7 智朗、堕落したプルフェを見る。そしてタマホリンの正体を知る。
次の日の朝。
リビングで眠そうに目をこする”可愛い”の姿を堪能する。
なんだか暫く見ていなかった気がする。眼福である。
「むにゃ……」
「ぐぁ……!」
胸を押さえ、小さくうめく俺。”可愛い”のやつめ、眠そうな顔で「むにゃ」は反則であろう。
「兄さんどうかしたの?」
「なんでもない」
朝から血管に悪い。
悠と一緒に朝ご飯を食べながらネットニュースを確認すると、某テレビ局に車が突っ込んだという記事が載っていた。人死には無かったらしい。
それから悠を学校まで送り、悠に接触してくる不届き者がいない事を確認した。
悠は今のところ学校にいる間は安全だと思われる。なのでこれから放課後までは時間がある。
家に戻る途中、コンビニに寄ってある物を購入した。そして家に着いたらすぐに物置の地下へと向かった。
物置の地下でプルフェは椅子に縛られたまま首を横に倒し、よだれを垂らしていた。
「……、ン……」
よだれを垂らしながら、プルフェが何か言っている。小さくて聞き取れない。
プルフェに近寄り、よだれの垂れている口に耳を近づける。
「プリン……、プリン……」
寝言か。超常的存在はプリンに完全敗北したようである。
「プルフェ」
「……んぐ?」
プルフェが目を覚ました。
ジュルッ!
プルフェの口によだれが吸い込まれた。
「……はっ! プリン!?」
「俺だ」
「プリンですか!?」
「智朗だ」
「プリンはないんですか!?」
「ある」
地下に入る前から持っていたビニール袋をプルフェの目の前に掲げる。
「ああ! プリン! プリン!! お願いです智朗、早く私にプリンを!」
超常的存在はこれ以上なく堕落していた。
今のプルフェはプリンのためなら何でも話しそうである。
「わかったわかった。その前に質問に答えて貰おう」
「わかりました」
背筋を伸ばしキリっとするプルフェ。話が早くて助かるが、それでいいのか導く者よ。
「魔石について聞きたい」
「どうぞ」
「魔石から魔素の抽出は可能か?」
「魔石の使い方の話ですか? それなら圧力を与えたり衝撃を与えたり様々な……」
「いや、魔石から魔素自体を抽出できるかを聞きたい」
「魔石から魔素自体を抽出……? レベルアップに使いたいということですか?」
違うな、でもそれも聞いとこう。
「魔石をレベルアップするために使う方法があるのか?」
「使えません。確かに魔石は魔物が余剰魔素を貯めこんで作成されるものです。しかし、魔石から魔素を吸収することは出来ません」
使えないのか。使えたら色々楽だったかもしれないのに。残念。
「そうか。さっきの質問に戻るが、魔石から魔素自体の抽出はできないのか?」
「……」
黙るプルフェ。
「仕方ないな」
ビニールからプリンを取り出し、蓋を開けてプラスチックのスプーンにすくう。
「ほら」
「あーん」
パク
「んんん、これです。甘い感覚と苦い感覚が同時に来て、良い匂いが鼻に抜けていく。ああ、美味しい」
実に美味しそうにプリンを喰らうプルフェ。ピンク色の舌がペロリと唇を舐める。
「質問の続きだ。魔石から魔素自体の抽出はできるのか?」
「出来ません。魔石の種類によりますが、魔素は火や再生効果といった別の物に変換されて外に出てきます。魔石となった時点で魔素として吸収することは出来なくなります」
出来ないのか。
ならば独多乃緒が抽出に成功したと言っているエネルギーとは一体なんなのだ。
「そうするとあれは嘘ってことか」
「どういうことですか?」
「魔石から莫大なエネルギーの抽出に成功したって奴が出た。莫大なエネルギーってのが魔素のことなのかどうかは不明だ」
「ええ!?」
ガタリと、プルフェは縛られたまま椅子から立ち上がろうとした。勢いで前に倒れそうになったので肩を手で押して元位置に戻してやる。
「どうかしたか?」
「そ、そんな……、まさかタマホリンの……」
「タマホリン?」
「あ」
プルフェが口を開けたまま固まった。怪しい。
「タマホリンとは?」
「え? 私、そんなこと言いましたっけ?」
「言っただろ。ほら」
プリンをすくってプルフェの口元に持っていく。
「う……、く……、だ、駄目です。こればかりは……」
「ほう?」
既に堕落した身でありながらプリンの誘惑に耐えるとは。余程タマホリンについて話したくないらしい。
これは絶対に聞き出さねばなるまい。
プリンをすくったスプーンをプルフェの目の前に持っていく。
「ほらほら」
「はう……、ああ……、欲しい……、駄目……」
葛藤を口にするプルフェ。プリンの匂いがプルフェの鼻をくすぐっているのだろう。
ゴクリ
プルフェが生唾を飲んだのを確認し、質問を投げかける。
「タマホリンとはなんだ?」
「くっ……、それだけは……、言えません」
「言えばプリンが食べられるぞ?」
「……駄目です」
プルフェはプリンから顔を背けた。
意外に耐えるじゃないか。だがこれには耐えられまい。
「舌を出せ」
「舌を? 何故?」
「いいから出せ」
「……」
チロ
プルフェは戸惑いながらも舌をほんの少し口から出した。
「もっと出すんだ。ついでに少し上を向け」
「……んえ?」
プルフェは顔を少し上に向け、舌を大きく口外へと露出させた。
ピンク色の綺麗な舌は粘膜で覆われており、地下室の明かりが白く反射している。
「そのままでいろ。舌を引っ込めたら、わかっているな?」
「えう?」
プルフェの舌の上にスプーンを持っていき、プリンを落とす。
「んえ!?」
舌の上にプリンを置かれたプルフェは悶え始めた。
「タマホリンについて話すなら、そのプリンを喰うことを許してやる」
「んふぅ、んふぅぅ……」
プルフェの口から唾液が垂れ、顎を伝っていく。
そんな酷く情けない姿でも美しく見える。流石は超常的存在である。
「話す気になったか?」
「……」
「お前の舌の上でプリンが揺れているぞ? ほおばって飲み込んだらさぞかし美味しいだろうなあ」
「……」
プルフェの顎はもはや唾液でビチャビチャである。だが顎の舌、服は濡れていない。服に落ちた唾液は自動修復によって消されてしまっているようだ。
「……あむ」
「あ」
プルフェが舌の上のプリンを口にほおばった。
「……」
プルフェの口がモグモグと動いている。無言でプリンを味わっているようだ。
ゴクリ
飲んだ。
「……」
「……」
「プルフェ」
「!」
ビクッとするプルフェ。
「話す気になったということだな?」
「う……」
「タマホリンとはなんだ?」
「ふぐうう……! スポティスン様! 申し訳ありません!」
プルフェは話した。
タマホリンとは、創造主スポティスンの対極に位置する存在であるらしい。
創造主スポティスンとは、導く者ことプルフェをこの世界に遣わした、プルフェの上司らしき存在である。スポティスンにタマホリンて。名前いいかげんにしろ。
しかし、タマホリンが何者かなど、俺が知ったところでプルフェが困る情報ではない。
プルフェが隠したかったのは別の事である。
魔石からの魔素抽出。これは不可能らしい。何故ならプルフェ曰く「そういうものなのです」だから。
ここでプルフェが「そういうものなのです」というのは、その事象がスポティスンが決めたルールだからである。
そしてスポティスンの対極に位置する存在であるタマホリンは、スポティスンと同程度の力を持っている。
スポティスンが決めたルールを、タマホリンに関する者が破る。これは不可能ではない。
つまり、魔石から魔素の抽出に成功した者が居るとしたら、そいつはタマホリンの遣いである可能性が高い。
独多乃緒はタマホリンの遣いであり、プルフェの敵。
プルフェは今、俺に拘束されており外の状況を知らない。
俺のせいでファンタシーゾーンが拡大し、外は酷い状態になっていると思っているのかもしれない。
その上タマホリンの遣いという敵まで現れた。
もしも俺が独多乃緒と協力関係になろうものなら、いよいよ世界の異界化は止められない。
そうなったらスポティスンに申し訳が立たない。
だから隠そうとした。
……筋は通っているか? なんだか違和感を感じる。
本当にこれが、プルフェの隠したかったことだろうか?
「魔石から魔素を抽出した場合、それがファンタシーゾーンに影響するということは無いか?」
「影響とは?」
「ファンタシーゾーンが縮小したり、消滅したりしないか?」
「確かに魔素はファンタシーゾーンの大きさに影響しますが、
そもそも魔石は余剰魔素によって生成されるものですから、ほとんど影響はないと思います」
魔石から魔素を抽出しまくったとしても、ファンタシーゾーンを消滅させることは出来ない。
これが分かれば今は十分であろう。
残りのプリンを全てプルフェに与えた後、俺は地下室を出てファンタシーゾーンへと向かった。
目的はレベル上げである。




