第007話:ギルド長とのPvP
【小解説】Dead or Dungeon
2056年にサービスが開始されたVRMMO-RPG「Dead or Dungeon(DOD)」は、サービス開始時点では他のVRMMOと同じく、法に準拠したごく普通のゲームと認識されていた。だが、サービス開始から僅か一週間で、DODの名前はネット上に知れ渡った。街中に「娼館」があり、実際に使えるという話が飛び交ったのだ。それと同時に、VR規制である「連続四時間以上のログイン」「性的刺激に対する遮断機能」などをクラックするクラックツールが出回り、女性キャラクターへの「集団輪姦」などが発生した。正にDODは「死かダンジョンか」というゲームになったのである。
「襲われたくなければ強くなれば良い。強さを求めるならばダンジョンに潜れ」
これはサービス開始時からDODの「ログインの間」に掲げられている文章である。この言葉は現実であった。仮想現実世界では「何をしても」、実際の相手を傷つけることはない。法の規制の外にあるのである。DODはサービス開始から半年で無法地帯となった。もちろん、一般的なユーザーはこうした事態を運営に報告、あるいは他サイトへの書き込みなどをして改善を求めた。だがDODの運営は、むしろそうした無法地帯を好ましいと考えているかのように、人間の欲望を刺激するような様々な機能をアップデートし続けた。その結果、良心的プレイヤーは激減し、中には精神的な傷を負う者まで出た。やがて、この危険なゲームをマスメディアも取り上げるようになり、サービス開始から一年後に、各国はDODを規制する動きに出た。
ゲーム内でも、こうした無法状態を憂慮するプレイヤーたちが存在した。彼らはギルドを組織してPlayer Killer's Killingを行うなど、ゲーム内に一定の秩序を作ろうとした。秩序を求めるプレイヤーと、無法状態を歓迎するプレイヤーとの間で激しい戦いが続き、それは弱いプレイヤーほど犠牲になった。このプレイヤー間の戦争は数年に渡って続いたが、無法者たちは徐々に駆逐され、やがてゲーム内にも秩序が生まれ始めた。異常なほどにPKKにこだわり、その数は延べ一万回以上とも噂された一人のプレイヤーがいたのである。無法者からは「ムカつく捨て台詞を吐く偽善者」と嫌われ、PKの被害者からは「助けてくれる正義の人」と好かれたそのプレイヤーは、やがて「Grand Brave」と呼ばれるようになった。
目の前に置かれた首に、アウグストは言葉を失っていた。腕を組んで壁にもたれ掛かりながら、トマスが口を出した。
「言っておくが、山賊は間違いなく全滅してたぞ。俺の仲間が直々に確認したんだ。一面が血の海で、死体も凄えことになっていたそうだがな。アレを見て、アイツはゲロっちまったんだよ」
「そうか。それは悪いことをしたな。燃やしておいたほうが良かったか?」
「いや、そんだけ激しい闘いだったってことだろ? 女でも抱いて一晩寝れば、大丈夫さ。というわけで、ヴァイスが一人で討伐したことは俺ら『夜明けの団』が保証する」
アウグストは手配書と目の前の首を何度も見返し、トマスに再確認した。
「間違いないんだな? 間違いなく、一人で討伐したんだな?」
アウグストの再確認に、トマスは眉間を険しくした。公国最高の冒険者も、ギルドマスターの椅子に座るうちに勘が鈍ったか? 目の前の男がどれほどヤバイ存在か気づかないのか? 鎧や剣を見てみろ。目利きじゃなくとも、尋常ではないことくらいすぐに判る。何より、背中から出ている気配が普通じゃない。想像を絶するような修羅場を潜り、絶望的な死線を超えてきたのだろう。それが判らないのか? 苛ついて思わず舌打ちしてしまった。
「……旦那、俺らはこのリューンベルクでも名の通った冒険者だと自負している。陽気に気楽に前向きに、粗にして野だが卑に非ず。これが俺ら『夜明けの団』のモットーだ。その俺らの証言を信じねぇってのか?」
「いや、スマン。そういう訳ではないんだ。だがあの規模の山賊を一人で討伐するなど、どうも私の常識が認めないようでね」
「だったら、ヴァイスとサシで試合ってみればいい。ギルドマスターとして冒険者のレベルを直に感じるのは大事だろ?」
「………」
「私としては、報酬と懸賞金を頂けるのであれば、それ以上は何も申し上げるつもりはありませんが?」
ヴァイスの言葉に、アウグストのコメカミに血管が走った。公国最強と呼ばれている自分とポッと出の冒険者の試合など、本来ならば有り得ない。だがヴァイスはそんなことには全く興味が無いようであった。「勝って当然」という傲然とした態度に見えた。
「良いだろう。ヴァイスハイト殿、私と試合をしていただきたい」
「まぁ構いませんが、もし私が勝ったら純金級に昇格でしょうかね?」
「私に勝てたならばな」
ヴァイスは肩を竦めて立ち上がった。アウグストは怒りの表情を浮かべ、ギルドの裏にある訓練場に向かった。トマスは嬉しそうに、手を擦った。
「得物は木刀、魔法の使用も認める。だが相手の殺傷は禁ずる。これは試合だからな」
「木刀ですか。良いでしょう。了解しました。あぁ、ちょっとだけ装備させてもらっていいですかね?」
ヴァイスはそう告げ、魔眼を装着した。
========================
Name:アウグスト・ディール
Level:102
Job:戦士
最大HP:5875
最大MP:344
状態異常:無
========================
(お、戦士か。つまり剣士と拳士がそれぞれ最低でもLv50以上ってことだな。この程度では俺にはかすり傷も付けられないが、久々に技術戦をやってみるか)
「なんだ? その装備は? 何か特別なものなのか?」
「いえいえ、まぁ御守のようなものです」
アウグストの疑問をはぐらかした。御守という意味で嘘ではない。PvPにおいて、相手の情報を出来るだけ調べるのは基本中の基本だ。自らを守るための道具である以上、御守と言えるだろう。魔眼を外して、ヴァイスは木刀を手に取った。五歩程度離れた場所で両者が向かい合う。トマスが手を挙げた。他にも、何人かの暇な冒険者が見ている。
「では、始めっ!」
手が振り下ろされた瞬間、アウグストが動いた。喉元に素早く、突きを入れようとする。だがヴァイスは僅かに動いてそれを躱し、アウグストの胴を薙いだ。ほんの一瞬のことで、トマスですら僅かに見えた程度である。ヴァイスとアウグストの位置が入れ替わる。ヴァイスは木刀を肩に置いた。
「どうします? 続けますか?」
相当に手加減をしている。実際には撫でた程度であった。だがそれが、アウグストには気に入らなかった。
「まだまだぁ!」
歯ぎしりをして打ち掛かる。虚と実を織り交ぜながら、懸命に打ち込もうとするが、それらは全て、ヴァイスの洗練された技の前に打ち返された。実際には、ヴァイスから見ればアウグストの剣技は優れたものであった。だが圧倒的に力と速度が違っていた。ヴァイスが本気になれば、アウグストの一振りの間に数回は致命的な打撃を与えることができるだろう。汗を滴らせるアウグストに対し、ヴァイスは涼しい顔のまま立っていた。見守っている他の冒険者たちがヒソヒソと話している。目の前の光景が証明していた。シルバーランクの新人冒険者ヴァイスハイト・シュヴァイツァーは、プラチナ級冒険者のアウグスト・ディールを遥かに超える強さを持っていた。
アウグストは認めたくなかった。強い冒険者に憧れ、己を鍛え続け、ようやく今の地位に就いたのである。薬草採取の仕事から徐々に実績を積み、少ない報酬に耐えながら、ランクを上げてきた。どんなに辛くても、朝晩と木刀を振り、己を鍛えてきた。危険な迷宮に潜っては素材を集め、傷を負った仲間を励ましながら担いで戻ったりもした。そうした過酷な日々の果てに、今の自分がいるのである。そんな自分を簡単に飛び越えていく存在を認めたくはなかった。
肩で息をし、フラフラになりながらも、それでも打ち掛かってくる目の前の男に、ヴァイスは戸惑いを覚えていた。「私の努力が……」という呟きが聞こえてきた。それを言うなら、自分だって努力をしている。休日平日問わず、DODに相当な時間を掛けてきた。少ない給料をやりくりして課金資金を捻出し、惜しげもなくガチャに費やした。レアドロップを求めて、同じ魔物を何千回も討伐した。プレイヤースキルを磨くために、リアルでも格闘技や剣術を学んだ。DODのために費やした時間は、この十年で三万時間を超えるだろう。それ程に努力と時間を費やしてたどり着いたのが「Grand Brave」の称号なのだ。だがそれを誇ったりはしない。「努力の量」を自慢するプレイヤーほど格好悪いものは無いからだ。
「下らんな。強くなるために努力するなど、当然のことではないか。自信を持つことは良い。だが努力を誇りにするなど愚かしいこと!」
ヴァイスが一歩を踏み出した時、アウグストは凄まじい威圧を感じた。まるで巨人が出現したかのようであった。次の瞬間、自分を目掛けて木刀が振り下ろされてきた。いや、気づいたときには振り下ろされた木刀が目の前で止まっていた。相手の動きが全く見えなかった。アウグストは呆然としたまま、木刀を手放した。
「それまでっ!」
トマスの声が遠くに聞こえた。
アウグスト・ディールとの試合後、ヴァイス純金級へと昇格した。それから数回、討伐系の依頼をこなしている。
(そろそろ、ダンジョンに行ってみるか)
その日も、そんなことを考えながらギルドに顔を出した。
「オーク討伐?」
「はい、西の街道沿いの森に、オークの群れが見つかりました。まだ被害は出ていませんが、街道は行商隊の行き来も多く、早急な討伐が必要です。ヴァイスさんなら、早く終わるだろうと思いまして」
「構いませんが、いつもどおり素材回収は諦めていただきたいのですが?」
「大丈夫ですよ。依頼は『討伐』ですから。それに、ヴァイスさんの後を追って、若い冒険者たちが素材回収してますし」
DODとは違い、現実世界では魔物から素材を得るためには解体しなければならない。無論、そんな知識などあろうはずもなく、ヴァイスは倒した魔物はすべて棄てていた。それを狙って、青銅や純鉄級の若い冒険者が集まってくる。
(まぁゲーム内でも、不要な素材は配っていたし、気にすることもないか……)
「では、依頼を引き受けましょう。今夜移動し、明日の夕方には戻ります」
有り得ない程の速さだが、目の前の冒険者なら可能なのである。ギルド嬢は半ば呆れながら、書類に既決のサインをした。