4 智朗、ザワザワする。そして不審者と遭遇する。
「ううむ、何もいないな……」
笹橋に着いた後、怪物を探したがそれらしい影は見当たらなかった。
笹橋の下を見ると、コンクリート護岸の川があり、川の水位はそれほど高くなく、護岸の上部分が人が歩けそうな作りになっていた。
このまま橋の上で怪物の出現を待つというのは退屈しそうである。
「……下りるか」
なんとなしに、橋の下へと飛び降りた。地面まで十メートルはあったはずだ。
死にはしなくとも骨折は免れない高さだったのに、何故か無事着地できた。
最近体が軽いので出来そうな気がしたのだが、本当にできてしまった。
何が原因だろうか? 寝る前の柔軟?
懐中電灯で照らし、橋の下から笹橋を見上げる。すると橋の下のスペースでハトが休んでいるのが見えた。
ハトは暗くなるとああいう所で寝ているのだなあと思いつつ川上を眺める。
護岸の上部分には背の高い草が大量に生えていた。
いかにも怪物のような存在が身を潜めていそうな雰囲気である。
「これは、居るな」
おかしなテンションになってきた。
ここには結構長く住んでいるが、この先がどうなっているのかは知らない。
普通に興味が出てきたので川上へと進んだ。
***
川上へと進んでいる途中で遭遇した野生動物達はスコップで殴り倒した。
イノシシもいたのだが、スコップの一撃で沈んだ。
どうやら俺は野生動物を殺す時のコツみたいなものを掴んだようである。
動物の死体は埋める場所が無かったので背の高い草の中に隠した。
川上に向かって歩くにつれてだんだん家が少なくなっていった。
やがて護岸が途切れたが、自然河岸の部分も歩けそうだったので進んだ。
周りに家が一軒も見え無くなったところでそれは起こった。
歩いていると突然目の前の空間が歪んだのだ。
「ん?」
全身の毛が逆立ち、ザワザワした。
手のひらを見たり、体を探るが異常はない。
「なんだったんだ」
気にせず先へと進んだ。
***
暫く歩いたら川の端に歩けそうなところが無くなってしまった。
水に濡れるのは嫌なので川から上がり、地面にスコップを突き刺して一息ついた。
「ふー」
その時、嫌な予感がしたので振り向きつつ後ろに懐中電灯を向けた。
そこにはシカのような動物がいて、真っ黒な目でこちらを見ていた。
シカのような動物を観察する。
シカにしては足が短い。角も短い。こいつはシカではない。
「なんて言ったっけ? 確か、キョンとかいう名前だったような……」
そして夜行性だ。
「ぎゃー」
案の定キョンが襲ってきたのでスコップで応戦した。
非常に苦戦したが、何とか倒した。
キョンが動かなくなった瞬間、とても強い爽快感を味わった。
もう俺は戻れないかもしれない。
「ぶはあ、ぐはあ……」
息も絶え絶えにキョンの死体を見る。
草食動物に似合わぬ凶悪そうな顔。角は短いが鋭くとがっている。
こんなものを突進の勢いに乗せて突き刺されたら間違いなく致命傷である。
キョンの生息域はどこだったか。忘れてしまったが、この町の近くには生息していなかったはずだ。
「これキョンじゃないのかな? ……まあ、どうでもいいか」
キョンを埋めていると、仲間らしきキョンが何体も襲い掛かってきた。
「ぎゃー」
全てスコップで殴り倒した。
「ぶ、ぶはあ……」
ヨロヨロとスコップを杖代わりにして立ちつつ、足元に転がる死体を見て、こんなにたくさんのキョンが町の近くに生息していたのかと驚いた。
***
「さて」
キョンの死体を埋め終えたので出発することにした。
川の横の道を歩き、さらに川上へと向かう。周りを木に囲まれている。ここはもう山の中なのだろうか。
途中、道が途切れて川の横を離れざるを得なくなった。
仕方が無いので川の横を離れ、道に沿って歩く。
「あれ、こっちだったかな?」
暫く歩くと、川上の方向がどちらだったか自信がなくなってきた。
一旦川まで引き返そうかと考え始めたところで、人の声を聞いた気がした。
「怖。」
こんな時間にこんな所に来る人間など、不審者以外の何者でもない。
完全に自分を棚上げしつつ、懐中電灯を消す。
真っ暗である。
「ん?」
周りの様子がなんとなく見えるのに気づく。
毎日暗い中を見回りしていたので目が慣れたのか、夜目が利くようになったようだ。
フクロウは夜目は利くが昼は眩し過ぎて目を細めると聞く。俺もそうなってしまうのだろうか。
そんなことを考えつつ、息を殺して声の聞こえた方へと向かった。
「……です」
「するのが……」
人の声がだんだんとハッキリ聞こえてくる。
木で囲まれた広場のようなところに入る。
そこで見たのは虚空に向かって話しかける変な服を着た銀髪の女性であった。
「えーと、
私はプルフェ、導く者。勇者よ、私の言葉に従いなさい」
綺麗な声だ。
「うーん、上から過ぎるかな?
勇者よ、どうか私の願いを聞いてください」
大げさに体を動かし、独り言を続ける女性。
「んー、エフェクトとかどうしよう。案外地味な方がウケがいいのかな?
でも、やっぱり雰囲気は大事よね。
怪しい人と遭遇した、みたいな空気になったら嫌だし、多少は演出が無いと。
ええと、こうして……」
今度は額に指を当てて悩みだした。
女性は白いローブに赤いケープを羽織っており、アニメにでも出てきそうな服装であった。
これはコスプレというやつであろう。さっきからの独り言はアニメキャラの台詞だろうか。
話の通じないおかしな人というわけではなさそうだ。
女性はまだ俺に気づいていない。
どうするべきか。声をかけても大丈夫だろうか。
こんなところに女性を一人にしておいては危険であるが、不審がられて悲鳴でも上げられたら事である。
今は人の善意らしきものにはまず疑ってかかるのが当然の、世知辛い世の中なのだ。
うん、止めておこう。
おそらく女性はここに車か何かで来ているだろうし、放っておいても問題ないであろう。
「頭の中で「ステイタ コントロロ」と念じるのです。さすれば……」
女性は台詞の練習を続けている。
広場の出口へと向かって歩く。
広場から出るか出ないかの所で、突然背後が光った。
「え?」
振り返ると広場の中心、女性のいるあたりに光が射している。おかしい。
さっきまで女性の頭上には何もなかったはずだ。
ドローンを使ったスポットライトか?
それにしては光にブレが無いし、ドローンの飛ぶ音とかは聞こえてこない。
微振動、無音のドローンとか、一般販売されていただろうか。
ドローンを操っている人がいないか辺りを見回したが、人影らしきものは見当たらない。
「あれ? なんで勝手にエフェクトが? 誰か来ないと反応しないはず……」
女性がこちらを見た。
目が合う。お互いに固まった。
次に女性の口から出るのは悲鳴だろうか。
「……」
女性はまだ固まっている。
警戒されないためにも、とりあえず挨拶だ。
「こ、こんばんは……」
「……」
女性は沈黙したままだ。
女性との距離は十メートル程あるが、光で照らされて女性の顔がハッキリ見えた。
怪物探しで目を使ったことで視力が上がったのだろうか。
「!」
驚いた。
何故かと言えば、女性の顔がまるで作り物かのように整っていたからである。
左右対称で黄金比配置の顔。薄灰色だがぱっちりとしていて澄んだ瞳。通った鼻筋。
美形すぎる。
ほんのり赤いくらいの頬の紅が、浮いているかのように見えるほど白くて綺麗な肌。
化粧をしているわけでは無いようだ。
途端に女性がこの世にあらざるものに見えてきて怖くなった。
「え? ……え?」
妙齢の美女がうろたえている。
女性はこんなところに人が来るとは思っていなかったのだろう。
俺だって人目を避けて秘密の特訓とかしてるとこに知らない人が話しかけてきたら同じような反応をすると思う。
「どどどどどどうしてこ、こここに人が!?
まさかもう条件を満たした? いくらなんでも早すぎない? 不具合?」
女性は混乱したのか、焦った顔で意味の分からないことを口走った。
それが滑稽に見えたことにより、恐怖心は和らいだ。