第008話:スキルチェック
DODでは、洞窟型ダンジョンの他に「塔型」「天空城型」「海底型」「森林型」など様々なダンジョンが存在する。そのためプレイヤーは、それぞれのダンジョンに合わせた装備が必要となる。たとえば天空城型では空中戦が多いため、プレイヤーは「飛翔」の魔法を使い続けることになる。MPの消費が激しいため、特に肉弾戦に特化したプレイヤーなどは、「飛翔効果」が付与された装備となる。
このように、ダンジョンに合わせて装備を変えていく必要があるため、鍛冶などの生産職についたプレイヤーは極めて重要な存在となっていた。PKを積極的に行う「混沌側」でさえ、生産職プレイヤーだけはPKの対象から外していたと言われている。
「森林クエストとなると、装備の変更が必要だな。たしか「尊き四柱の熾天使」の羽根と「神皇蟲」の糸で作った服があったはずだが……」
ヴァイスは出発前に、宿の部屋で装備を確認していた。たかがオークにオーバーキルのような気もするが、レベル999のオークがいる可能性だってあるのだ。
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装備名:暁に輝く聖衣服
種類:服
装備Lv:999
装備ランク:赤
物理防御力:+650
魔法防御力:+725
効果:速度上昇(極大)
物理防御力上昇(大)
魔法防御力上昇(大)
状態異常耐性(極大)
製作者:Conrad Solingen
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「見た目は冒険者っぽい服だから、コレで良いか。後は武器だな。森の中となると短剣だが、風神雷神刀は両手が塞がれるからなぁ。いっそ素手でボコるか? でもオークだしなぁ……」
悩んだ挙げ句、ようやく装備が決まる。
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装備名:如意棒
種類:棒
装備Lv:999
装備ランク:橙
攻撃力:+360
効果:力上昇(大)
速度上昇(大)
状態異常耐性(大)
形状変化
製作者:Conrad Solingen
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半世紀以上も昔に人気だったアニメに刺激されて自作した「遊び武器」である。DODでは使ったことなど殆ど無い。形状変化の効果を付けようと無理をしたら、赤ランクにならなかったという「失敗作」である。
「仮に、上位三〇名並のオークが出たら、逃げるしか無いな。まぁそんなオークがいたら、とっくに公国は滅んでるか」
装備が固まり、ヴァイスは宿を出た。
「伸びろ、如意棒!」
構えた棒が伸び、オークの額に突き刺さる。その瞬間、顔全体が弾けた。
「あ……」
元の長さに戻った棒を眺めて溜息をつく。魔眼を掛けて、目の前に群れをなしながら、小刻みに震えているオークを観る。
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Name:オーク
Level:52
種族:戦鬼族
最大HP:8920
最大MP:130
状態異常:恐慌
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「こりゃ完全にオーバーキルだったなぁ。可哀想に、怯えてるじゃないか。ま、いっか。この際だし、色々とスキルを試させてもらおう」
頭で念じて、スキルの入れ替えを行う。万一の為に「上位物理攻撃無効化」と「魔力無効化空間」は外さない。まずは格闘家レベル99で取得できるスキルを試す。
「百歩波動拳!」
腰を落とし、両手首を合わせて掌底を突き出すと、青白い塊が高速で打ち出され。オークの腹を一撃でぶち抜いた。ズウンと倒れるオークを見ながら、ヴァイスは苦笑していた。
「……うん。スキだらけでとてもPvPじゃ使えねーよ。じゃ、次ね」
剣豪レベル99で取得できるアクティブスキルを試す。如意棒を竹刀のように上段に構える。
「活人新陰流最終秘奥義『転』!」
そう言って、如意棒を振り下ろす。その瞬間、ヴァイスの姿がブレる。目の前の全てのオークの背後にヴァイスの分身が出現し、如意棒の一撃を加える。ほんの一瞬で、視界のオークは全滅した。
「……コレ、技名を正確に言わないと発動しないんだよな。しかも半径十メートル以内でないとダメだし。まぁ格好いいから良いんだけど」
まだ何頭かのオークが残っている。ヴァイスは如意棒を地面に突き刺した。このレベル差なら何の問題もない。「魔法」を体験するためにDODの全プレイヤーが使える「詠唱しなければ発動しない魔法」も試そうと思った。
「ディーン・リン・フォーラル! 炎の精霊よ、古の盟約により命ずる。炎の槍となりて、闇より来たりし邪を焼き尽くせ! ファイア・ショット!」
五十センチほどの火の玉が射出され、オークの顔面に命中する。
「ラクリール・フィル・スリーン! 水の精霊よ、悠久より続きし理を以て、我が呼びかけに応えよ。水の刃に依りて、我が敵を切り裂け! ウォーター・スラッシュ!」
一メートル程の透明な刃が、オークを切り裂く。ヴァイスはご機嫌であった。
「無詠唱ばかりだったから新鮮だ。やっぱ魔法って格好いい詠唱が必要だよね」
その後もヴァイスは「ストーン・バレット」だの「ウィンドウ・カッター」だの、DODでは殆ど使い道のない(というより誰も使いたがらない)基礎魔法を喜々として繰り出したのであった。
街道沿いに棲みついたオークの討伐という依頼を半日で終えたヴァイスは、徒歩でリューンベルクに戻った。冒険者の多くは馬を使って移動しているが、ヴァイスには馬術のスキルが無い。DODでは殆どの場合「飛翔」を使って移動していたが、この世界で目立つことを恐れ、日が昇っている間は使わないようにしていた。日が沈み、夜になった頃にリューンベルクに戻る。ギルドは既に閉まっていた。ヴァイスはいつものように、宿に戻ると装備を解除した。
「ヴァイスの旦那、もうお戻りですかい? 相変わらず早いねぇ」
馴染みの酒場で、常連たちが声を掛けてくる。この街に来てから一月が経過していた。ゴールドランクになったヴァイスには、パーティーへの誘いが幾つも来ていたが、それらは全て断っている。DODの頃から、単独プレイにこだわっていた。徒党を組んでPKKを行っていた「某パーティー」の戦いぶりを見た時、ただの集団リンチにしか見えなかったからだ。その時から、たとえ相手が複数のPK《Killer》者であっても、自分は単独で戦うと決めていた。単独プレイヤーは他にもいたため、ダンジョン攻略などでは即席のパーティーを組んで戦う。攻略が終わったら別れる。そうした遊び方を十年近くやってきた。顔を合わせれば挨拶程度はするが、ツルムことはない。
カウンターに座って、エール麦酒を頼む。炒った木の実、ニンニクとバターを掛けたパンが出される。この酒場で唯一「食える」料理だ。隣に気配が出現した。ギルドマスターのアウグスト・ディールであった。あの試合後、アウグストは自分に丁寧に詫てきた。元々が一本気な男なのである。自分が間違っていたと認めたら、素直に謝ることができる男であった。それ以来、ヴァイスとアウグストは、たまに酒を飲む間になった。
「本来なら数日は掛かるはずのオーク討伐が僅か数時間か。相変わらず非常識な強さだな」
「あまり目立たないようにはしているつもりだ。迷宮にも潜っていない。俺は別に、ランクにはこだわっていない。ゴールドで十分だ」
「この一月で山賊討伐が二件、魔物討伐が三件か。トマスから、さっさとプラチナに上げろと催促されている。ヴァイスを臨時のリーダーにして、一緒に迷宮に潜りたいそうだ。まぁ実績としては十分だが……」
「もう少しゴールドのままでいさせてくれ。討伐依頼なら断るつもりはない」
「そうは言ってもな。俺自身、ヴァイスには迷宮に入ってもらいたいと思っているんだ」
アウグストはギルドマスターの顔をしながら、ヴァイスに語りかけた。
「知っての通り、この帝国には確認されているだけでも二十以上の迷宮がある。迷宮を管理することは国や貴族の責任であり、各街のギルドマスターの責任でもある。リーデンシュタイン公国は、自治が認められているとはいえ帝国の一部だ。問題のある迷宮は討伐しなければならない。帝国北方の中心地ウィンターデンに拠点を構えている『六色聖剣』が、また迷宮を討伐したそうだ。帝都でも迷宮討伐が進んでいる。リーデンシュタイン公国は何をしているのか、と言われかねん」
「なるほど。たしかリューンベルクの南西に三日ほど行った谷間に、迷宮があったな」
「東にもある。領外近くと少し遠いが、公国領内の迷宮であることに違いはない。俺としては、この『東の迷宮』を討伐してもらいたい」
「その理由は?」
「東の迷宮は、ここからでは馬でも数日掛かる。通常の冒険者パーティーでは準備などに手間が掛かるし、何より周囲には集落も何もない。万一、重傷を負ったとしても手当ができないのだ」
「街から遠いということは、食料などを予め買い置きしておく必要もあり、素材などを集めて売りに行くことも一苦労…… だから事実上、放置されているってわけか」
「そうだ。あの迷宮は冒険者には人気がない。だが人気がないからと放っておけば、周辺は魔物だらけになってしまう。現在は迷宮から溢れ出た魔物を討伐する程度でお茶を濁しているが、対処療法に過ぎん。根本を断ち切らなければならないのだ」
ヴァイスはエールを飲み干し、杯を置いた。
「解った。俺がその迷宮を討伐してやる。だが対外的には、俺一人でやったとはしないでくれ。そうだな。『夜明けの団』との協働ってことで頼む」
「トマスは嫌がるだろうが、説得するしか無いな。だが、なぜそこまでランクの上昇を嫌がるのだ?お前の強さは、俺自身も認めているのだが?」
ヴァイスは肩を竦めた。
「政治のゴタゴタは嫌いだ。ここは現実だからな」
強大な力は、為政者を恐れさせる。それを取り込もうとする他の勢力たちも蠢動する。DODにおいても、ヴァイスは暗殺対象の筆頭に挙がっていた。色仕掛けを仕掛けてきたプレイヤーさえ存在したのである。ましてこの世界では自分は完全な異質者である。どんな排除運動があるかもしれない。そうした政治に巻き込まれるのは御免であった。
北方の都「ウィンターデン」は針葉樹の森と水の溢れる美しい景勝地である。エルフ族の森「ルーン=メイル」にも近く、薬草類が豊富だ。北からは毛皮や希少鉱石なども運ばれてくる。冬になれば寒さも厳しくなるが、四季折々の恵みがあり、人々は質素ながらも幸福に暮らしている。この街に拠点を構え、周辺の魔物や迷宮を次々と討伐しているのが、帝国最強の冒険者パーティー「六色聖剣」である。
六色聖剣の名は、全六名のメンバーたちの「髪の色」から来ている。
ハーフ・エルフのリーダー「レイナ・ブレーヘン」の金髪
ハーフ・ヴァリエルフの副リーダー「グラディス・ワーゲンハイム」の銀髪
魔族の血が混じっている魔導士「アリシア・ワイズバーン」の赤髪
上位エルフ族の大弓師「エレオノーラ・セシル」の緑髪
精霊魔法と錬金術を駆使する「ミレーユ・カッフェン」の青髪
聖フェミリア大教会の元聖女「ルナ=エクレア」の黒髪
六色聖剣は、ウィンターデンの誰しもが敬愛する最強の冒険者パーティーであり、その名は他国にも知れ渡っていた。何より、リーダーのレイナをはじめ全員が見惚れるほどに美しいのも一つの特徴であった。帝国の貴族たちがこぞって嫡男の婚姻話を持ちかけているが、メンバー全員が無視していた。
ウィンターデンの郊外に広い屋敷を構え、夫を亡くして働き口を探している未亡人や、閉経して蓄えで暮らしている少し老いた女性など三人をメイドとして雇い、六名で共同生活をしている。迷宮や山賊の討伐、希少素材の売却などで得た金貨は一万枚を超えている。
「そういえば、ギルマスから聞いたけど南に逃げた盗賊…… えーと、ガルドって奴が討伐されたそうよ?」
大広間では、六名が思い思いの姿勢で寛いでいた。五ヶ所目の迷宮を討伐し、一週間程度の休みを入れている。アリシアが、艶めかしい生足を組み、自分の爪を研ぎながら話題を提供した。優雅な姿勢で香草茶を飲むエレオノーラが頷いた。
「そうですか。南というとリーデンシュタイン公国ですね。五十人以上はいたと思いますが?」
「我らが慈悲深き主よ。罪深き哀れなる者たちに、その輝かしき慈悲の翼を向け給え。この祈りを持って彼らの罪を浄化し、新たなる転生へと導き給え……」
エレオノーラに向かい合って座り、聖フェミリア大教会の教典を読んでいたルナ=エクレアが祈りの言葉を唱えた。床に寝転がって本を読んでいるミレーユ・カッフェンが無表情のまま小さく呟く。
「無理。彼らの行き先は深い闇。何万回も焼き尽くされ、次に生まれ変わるのは蚊か蝿だと思う」
「リーデンシュタイン公国というと、確か『夜明けの団』というパーティーが活動しているな。ミスリル級と聞いているが、彼らが討伐したのか…… レイナはどう思う?」
剣を手入れしながら、グラディス・ワーゲンハイムがリーダーに尋ねた。
「どうかしら? ガルドという山賊は数だけは多かったわよね? 私達ならともかく、ミスリル級のパーティー一つで討伐できるかしら? 何組かで合同で討伐に当たったのだと思うわ。それとミレーユ、エクレアの祈りに茶々を入れちゃダメよ?」
金髪の美女が苦笑いをしながら青髪の少女に注意する。少女は本を読みながら「ん」と返事をした。全員が反応したので、アリシアは嬉しそうに話を続けた。
「実は、この話には続きがあるのよ。これは極秘情報だけど、ガルドの一味を討伐したのは、たった一人の冒険者だったそうよ?」
「有り得ない。レイナやグッディのような化け物でもない限り、五十名を一人で屠れるはずがない。もし事実なら、ソイツは人外の存在……」
「……ミレーユ、軽ーく私達をディスってないか? んん?」
グラディスが寝転がる少女の背中を踏みつける。「キュゥゥ」という少女の声を無視して、レイナが考えるように呟いた。
「そういえば、ちょうどその頃、リューンベルクのギルドに新規登録の冒険者がいたわね。偶然かしら?まぁそれよりも…… アリシア、その極秘情報をどうして貴女が知っているのかしら?」
「えっ…… いや……」
「まさか、また男共を色仕掛けして聞き出したんじゃないでしょうね? 貴女に弄ばれて泣いた男が何人いると思っているの?」
「いやいや、ちゃんと一線は護ってるわよ? ちょっと一緒に、酒飲んだだけよ」
「……まぁ、そういうことにしておくわ。程々にね?」
銀髪の美女が、青髪の美少女を折檻している。その様子を周囲の美女たちが笑って見守る。六色聖剣の平穏な日々は、もう暫く続くのであった。