第006話:初クエスト
【小解説】VRMMOにおけるスキルの有用性について
二十一世紀初頭のMMO-RPGでは、プレイヤーはキーボードやマウスでスキルを選択すると、後は自動で発動して敵を攻撃するというのが一般的であった。戦闘そのものがターン制であり、プレイヤーは自分のターンになればボタンを押し、スキルが発動したら「必ず敵に命中する」のが原則であった。
だがVRMMOにおいては、この戦い方は全く通用しない。そもそも戦闘がターン制ではなく、むしろFPSに近いと言えるだろう。相手の動きとリキャストタイムを計算しながら、感覚でスキルを発動させるのである。そのためプレイヤー自身のキャラクター操作能力が最も勝敗を左右した。非常に解りやすく言えば、現実世界で喧嘩が強いプレイヤーは、VR世界でも強いということである。
DODを含めたVRMMOでは、ダンジョンに出現する魔物などのNPCとの戦いと、プレイヤー同士の戦いとでは全く性質が異なる。NPCに対して有効なスキルが、PvPでは全く役に立たないというケースが数多くある。例えばデバフ系スキルの『混沌の鏡世界』を受けたプレイヤーは、一定時間、左右が逆転する。右腕を動かそうとしたら、キャラクターは左腕が動くのだ。だがそれを理解していれば左右逆転世界でも戦うことは全く不可能ではない。
スキル枠は、課金しない限り最大「五つ」までである。上位プレイヤーの中には、意図的にデバフスキルを受けてその中で戦う練習をすることで、対デバフスキルに頼らない戦い方を習得しようとする者もいたのである。
頭を潰された盗賊が地面に倒れる。ヴァイスは、木刀の血糊を見た。DODの中では「PKK」は数多くやってきた。子供の頃に勇者や英雄という言葉に憧れていたため、DODでも迷うこと無く勇者を選択した。だが名ばかりの勇者は嫌であった。やはり行動で示したかった。それが積極的なPKKである。仕返しとして五人掛かりで襲われたこともあったが、そうした仕返しはすべて返り討ちにした。
VRMMOの最大の特徴は、ステータスが絶対では無いことである。見た目の戦闘力よりも、プレイヤー自身の操作能力がモノを言う。リアル世界の喧嘩の強さが、VRでも反映されるのである。そのためDODのヘビープレイヤーは、リアルにおいて格闘技術や剣術を学ぶ者が多かった。こと対人戦闘においては、Lv999の素人よりLv800の玄人の方が強いのがDODである。
大声を聞きつけ、何人かが洞窟から出てきた。木の棒を持ち、奇妙な装備を顔し手に入るヴァイスの姿を見て凄む。
「なんだテメェ!」
「俺の名はヴァイスハイト・シュヴァイツァー。確認するがお前たちは北から流れてきた山賊で間違いないな?」
「おいっ! カシラ、呼んでこいっ!」
一人が中に駆け込んでいく。ヴァイスは木刀を捨てると、剣を抜いた。四人の山賊が洞窟から出てきて、ヴァイスを取り囲む。
「全員が山賊か。だがレベルが低いな。せいぜいがレベル60~70…… 弱すぎる」
「やっちまえっ!」
短剣や長剣などそれぞれの武器が、四方から一斉に斬りかかる。だが武器はいずれも、ヴァイスに届かなかった。その前にヴァイスが剣を一閃させたからだ。「Grand Brave」になる前から使っている、ゲーム中最強クラスの装備である。
========================
装備名:伝説勇者の剣
種類:片手剣
装備Lv:999
装備ランク:赤
攻撃力:+555
効果:力上昇(極大)
速度上昇(大)
状態異常耐性(大)
MP自動回復(中)
製作者:Conrad Solingen
========================
両手剣ならばより攻撃力が高まるが、PvPが多いヴァイスは、片手剣のほうが使い勝手が良かった。DODでは魔法は掌からしか発動しない。両手が塞がれば、魔法が使えなくなるからである。殆ど同時に、四人の首は刎ねられた。スキルは使用していない。単純な攻撃だけである。
「やれやれ、これでは弱い者イジメをしていたDODのキラーたちと同じになってしまうな。いや、コイツらは山賊だ。そこまで気にすることもないか……」
洞窟からガヤガヤと人が出てきた。どうやら山賊たち全員が集まってきたようである。ヴァイスは確認するように、手配書の名を呼んだ。
「この中に、ガルドという男はいるか?」
「あぁ? 俺だ。テメェ、賞金稼ぎか? よくも手下をヤッてくれたなぁ…… 細切れにして豚の餌にしてやるぜ!」
ガルドらしき男を見ると、ステータスが表示される。
========================
Name:ガルド
Level:138
Job:Bandit
最大HP:7910
最大MP:271
状態異常:無
========================
「ほう。見たことがないJobだな。『Bandit』か……」
ガルドの指示で、五十人以上の山賊がヴァイスを取り囲んだ。取り囲んでいる男たちを一様に見るが、どうやら農夫や商人といったJobの者はいないようだ。つまり全員がPKKの対象である。数に安心しているのか、山賊たちは笑みを浮かべていた。
「ガルド、お前に聞いておきたい。素直に投降して、法の裁きを受けるつもりはないか?」
「投降だぁ? ハーハッハッハッ! コイツは面白ぇ冗談だ!」
その場の全員が爆笑していた。ヴァイスは魔眼を外すと懐にしまった。
「真面目に働く者たちを襲い、婦女を拉致して暴行し、あまつさえ罪のない者を殺す。自分の行いを悪だと感じないか?」
「悪? 感じねぇなぁ? 俺達は好きなように生きてんだ! 野郎ども、コイツを殺しちまえっ!」
山賊たち全員が、一斉に斬りかかってきた。ヴァイスは落ち着いたまま、小さくつぶやいた。
「そうか。悪と感じないか。ならば覚悟はできているな?」
剣や斧が振り下ろされる。だがヴァイスには届かなかった。皮膚の直前で、まるで壁にぶつかるかのように、剣が止まってしまったのだ。
「な、なんだコイツ…… 斬れねぇ!」
男たちは突き刺そうとしたり殴ろうとしたりするが、これも同じ様に届かなかい。ヴァイスは溜息をついて、剣を一閃した。周囲の山賊が血を拭き上げて倒れた。
「上位物理攻撃無効化…… スキル枠にこれを入れたのは久々だ。低レベルの魔獣やプレイヤーからの物理攻撃を完全に無効化する常時発動スキルだよ。俺にダメージを与えたければ、最低でもレベル500は必要だぞ?』
(まさか対人戦でコレを使うとはねぇ。DOD広しと言えど、Lv999プレイヤーに500未満でPKを仕掛けてくる奴は、流石にいなかったからな)
そこからは一方的な殺戮が始まった。ヴァイスは誰一人逃すつもりは無かった。剣の一閃で身体が真っ二つに割れて死ぬ者。上半身と下半身が分かれ、腸を撒き散らしながらもなんとか逃げようと、手で這う者、逃げ出した者の背中には左手から魔法を打ち込んだ。
「純粋魔術『追尾弾』!」
魔力の塊が逃げ惑う山賊の背中に命中し、爆裂する。真っ白な背骨を剥き出しにして倒れる。あまりの恐怖に、ガルドは腰を抜かしてしまった。山賊となってから二十年、色々な修羅場を潜ってきた。魔物に襲われたこともあれば、護衛するプラチナランクの冒険者と戦ったこともある。だがこれほど圧倒的で残酷な破壊者には出会ったことがなかった。手下が全員鏖殺され、ただ一人残ったガルドに、ヴァイスは悠然と近づいた。ありえないことに、あれほどの殺戮をしてもヴァイスには一滴の血糊もついていなかった。手に嵌めている課金アイテム「清浄の指輪」の効果である。泥や血糊などの汚れは、付着した途端に消滅してしまう。だがそんなことは、ガルドの知るところではない。
「た、た、助けてくれぇっ!」
ガルドは腰を抜かし、地面に尻餅をついていた。右手を差し出して、必死の形相で止めようとした。だがその右手は、一閃によって肘から先が切り落とされた。
「アガァァァァッ!」
「お前は、そうやって助けを乞う者を何人殺した?」
ヴァイスの声は静かで、淡々としていた。悲鳴を上げて転げまわるガルドの背中を踏みつけると、両足を太ももから切断した。
「あひゃ、あぎげあぁぁっ! やめ……」
「そうやって泣き叫ぶ女を何人犯した?」
ヴァイスは目を細め、「最後の言葉」を残す。
「奪い、殺すのであれば、奪われ、殺される覚悟もしておけ。生まれ変わったら思い出すが良い」
そして首を刎ねた。
洞窟内で倒れていた女性を布で包んで抱える。暴れたため、やむを得ず気絶させた。ガルドの首は革袋に入れ、アイテムボックスに入れてみた。イベントアイテムの枠に収まる。ギルドクエスト達成に必要なアイテムはイベントアイテムとなる。ガルドの首も、どうやらそうした扱いらしい。
「こういうところはゲームっぽいんだがな……」
ヴァイスは苦笑いをした。殺戮を終えた後、ヴァイスは吐き気が込み上げた。目から涙を流し、恐怖の形相をしたまま口から舌を出しているガルドの首、血の海と化した辺り一面に立ち込める猛烈な鉄臭さ、括約筋の活動が終わった死体から巻き散らかされた糞尿の臭いは、これがゲームではなく現実であることを証明していた。一刻も早く、この場から立ち去りたかった。
山道を降りるころには、東から日が昇り始めていた。女には精神系魔法の「鎮静」や回復魔法を掛けている。本来ならば記憶を消してやりたいが、そうした魔法はDODには無い。街道を歩き続けていると、前方から馬を走らせた一行が近づいていた。どうやら冒険者らしかった。
「お、いたいた。アンタ、ヴァイスハイトって奴だろ? シルバーランクの?」
「そうだが、貴方達は?」
「俺達は冒険者パーティー『夜明けの団』だ。この先に山賊の根城があるはずだが……」
「あぁ、それは俺が討伐した。誰も生きてはいないよ。頭目のガルドって奴の首もある。彼女は山賊に囚われていた。馬で運んでくれるのであれば、助かる」
「討伐した? おいおい、冗談はよせよ。五十人以上はいたはずだぞ」
「本当だ。死体も残っているので、見てくると良い。もっとも、吐いても知らんがな」
夜明けの団のリーダー、トマス・オールディンの指示で、仲間が馬を飛ばした。トマスは馬から降りると、女性を抱え上げて馬の背に載せた。信じられないといった表情を浮かべ、ヴァイスに尋ねる。
「本当に、討伐したのか? その割には返り血一つ、浴びていないようだが?」
「そうした戦い方をしたからな。首はギルドで見せる。間違いなく、頭目のガルドだ。では、後は頼んだぞ。俺は街に戻る」
ヴァイスはそのまま、街道を南へと歩き始めた。トマスは迷った。もし失敗して生きていたら、捕らえるという契約だった。だが成功した場合については何も決められていない。事情は解らないが、ギルドマスターはヴァイスのことを嫌っている。自分たちへの期待は言われなくとも理解はできた。
(ここで、捕らえるか?)
だがトマスは動けなかった。ヴァイスの背中を見た瞬間、冒険者としての勘が、最大限の警報を発したからだ。これまで幾度も、危険な魔物と戦ってきた。行商隊の護衛で、東方から流れてきた異民族とも戦ったことだってある。だが、これほど絶望的な感覚は初めてであった。とても勝てる気がしない。相手の強さの底が、まるで見えなかった。もし襲いかかったら、自分は簡単に殺される。それは推測ではなく確信であった。トマスは一瞬の躊躇の後、溜息を吐いた。
「お、おいアンタ、俺も一緒に行くぜ。もう少し歩くと集落がある。そこで馬を借りよう」
「そうか。助かる」
ヴァイスと並んで歩いた時、トマスは言い様のない程の安心感に包まれた。絶対強者の庇護下、という安心感である。
(アウグストの旦那、アンタ間違ってるぜ? この人はマジで強ぇよ)
リューンベルクに戻ったら、アウグストにそう告げよう。その後は、この男と酒を飲もう。トマスはそう思った。