9 智朗、工作員達の姿を見る。そして工作員達を放置する。
遺体は顔の半分が無く、頭蓋骨が見えていた。そして、残りの半分の顔は恐怖に歪んでいた。
「無茶したな」
おそらく勇者の一人であろう。山側のこんなところで死んでいるとは。見張りの居る山道を避けて反対側からファンタシーゾーンに突入でもしたのだろうか。
なんにしろレベル5以上のフェスティバロ対策員が一人、失われてしまった。残念である。
「うーむ」
他の勇者達が無茶しないように、この遺体をもっと東和町に近い所に運んだ方が良いだろうか。
いや、彼の死因が魔物だと決まった訳では無い。そうなると死体には触らない方が良いか。だが放置したらしたで残りの部分も魔物達の胃に収まってしまいそうである。
どうしたものかと遺体を見ながら思案していると、遺体に巻き付いている赤黒い布、かつて服だったであろう物から、カードがぶら下がっているのが見えた。
免許証か何かを服の内ポケットに入れていたのだろう。
彼の身元にさほど興味は無かったが、カードに書かれた内容が気になったので見てみることにした。
「ん?」
カードには男性の写真が貼ってある。だが彼の名前すら、俺にはわからなかった。カードが破損していたという訳では無い。俺にはカードに書かれた文字が読めなかったのだ。
「日本人じゃない?」
半分しかない遺体の顔を見る。東洋人のようで、日本人に見えないことは無い。
「ひょっとして……ん?」
「……! ……!」
遠くで人が叫んでいる。
何と言っているのかはわからないが、緊迫した雰囲気だけは伝わってきた。
おそらく数人が魔物と戦闘しているようである。
「……」
俺は隠密スキルを行使し、声の聞こえた方へと向かった。
***
「〇×△□◇!!」「〇×△□◇!!」
迷彩服に身を包んだ男達が叫んでいる。何語かはわからない。雰囲気からして多分〇国語か△国語なんだろうが、俺には区別がつかない。とにかく彼らは日本人ではないと思われる。おそらくあの喰い荒らされた遺体の男性の仲間であろう。
「ガアアア!」
魔物が迷彩服達を威嚇している。
迷彩服達が相手をしていたのは数匹の角ヌートリアであった。
角ヌートリアはフェスティバロが発生しないとファンタシーゾーン外へ出てこれないようなので、それなりに強敵のはずである。
その角ヌートリアと、迷彩服達は渡り合っていた。観察スキルを行使してみると、彼らのレベルは5~6であった。
武器はサバイバルナイフのようで、ナイフの構え方からして素人の様には見えなかった。
「〇×△□◇!」
「ガア……!」
迷彩服の一人のナイフが角ヌートリアの首を捉えた。
連携の取れた迷彩服達の攻撃により、角ヌートリア達が数を減らしていく。
やがて角ヌートリア達は全滅した。
「〇×△□◇」「〇×△□◇」
迷彩服達は声掛けしながら角ヌートリアの死体に手をかけ始めた。
サバイバルナイフで角ヌートリアの腹を裂き、手をつっこむ。
引き出された手にはビー玉くらいの大きさの石が握られていた。
あれは魔石だ。
彼らは魔物の体のどこに魔石があるのか知っている。
そして、それが彼らがここにいる目的でもあったようだ。
全ての角ヌートリアから魔石を抜き取ると、彼らは移動を開始した。
方向は山側のファンタシーゾーン外周のようだ。
俺は彼らの後をつけることにした。
***
「おお……」
迷彩服達の後をつけた俺は、そこで見た光景に驚いた。
森の中に大きなテントが張られていて、そこには大勢の人が居た。
全員迷彩服を着た男性で、何かの死体をさばいていたり、大鍋で何かを煮ていたり、テントの中では無線でどこかと通信している者もいた。
「〇×△□◇」「〇×△□◇」「〇×△□◇」
日本語ではないので彼らがどんなことを話しているのかわからない。
「キー!」「キー!」
威嚇するような声がしたのでそっちを見ると、鉄格子が目に入った。
鉄格子の格子はとても太く、隙間はほんの少し。
そのほんの少しの隙間から見えたのは小さな魔物の姿。
それは角リスであった。
まさか山側のファンタシーゾーン外周がこんなことになっていようとは。
彼らは井伊の言っていた他国の工作員だと思われる。魔石を集めろと指示されたのだろう。
莫大なエネルギーの抽出ができるという話の他に、魔石には色々な使い道がありそうだし、集めようとしない方がおかしいと思える。
日本で魔石を集めようとかそういう話を聞かないのは、独多乃緒の研究所がエネルギーの抽出成功を発表してからあまり日が経っていないからだろうか?
魔物の死体が残っていればすぐに魔石を取り出そうとする者がいそうだが、それら魔物の死体は全て環境整備課の連中がどこかへ運んでしまったのかもしれない。
「キーキー」
角リスが鳴いている。
魔物を本国に送って研究でもするのだろうか。あるいは誰かをレベルアップさせるのが目的か。兵士をレベルアップさせれば軍の強化になるし、指導者をレベルアップさせれば暗殺とかの心配がなくなるかもしれない。
「どうするかな」
彼らを放っておいて良いものだろうか?
一応彼らは魔物を減らしてくれる存在である。ファンタシーゾーンの拡大を調整したい俺にとっては益がある。
だが彼らの人数が増えたりしたらいろいろと問題が発生しそうである。
「……様子を見るか」
俺は考えるのを止めて彼らを一旦放置することにした。
何故なら、いつの間にか学校の授業終了時間が間近だったからだ。
俺は迷彩服達に背を向け、悠の通う学校へと向かった。
***
「兄さん」
悠の学校の正門近くで待っていると、”可愛い”が声をかけてきた。可愛い。
悠の後ろで悠の友人二人が手を振っている。手を振り返す”可愛い”。可愛い。
「行くか」
「うん」
俺は悠と一緒に町役場へと向かった。
***
「ユウー」
「はわあああ」
環境整備課に行くと、”可愛い”は早速ダイアナに抱きつかれて頬ずりされていた。
思い人の熱烈なハグに真っ赤になる”可愛い”。可愛い。
「粘大さん、こんにちは」
真っ赤な”可愛い”を見つめたまま蛇夢が挨拶してきた。
「こんにちは蛇夢さん」
「こ、こんにちは」
俺と悠が蛇夢に挨拶を返す。一応まだ午後五時前なので、挨拶はこんにちはである。
「早速始めましょうか」
「はい」
悠と一緒に蛇夢からグループ行動時の決まり事等の指導を受けた。
仲間との連絡方法の他には以下のようなことを教わった。
・絶対に単独行動しないこと。
・はぐれたら声で人を呼んだりせずにハッキリしているところまで戻ること。
・道がわからなかったら隠れて助けを待つこと。
・沢や谷に下りないで高いところに登って周囲を見渡すこと。
なんだか山で遭難しないための心構えみたいな指導であった。
持ち物も配給されるらしい。
・配給される持ち物
雨合羽、明かり、携帯食料、水、GPS機能付き腕時計、モバイルバッテリー、コンパス、地図、リュック。
何故雨合羽が要るのか聞いてみた所、山の天気は変わりやすく、雨の日に山を歩くのは危険とのこと。夏でも低体温症の危険があるのだとか。防寒暴風着になる雨合羽は必ず持っていくべきものだそうだ。
しかし、雨合羽か。
長靴を履き、雨合羽に身を包んだ”可愛い”を想像する。可愛い。
フードを被るも、露出しているフサフサに水滴がついちゃったりして、水滴を飛ばすために首や体を振る”可愛い”。可愛い。
凄く見たい。
「ハッ」
気づけば蛇夢がにやけた顔で俺を見ていた。
「粘大さん。わかります。わかりますよ」
そう言いながら蛇夢がうなずいている。蛇夢め、俺の妄想に気付いたか。
「え? え?」
不思議そうな顔で”可愛い”が俺の顔を覗き込んできた。可愛い。
顔を覗き込まれた蛇夢が鼻血を出していた。
とりあえず最低限の指導を受けたので、これで他の勇者達とグループになってファンタシーゾーンに入るのは問題ないそうである。
「今日の所はこれで終わりです」
「はい」
明日は休みなので早朝に集合し、害獣駆除に参加してもらうということになった。
もしかしたら雨合羽の”可愛い”を見られるかもしれない。
楽しみである。
「カエラナイデー」
帰ろうとしたら悠がダイアナに捕まった。
「ああああああ」
悶える”可愛い”。可愛い。
そういえばダイアナの装備している鉄パイプ+1について探るのを忘れていた。
まあ、明日探れば良いか。




