井伊にこだわる理由はない。
つまり、井伊はここで死ぬ。
とりあえずサバイバルナイフ+5を返してもらおう。
井伊の腰にあるガンホルダーからサバイバルナイフ+5をこっそり抜き取り、収納に入れる。
これで俺の必須目標は達成された。あと欲しいのは独多乃緒の情報だが、活動時間の限界が近いし、慈武がここに来るかもしれないので今日は諦めた方が良さそうである。久麗を操ってWECOの別拠点の場所を吐かせるのが関の山であろうか。
久麗と慈武に姿を見られた事についてはどうするか。
情報を吐かせた後に久麗をここで殺すのはアリか。慈武もマクスウェルとの戦闘中に隙をつけばなんとか……。
いや、時間がないし、もう俺のことを他に報告しているかもしれない。大体そんなことをしたらWECOと完全に敵対してしまう。WECOは独多乃緒が所属する秘密組織スペクタクルの敵対組織なのだ。できれば味方にしたい。
久麗達は俺がスペクタクルの一員だと思っているだろう。ここは久麗と話し合うべきであろうか。
いやいや、俺には隠し事が多い。話し合いは避けた方が良い。
「あああ……」
井伊を抱きしめて泣く久麗を見る。プロキオン・ローターさんパンツの件から、久麗は井伊を利用しているのではないかと思っていたが、この様子を見るにそうでもなさそうである。
こんな時にうってつけのスキルがあることを俺は思い出した。
俺は井伊に手をかざし、回復スキルを行使し始めた。そして徐々に隠密スキルを解いていく。
「っ!?」
隠密スキルの効果が薄れたことで俺の侵入に気づいた久麗が、井伊を抱いたまま拳銃を向けてきた。
久麗は問答無用で発砲してきそうだったので、人躁術で体の自由を奪う。
「くっ!?」
久麗は拳銃の引き金が引けなくて驚いた様子である。
「慌てるな。危害は加えない」
「ううっ!」
久麗は俺の話を聞かずに暴れようとした。自由は奪っているので腕を振るわせただけだが。まあ、車上バトルで井伊を狙った俺の話を聞こうとしないのは当然であろう。しかし、滋武がこっちに来る前に久麗と話をつける必要がある。
井伊の腹を指差しながら久麗を見る。それにつられて久麗も井伊の腹を見た。
井伊が着ている軽量型耐爆ボディースーツは破けており、血だらけの腹が見える。その腹に空いた穴の奥がグチャグチャと蠢いている。俺が井伊に対して行使し続けている回復スキルによって、破壊された内臓が再生されているのだろう。
「井伊さん!? やめて!!」
俺が井伊に良からぬことをしているとでも思ったのか、久麗が取り乱す。
「こいつを助けたければ俺の話を聞け」
「……」
久麗が鋭い目で俺を睨む。
「見ろ」
井伊の腹を指差す。井伊の腹に空いた穴が徐々にふさがっていく。
「これは!?」
久麗は治っていく井伊の腹に目を奪われている。
ここまで治れば直ちに命の危険は無さそうというところまで治し、回復スキルの行使を止める。
まだ井伊の腹の穴は完全には塞がっていない。
「わかったか?」
「わかったわ。何でも聞くから彼女を助けて」
どうやって治しているのかとか聞かないのか。
まあ、久麗は藁にでもすがりたかったのだろう。話が早くて助かる。
「ならば俺と契約しろ」
「契約?」
「俺はこの女の腹の傷を一度だけ治す。その替わり、お前は俺の指示に従え」
「従うわ。だから井伊さんを助けて」
そんなに井伊さんが大事なのか。口約束などどうとでもなると思っているのか。久麗は俺との契約に同意した。
すぐに回復スキルを行使して井伊の腹を治す。
井伊の腹の穴が塞がったのを確認後、久麗の人躁術を解いて体を自由にしてやると、久麗は井伊の息や心臓の音を確認し始めた。
「井伊さん……」
弱っていた心臓の音が元の調子に戻ったのを確認したのか、久麗は安堵の表情を浮かべた。
「これで契約は成立だ。俺の指示に従ってもらうぞ」
「……」
腕に抱いた井伊の顔を見つめたまま、久麗は返事をしない。俺との契約を守る気はなかったのだろうか。
久麗がこちらを見た。
「あなたの指示に従うわ。でも、この子を安全な所に運んでからでは駄目かしら」
現在久麗達はスペクタクルに襲われている最中である。もっともな話だが、久麗は時間を稼いで滋武の到着を待つつもりかもしれない。
だがそうはいかない。
俺との契約を久麗は破ることができない。何故なら、久麗との契約時に俺がとあるスキルを行使していたからである。
そのスキルとは、行使しながら交わされた契約は破れなくなるという、強力な効果を持ったスキル、絶対契約スキルである。
契約不履行の場合にペナルティがあるとかそういう形式のものではなく、絶対契約スキルを行使した状態で契約を交わした者同士は、契約を絶対に履行しようとするのだ。
あまりにも強力すぎる。
だがこのスキルは、取得可能となる前提能力に偏りはあるものの、取得に必要なスキルポイントは多くない。
その理由は、契約を取り消すことができるスキルも存在するからである。契約取り消しには色々細かい条件があったりするが、ここでは置いておく。
口約束でも契約として成立し、絶対契約スキルを行使していることを相手に知らせる必要も無い。知らない者にとっては恐ろしいスキルだが、スキルの存在が当たり前となった世界では、何か契約する時は常に絶対契約スキルが行使されていると考えるようになるだろう。
知らない者のいない、使われているのが当たり前のスキル。
勇者同士での商談などを後ろ盾なしに成立させるために用意されたスキルのように思われる。
だが、スキルの存在が知られていない現環境では、俺以外にスキルの効果を知る者も、契約を取り消すことができる者も居ない。チートとも言える強さのスキルである。
ただし、気を付けなくてはならないのは俺の方も契約を必ず履行しようとすることである。絶対に不可能な契約内容では、そもそも契約として成立しなかったりするが、うっかり難しい内容で契約してしまったりしたら大変なので、あまり多用はしたくないスキルである。
「指示を出すぞ」
「……」
久麗は無言である。
「これからずっと俺の指示に従え」
「わかったわ」
強力すぎる。




