6 智朗、プルフェの手に触れる。そして徹夜で意識が朦朧とする。
物置の地下にて、浮遊について聞こうとしたところ、プルフェは抵抗の姿勢を見せた。
「智朗、もう脅しには屈しませんよ。本当は私を拷問する気なんてないんでしょう?」
「そんなことはないが。何故そう思うんだ?」
「前だって、彫刻刀の説明をしただけで、何もしなかったじゃないですか」
「それはお前が説明だけですぐに降参したからじゃないか」
「うるさいですね。とにかく、もう智朗の脅しには屈しません」
ツンと顔をそむけるプルフェ。
俺はおもむろにリュックから彫刻刀を取り出した。
「……!」
その音に反応し、怯えた様子のプルフェに近づく。
「だ、出したんですか? 彫刻刀を……」
「そうだ」
「ヒッ!?」
俺との距離が思いのほか近かったことに驚いたらしく、小さく悲鳴を上げるプルフェ。
「前に説明したからわかるよな? これは固いものを削って芸術作品を作るためのものだ」
「ふう、ふう……」
気を落ち着かせたいのか、息の荒いプルフェ。
「人の体で固い部分と言えば……」
プルフェの白く綺麗な手に触れる。
「爪だ」
「ひゃあっ!?」
触れた途端、プルフェの体が大きく跳ねた。
「何を……、する気、ですか……?」
プルフェの声が震えている。
「そうだなあ、カタカナが良いかな?」
「な、何がですか……?」
「爪にお前の名前を掘ってやろう。ふむ、「プ」の小さい丸に苦労しそうだな。
ああそうだ、途中で治っちゃったら最初からだからな」
プルフェは話した。
プルフェの話では、魔物化した人はその魔物の特性を得ることがあるという。スキルではなく特性。だから選択式ではなく、自動的に得てしまう。
浮遊については、特に何か消費して浮遊しているわけでは無いため、エネルギー切れで落下するということは無いそうだ。ますます何を浮力にしているのか謎である。どういう理屈で浮いているのか聞いてみた所、「そういうものなのです」とのことであった。
魔物化することでその魔物の特性を得られる。これは注意すべき情報である。
この町には既に、魔物化した人が無数にいる。その人達が何かしら特性を得て、それが世間に知られた場合、魔物化が特殊な力を得るための手段として用いられる可能性がある。
魔物化した人達を今すぐ始末するべきだろうか?
いや、それで『魔物化した人達が次々と謎の失踪を遂げる』みたいなニュースになったりしたら悠が不安がる。
魔物化による特性取得の抑制は諦めるしかなさそうだ。
***
今夜もフラウドを探すため、ダサい服を着てファンタシーゾーン近くに来た。
「ん?」
全身がザワザワした。いつもより早い。ファンタシーゾーンの壁が前より外側に移動したようだ。
ファンタシーゾーンは内部の魔物が増えると拡大していく。内部の魔物が増えたのだろう。
ファンタシーゾーンの拡大に、山道を見張っていた人達は騒いだろう。
ネットニュースを確認すべきだろうか。
……面倒だからいいや。
魔物の数を減らしがてら、今日は少し中心に近いところまで行ってみようと思う。
襲い来る魔物達を蹴散らしながら山の中を進む。
すると突然体がゾワゾワし始めた。これがファンタシーゾーン内の二つ目の壁だろう。
ゾワゾワが治まった。二つ目の壁を抜けたのだ。俺の現在レベルは二つ目の壁の制限レベルを越えていたようだ。
「さて、何が出るかな?」
ここにはこれまでより強い魔物が居るはずだ。
魔物有利な環境による息苦しさもあるため、相手が強そうだったらすぐ逃げるつもりである。
警戒しながら進むと、大きな石がいくつも転がる場所に出た。
「よっと」
石の内の一つに飛び乗る。そして周りを見回すも、魔物の姿は見えない。
その時、地面が揺れた。
「地震?」
いや、揺れているのは俺の乗った石だけのようだ。
「ゴアアア!」
石の下から首が伸びてきた。これは亀の頭だ。
先端に鋭い突起のある大きな口。前足の大きな爪。この凶暴そうな顔は間違いない。カミツキガメだ。
頭に生えた角により、ただでさえ凶悪な顔がさらに凶悪な顔になっている。
「ゴアアア!」「ゴアア!」「ゴアアア!」
周りにある大きな石からも首が伸びる。
どうやら俺は、カミツキガメのような魔物……、呼び方が煩わしいので次から頭に角を付けて、角○○と呼ぶことにする。
その角カミツキガメの巣に立ち入ってしまったようである。
「うおおお!?」
驚いてバランスを崩した俺は角カミツキガメの背中から落ちてしまった。
「ゴア!」
角カミツキガメの容赦ない噛みつきが襲い来る。
「ぎゃー」
***
「う……、うっぷ」
もう空が明るんでいる。夜の間戦い続けてしまったようだ。疲労で吐き気がする。
俺の周りには大きな角カミツキガメの死体がいくつも転がっている。何とか勝てたが、角カミツキガメとの戦いは非常に困難であった。
攻撃力が足りていなかったのか、バール+5でいくら殴っても角カミツキガメは倒れなかった。仕方が無いので付与スキルでバール+5に毒の効果を付与して戦った。幸い角カミツキガメに毒耐性は無かったようで、毒状態にした後逃げ回っていたら角カミツキガメ達は一匹、また一匹と死んでいった。逃げ回っている間、角カミツキガメ達の前足の爪攻撃や噛みつきにより何度も死にかけた。回復スキルが無かったら死んでいたのは俺の方だったろう。
無理して倒す必要などなかったのだから逃げればよかったのに、いけそうだったので粘ってしまった。
粘り強さには定評のある俺である。粘大だけに。今は反省している。
「うー……」
眠くて意識が朦朧とする。そういえば最近、ほとんど寝ていない気がする。
睡眠を取りたいが、そろそろ悠が起きる時間である。
俺が家に居ないことに悠が気づいたら大変なのですぐに帰らなくてはならない。
「ううう……」
フラつきながらもなんとか家に帰った。
***
「兄さん、調子悪いの?」
朝ご飯を食べながら”可愛い”が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。可愛い。
「大丈夫だ」
「今日は仕事探し休んだら?」
悠に休むように勧められた。
何を隠そう俺は今失業中であり、毎日ハローワーク的なところに行っていることになっている(ここ暫くは行っていない)。
悠が俺の身を心配してくれるのは嬉しいが、休むわけにはいかない。
悠が平穏な学校生活を送るのに障害となりそうな要素は大分消したと思うのだが、まだ完璧とは言えないのだ。
「いや、今日も一緒に出る。学校までの道に変な奴が居たら大変だからな」
「無理しなくても」
「いいからいいから」
悠を押し切り、悠の友人二人と一緒に学校へ向かった。
***
「ううむ……、むむ……」
暖かな日差しが眠気を誘う。今なら立ったまま眠れそうである。
「あの、大丈夫ですか?」
悠の友人にも心配されてしまった。
「兄さん、やっぱり家に帰って寝て」
「大丈夫だって」
「駄目」
”可愛い”が怖い目で俺を見てくる。久しぶりにこの目を見た気がする。
「わかったよ。今日は仕事探しせずに休むから、学校までは付き添わせてくれ」
「……」
”可愛い”が口をへの字に曲げている。可愛い。
悠は納得していないようだが、拒否されなかったのでそのまま学校へ向かって歩く。
もう少しで学校という所で、朦朧とした意識の中、遠くで悲鳴のような声が上がったのに俺は気づいた。
「んあ?」
「兄さん、どうかしたの?」
悲鳴が多くなり、小さな地鳴りのようなものも聞こえてくる。
まだ距離はあるが、ファンタシーゾーンがある方向から飛び跳ねながらやってくるそれの姿を俺の目が捉えた。
大きな口、大きな目、太い体、ジャンプするのに適した形の足。
頭に角はあるが間違いない。それは巨大なウシガエルであった。
何体もの角ウシガエルが飛び跳ね、舌を伸ばして色んなものを口に運んでいる。
「こんな時に……」
朦朧とする意識を覚醒させようと自分の顔を手ではたいた。
二度目のフェスティバロが発生したのである。




