4 智朗、絶対に転ばないロボットを転ばせようとする。そしてカーチェイスに車なしで参加する。
ヒュージドッグのマニピュレータが動き、側面に付けられた迷彩柄の袋の中をあさっている。
ウィィン
引き出されたマニピュレータの先には、取っ手の付いた長方形のケースのような物が握られていた。袋から物を出すなど、あのマニピュレータの性能は計り知れない。
バシュン!
長方形のケースから、花弁のように刃が飛び出した。見た感じ、どうやら回転ノコギリのようである。あの袋には恐らく、エレベーターの上部に穴を開けたドリルや、投下された爆弾も入っているのだろう。
ドッドドッ ギュイイイイン
ヒュージドッグが井伊に向かって駆けだすのと同時に、回転ノコギリが回転しだした。
ドンドン!
ヒュージドッグの背中のセンサーを狙い、井伊に発砲させる。だがヒュージドッグは走りながら体を少し傾け、弾丸を避けた。
「センサーで検知して避けた?」
流石は絶対に転ばないロボット、凄い技術である。絶対に転ばないロボットを作ることがが可能ならば、絶対に弾丸に当たらないロボットを作ることも可能であろう。
ポッター君の隠された戦闘モードや、ヒュージドッグの兵器利用。WECOの敵対組織がどういった組織なのか非常に気になる。
そういえばヒュージドッグはガソリンエンジンを積んでいたはずである。動画ではエンジン音が凄かった。だが目の前のヒュージドッグからはエンジン音が聞こえ無い。
電動式に変更された? 大容量の電池を開発した?
気になるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
既にヒュージドッグは井伊の目の前にまで迫っていた。
ギィイイン!!
マニピュレータによって下に構えられた回転ノコギリが、コンクリートの床で火花を散らしながら井伊に迫る。
俺は井伊の体を操り、回転ノコギリを避けさせ、同時にサバイバルナイフ+5でヒュージドッグのマニピュレータの付け根を狙った。
だがヒュージドッグは攻撃後の死に体のまま体を傾け、サバイバルナイフ+5を避けた。
「ぬう」
絶対に転ばず、絶対に弾丸に当たらず、絶対に刃物で斬られないロボット。
実に凄い技術である。
俺が操っているとはいえ、レベル1の井伊の体では攻撃速度に限界がある。ヒュージドッグに攻撃を当てるのは難しいだろう。
だがこれはチャンスである。
「絶対に転ばせてやる」
例の動画を見てからずっと思っていたのだ。
絶対に転ばないロボットが転ぶところを見たいと。
俺も蹴ってみたいと。
まあ蹴るのは井伊だが。
蹴り倒された無様なヒュージドッグが見られるのなら何でも良い。
井伊の横を駆け抜けた後、井伊を振り返るヒュージドッグ。
井伊は手をヒュージドッグに向け、クイクイと招くようなジェスチャーで挑発。
ヒュージドッグが井伊に向かって駆けだそうと、体を低く構えたその時である。
……バァァァァオオオオ!!
遠くから何かの走行音が聞こえたかと思うと、駐車場の奥、車で上に上がるための坂道から出て来る黒い影。
それは黒いヘルメットに黒いライダースーツ、黒づくめのライダーの駆る黒いバイクであった。
バオオオ! バシュ!
黒バイクはこちらに突進してきたかと思うと、ヒュージドッグに向けて何かを射出した。
何かは空中で大きく広がった。網である。
ドスドスドス!
ヒュージドッグは網を察知し、すでに回避行動を開始していた。早い。流石は絶対に弾丸に当たらないロボットである。だがさしものヒュージドッグも、広範囲攻撃を避けるのは無理だった。
射出された網に捕らわれるヒュージドッグ。
その横を抜けていく黒バイク。
ギャギャギャギャ!
けたたましいタイヤの音と共に井伊の前に停止する黒バイク。
格好いいバイクである。
何と言ったか、田本というメーカーの超黒鳥という名のバイクに似た造形をしている。気がする。
だがフレームに隙間は無く、中には精密機械が詰まっていそうな雰囲気である。
黒バイクのフレームの表面に時々光が走っている。どんな意味があるのかわからないが、まあ格好いい。
「井伊さん、乗って!」
床に片足を着け、井伊に向かって黒ライダーが叫んだ。
おっと。
黒バイクを駆る黒ライダーは井伊の味方、WECOの構成員だったようである。
ギュイイイイ!
網を切ろうとしてか、ヒュージドッグのマニピュレータの先の回転ノコギリが回転し始めた。
「井伊さん、早く!」
黒ライダーが井伊を急かす。
「……」
どうするべきか。
ここにとどまったのではいつまでも敵が湧いてきそうである。俺の存在に気付かれないように井伊を逃がすには、黒ライダーに任せるのが良いのかもしれない。
待て、外には戦闘用ヘリコプターが待ち構えている。バイクでヘリから逃げるのは無理であろう。いや、なんとかなるから助けに来たのか。なら任せられるか?
だが俺はここに井伊を助けに来たわけではない。俺にとって有用な情報を得るために来たのだ。
とりあえず黒ライダーに観察スキルを行使する。
レベル:1
種類 :人間
レベル1人間なら、どうとでもなるか。
そう判断した俺は井伊を操り、黒ライダーの後ろに乗せた。
「捕まって!」
井伊の腕を黒ライダーの胸に回す。
「お腹にして!」
井伊に胸を鷲掴みにされた黒ライダーが怒る。黒ライダーは女性であった。そしてその胸の大きさは井伊とは比べ物にならない。
井伊の腕を黒ライダーの胸からお腹に移動させつつ、黒ライダーと井伊が会話し始めたら面倒なので人躁術を解除する。
「……? あれ? ここは? え? 久麗?」
何が起こったのかわからず、黒ライダーの後ろでキョロキョロする井伊。
ギュラアアアア! バオッ!
爆音。地面にタイヤ痕を残し、黒バイクが走り出す。
「わっ!?」
急発進に振り落とされそうになり、井伊は叫びながら黒ライダーにしがみついた。
ギュイイイイ!!
少し遅れてヒュージドッグの回転ノコギリが網を切り裂いた。網から出たヒュージドッグは黒バイクを追って走り出す。
ドスッドスッ ドスッ ドスッ
速い。この速度ならそのうち黒バイクに追いついてしまうであろう。
黒バイクが地下駐車場の出口である坂道に入っていく。
見ている場合ではない。追わなくては。
柱の影から出た俺は黒バイクを追って走り出した。
***
黒バイクを追って地上に出た。背の高いビルが並んでいる。
ビルの明かりはほとんどが消えており、道に人影はない。
急いで黒バイクを探す。見つけた。
街灯に照らされた道路を走っていく黒バイク。その後ろにはヒュージドッグ。
カーチェイスの始まりである。
俺も参加する。車なしで。
バヒュッ!
ビルの壁からビルの壁へ飛び移り、歩道に下りた後は走って黒バイクを追う。
俺が黒バイクの近くへと迫った時、ヒュージドッグは既に黒バイクに追いついており、回転ノコギリで黒バイクに乗る二人を切り裂こうとしていた。
「このっ!」
ドカッ!
井伊の蹴りがヒュージドッグの側面に炸裂した。バイク後部座席に乗った者が蹴りを放つなど、バランスを崩して転倒しそうなものだが、黒ライダーは何とかしたようだ。
だがヒュージドッグはびくともしなかった。流石は絶対に転ばないロボットである。
ガション! ファオオオオ!
突然、黒バイクのフレーム両側面の一部が菱形に外れたかと思うと、空へと舞いあがった。
ドローンである。
二基のドローンは黒バイクのすぐ後ろを飛び、変形する。
菱形の中央が開くように変形して出てきたのは銃口である。
銃口がヒュージドッグに向けられる。
ドドッ!
二基のドローンから弾丸が放たれた。
「無駄だ」
ヒュージドッグは絶対に弾丸に当たらないロボットなのだ。
そのような弾丸など避けてしまうだろう。
バキャッ!
だが弾丸はヒュージドッグのセンサーと前足を打ち抜いていた。
「馬鹿な」
俺はショックを受けた。
ヒュージドッグは絶対に弾丸に当たらないロボットのはずだ。
こんなことがあっていいのか。
……わかったぞ。
ヒュージドッグが弾丸を避けられなかった理由が。
ヒュージドッグは黒バイクを追うために走っていた。
四足歩行で走って時速100キロを出す場合、それはもはや跳躍を繰り返しているような状態となる。
絶対に転ばないロボットであるヒュージドッグが絶対に転ばないのは、地に足がついている場合である。弾丸を避けるのにも地に足がついている必要があるだろう。
跳躍した状態のヒュージドッグは足を使って体を傾けることが出来ず、弾丸を避けられなかったのだ。
ドガシャアアア!
前足を一本失ったヒュージドッグは転んだ。道路に体が打ち付けられ、火花が飛び、フレームが削れていく。打たれたセンサーからは壊れた部品のかけらが飛び散る。
「……なんてことだ」
こんな……、こんなヒュージドッグは見たくなかった。
そうだ。
俺はヒュージドッグを転ばせたいと思いつつ、同時に転んでほしくないとも思っていたのだ。
……悲しい。
俺が悲しんでいる間にも黒バイクはビル街を抜けていく。このまま進めばバイパス道路へと入るだろう。いつの間にかドローンはバイクの側面に戻っていた。
バババババ!
空から近づくプロペラの音。
「……今迄どこにいたんだこの野郎!」
俺はヒュージドッグがやられてしまったことで覚えた怒りを音の主にぶつけた。
再びの戦闘用ヘリコプター登場である。




