12 智朗、犯人を拘束する。そして雨合羽を着た”可愛い”を見て倒れる。
毒ガスを撒いた犯人を発見した。
単独犯かどうかはわからないので犯人のうちの一人なのかもしれないが、犯人であることは間違いないと思われる。
「……」
こんなところで何をしているのかと様子を見れば、犯人は木の上から悠達をじっと見て観察しているようであった。
こいつの正体はわからないが、おそらくどこかの国の工作員であろう。ファンタシーゾーン内で行動している他の勢力を調査しているのだろうか。
「む?」
犯人が円柱形をした水筒のようなものを取り出した。犯人の視線は変わらず悠達を捉えている。
「まさか」
犯人は水筒の上部にある取っ手のようなものに手を掛け、上に引き、回した。そして水筒を悠達の近くに向かって放り投げた。
シューッ!
悠達の近くに落ちた水筒からガスが放出され始めた。この水筒のようなものが毒ガスを撒く装置、噴霧器であろう。
「始めから人間狙いなのか」
こいつ、完全に悠達を狙って噴霧器を投げた。
許せん。万死に値しよう。
だが何故そんなことをする。魔物が毒で苦しんで死ぬのを見て快楽殺人に目覚めでもしたのだろうか。
考えている場合ではない。一刻も早く噴霧器を何とかしなくては。悠が毒に侵されてしまったら大変である。治療スキルで治せるとはいえ、苦しませたくない。
だが犯人をギリースーツのまま逃がしたのでは見失ってしまう。それに、まだ噴霧器を持っているかもしれない。
俺は犯人の背後に移動し、スーツに手をかけて引き裂き、奪い取った。
すると中から筋骨隆々な男の上半身が出てきた。肌の色からして白人だろうか。
ナイフやライトなどの装備が腰に付いているが、噴霧器はもう持っていないようである。
「〇×△△!?」
スーツを切り裂かれたことに驚き、叫ぶ犯人。
どこの国の言葉なのかわからない。ガスマスク越しなのでこもっているし。ただ、ファンタシーゾーン外周にテントを張っていた連中の仲間では無さそうである。
犯人の首を掴み、木に押し付ける。
「〇×××△×△! ××△×△!」
知らない言葉で叫び続ける犯人。一度木から離し、手刀で首後ろを強打する。
「△×△ッ!」
犯人は白目を剥いて気絶した。
こんなこともあろうかと収納に入れておいた鋼鉄製のロープを取り出し、犯人の体を木に固定する。
俺が戻る前に犯人が目覚めた場合、レベルによってはこの程度の拘束は破ってしまいそうだが仕方が無い。
そのまま放置し、水の魔石で水を振りまきながら噴霧器へと向かう。
「冷た!」
「雨?」
「おい、敵から目を離すな」
金田君と香ちゃんが突如として降り注いだ水に驚いている。
悠や他の皆にも水がかかるが、魔物との戦闘中なので気に留めていないようだ。
シューッ!
毒ガスを吹き出し続ける噴霧器の元に辿り着いた。
噴霧器を持ち上げ、取っ手を捻ろうとするが、何か操作が必要なのか取っ手が回らない。
無理に回せば壊れそうである。
どうする。焦る。
仕方が無い。
俺は噴霧器を収納へ入れることにした。
シュウン
噴霧器は収納され、毒ガスの噴出は止んだ。
だが既に、それなりの量の毒ガスが周囲に漂っているはずである。
毒ガスの無効化のため、俺は再び水の魔石を両手に持ち、水を放出させながら振り回した。
そのまま毒耐性付与スキルを取得し、こっそりと悠とダイアナに行使した。既に吸入している恐れがあるので治療スキルもかける。
これで、蛇夢達カナリアに異常が出なければ毒ガスの無効化成功である。
そうこうしているうちに、最後の角ヌートリアを金田君が金属バットで殴り倒し、戦闘が終わった。
観察スキルで見ても蛇夢達に異常は見られない。毒ガスの影響は無かったようである。
戦闘中だったからか、すぐそばで水をまき散らしているのにもかかわらず、悠達は俺に気付いていない。
安心し、だが念のため水を撒くのは止めずに犯人の元へ戻ろうとした俺の耳に、蛇夢の声が飛び込んできた。
「皆、雨合羽を着て」
なんだと。
蛇夢の声が頭に響く。
「雨合羽を着て」
天気が良かったので諦めていた”可愛い”の雨合羽姿を見ることができるというのか。
何たる僥倖。
足を止め、すぐに”可愛い”に目を向ける。
すると”可愛い”はリュックを背中から前に持ってきて、中から雨合羽を取り出していた。
体毛におおわれた小さな手でリュックを支える姿が可愛い。
「……」
雨合羽を取り出し、逡巡する”可愛い”。可愛い。
既に大分体毛が水を吸っているため、そのまま雨合羽を着ることに抵抗があるのだろう。
”可愛い”は周りの様子を伺った。ダイアナ以外は”可愛い”から離れたところでリュックから雨合羽を取り出している。
ダイアナは”可愛い”の近くに居たが、既に雨合羽を着終わっている。
意を決したように、”可愛い”の目が光る。
俺は息を飲んだ。
「まさか、見られるというのか、ここで」
目をつぶり、頭と首を振り出す”可愛い”。可愛い。
スローモーションが始まった。
”可愛い”の体毛が波を打つ。
水滴が宙を舞い、その中で目と口を固く結んだ顔の”可愛い”。幻想的である。
今これを写真に収めれば柴ドリルならぬ、”可愛い”ドリルが撮れることであろう。
シュバッ!
レベル63の素早さで収納からスマホを取り出し、カメラを起動したが間に合わなかった。
こんなことなら写真に撮ろうとせず、堪能するべきであった。俺は後悔した。
だがそんな後悔も次に目に飛び込んできた”可愛い”の姿によりかき消された。
雨合羽を着た”可愛い”である。
悠に持たせたのは黄色いキッズ用レインコート・ポンチョであった。扇形をしており、袖部分が胴体部にくっついているため、”可愛い”が両手を横に開くと綺麗な扇形が出来上がる。
手を下げた状態でもスカート状になって非常に、非常に、可愛い。
「ぐおわあーっ!」
思わず叫び、胸を押えて倒れこむ俺。
「なんだ!? 敵襲か!?」
「蛇夢さん、しっかり!」
「おいどこ支えてんだよ」
「ユウ、カワイイ!」
「あああああー」
俺の叫び声に気付き、周囲を警戒する勉次 弾。鼻血を吹き出して倒れる蛇夢。蛇夢を助け起こす金田君。それをジトっとした目で見る香ちゃん。ダイアナに抱き着かれて動けない”可愛い”。可愛い。
いかん、このままでは俺の心臓が持たない。
もっと”可愛い”を見ていたいという心を抑え込み、俺は目を伏せてその場を離れ、犯人の元に戻ることにした。
***
犯人はまだ木の上で気絶していた。
というか、果たしてこれは気絶なのだろうか? ガスマスクの犯人はぐったりしていて、時折痙攣している。
放って置いたら死んでしまうかもしれないので回復スキルを行使した。
恐らくこいつは他国の工作員で、他にも仲間が居る。持ち物を探ればある程度正体が分かるのかもしれないが、わからなかったら逃がして後をつけ、仲間の元へ案内してもらうつもりである。
首後ろへのダメージは消えたはずだが、犯人は目を覚まさない。好都合である。
「まずは……」
観察スキルを行使する。
レベル:15
状態 :気絶
レベルが高い。毒ガスで魔物を倒した証拠であろう。
ガスマスクを外し、顔を見る。白い皮膚、短めの金髪。指で無理矢理まぶたを開いてみた所、瞳の色は青色であった。西洋人である。外国人の年齢当てに自信は無いが、30代だろうか。
腰にくっついているナイフやライトを手に取る。製造番号らしきものは印字されているが、それだけだ。こいつの正体はわからない。
他に何かないかと探ってみると、後ろポケットに携帯端末が入っていた。
上半分はディスプレイ、下半分には十字と何も書いてないボタン二つ、そして数字のボタンが並び、昔の携帯電話みたいだが、マットな質感で非常に丈夫そうである。
ボタンを少しいじってみたがディスプレイには何も表示されなかった。
ロックがかかっているのか、何かしら決まった操作をしないと起動できないようであった。
「そうだ」
俺は端末に向けて鍵開けスキルを行使してみた。
「これも鍵だと認識されたりしないかな?」
真っ黒なディスプレイを見守っていると、突然、画面の中央から波紋が広がるレーダーのような画面が表示された。
「いけちゃうんだ」




