第004話:プレイヤーランク
【小解説】DODにおけるギルドについて
二十一世紀初頭のMMO-RPGでは、プレイヤーが自らギルドを興す、あるいは既に他者が興したギルドに加盟することが、初級チュートリアルにあったりする。MMO-RPGにおけるギルドは、プレイヤー同士が協力してイベントをこなしたり、あるいはチャットなどで交流したりするために存在していた。オンラインゲームのタイトルによっては、ギルドに加盟することで戦闘力が向上したり、あるいはギルド対抗戦などのイベントがあったりするなど、ギルド加盟に大きな恩恵を持たせている場合もある。
だが、VRMMO-RPGにおけるギルドは、それまでのMMO-RPGとは大きく様相が異なる。端的に言えば、ギルド加盟で受けられる恩恵が少ないのである。それまでのMMO-RPGは、ギルド内のコミュニケーションは原則的には「テキストベースの会話」であり、会話が面倒な人は参加しない自由があった。だがVRMMOでは、相手の顔が見える状態での「ボイスベースの会話」であり、必然的に対人関係力が求められる。より濃くなった人間関係を忌避して、ギルドに加盟しないプレイヤーも数多く存在するようになった。そのためVRMMOでは、ギルド加盟は必ずしも必要ではなく、どこにも所属しない単独プレイヤーが、ある一瞬だけパーティーを組むような遊び方が主流となった。
DODにおいては、原則としてギルド加盟は必要ないが、ギルド単位で受けられるクエストがあったり、またギルド設置場所として海辺の砂浜や天空城などが用意されていたことから、遊び目的でギルドを興したり加盟したりするプレイヤーもいた。
VR技術はプレイヤーのゲームスタイルそのものを大幅に拡張させ、それに伴いゲームシステムも従来から大きく変貌していったのである。
「冒険者登録は初めてでいらっしゃいますか?」
別室に通されると、そこは応接室のようであった横長の机と、対面するように椅子が何脚か置かれている。椅子に座ると、ミリアは羊皮紙のようなものと水晶珠を置いて質問をしてきた。以前登録していたが、もう消滅していると返答する。ミリアは頷いて、ギルドの仕組みについて説明してくれた。
「冒険者ギルドは各国にあります。国からの援助も受けていますので、当ギルドに登録をされた場合は、公国および帝国内でのみ仕事を受けることができます。もちろん、内容によっては他国に行く場合もあります。そうした場合は、国境を超えるための許可証をギルドが用意します。仕事の内容は様々です。行商隊の護衛や、街道に出没した魔獣の退治、山賊の掃討などもありますが、一番の仕事は『迷宮探査』です」
「ほう。迷宮とは、つまりダンジョンのことですか?」
「その通りです。迷宮は、別名『大地の胃袋』と呼ばれていて、それ自体が生き物と考えられています。広大な帝国領内では二十箇所以上に、迷宮が出現しています。迷宮は文字通り、地下に潜る洞窟のようなもので、大体が地下十層から二十層の深さです。深くなればなるほど、強力な魔獣や魔物、アンデッドなどが出現します。最下層には『ダンジョンマスター』と呼ばれる迷宮の支配者がいて、それを倒せば数日で迷宮は消滅します」
(なるほど。DODと同じだな。だが二十層だと? Lv999があるとは思わないが、それでも普通は五十層くらいあるはずだが……)
「迷宮が出現すると、そこから大量の魔獣、魔物が溢れ出てきます。そのため迷宮の外は封鎖され、帝国軍や冒険者のみが立ち入ることが許されます。御存知の通り、魔獣は希少素材を、魔物は魔石を落とします。また希少な鉱石類は大抵の場合、迷宮から発見されます。そのため迷宮は『資源採掘場』という色合いもあり『ダンジョンマスター』を討伐して良いのは、ギルドが許可した迷宮だけです。迷宮から採取発掘した素材類はギルドが買い取り、ギルドはそれを帝国や商会などに流しています」
「ギルド登録者であれば、誰もが迷宮に入れるのですか?」
「いえ、最低でもシルバーランク以上が必要となります」
「ランク?」
ミリアは頷くと、小さなプレートのようなものを出してきた。首から下げるものらしい。
「ギルドは強さや実績に応じて、冒険者をランク分けしています。これはギルドが受託する仕事の難度がバラバラだからです。高難度の仕事を低レベルの冒険者に斡旋した場合、失敗する危険があります。仕事の失敗はギルドの信用にも関わります。そのためギルドでは、冒険者をランクに分け、ランクごとに斡旋する仕事を割り振っているのです」
「具体的なランクとは?」
「『青銅』『純鉄』『鋼鉄』『白銀』『純金』『白金』『真純銀』『真純金』『神鋼鉄』の九段階となります。ブロンズ、アイアン、スチールの方は行商隊の護衛や街道の魔獣討伐などで実績を重ね、シルバーランクへの昇格を目指すのが普通です。簡単なものでは、隣村までの護衛や、薬草採取の手伝いといった半日程度で終わるものもあります」
「なるほど。例えばそうした半日で終わる程度の仕事の場合、どの程度の報酬になるのでしょう?」
「一概には言えませんが、ブロンズの方が半日仕事をしたら、大体五十~六十帝国マルクといったところでしょうか?」
「安っ!」
ヴァイスは思わず声を漏らした。ミリアは慌てたように言葉を添えた。
「た、確かに命がけの冒険者にとっては安く感じるかもしれませんが、それは半日の仕事だからでして、もちろん数日に渡る仕事もあります」
(いやいや、それでも四、五時間働いて五百円って安すぎないか? 時給百円かよ。あぁ、いやひょっとしたら…)
「ちょっと聞きたいのですが、飯屋などで昼を食べた場合、どの程度の価格になるのでしょう?」
「え?まぁ、大抵は七~八マルクくらいでしょうか。ちょっと高いところに行くと十マルクを超えることも……」
(訂正、俺が間違っていた。一マルク十円ではなく、一マルク百円だ。とすると時給千円か。まぁ高くはないが妥当かもな)
「いや、失礼しました。どうやら私が少し勘違いをしていたようです。先ほどは妙な声を出して、申し訳ない」
少し頭を下げたヴァイスの様子に、ミリアもホッとしたようだ。採取した素材の売り方、仕事の受け方などを確認し、大体の必要な情報は説明を受けた。ヴァイスの前に水晶珠が置かれた。
「それでは、登録に当たりましてヴァイスさんの適性を判断致します。先ほどもお話した通り、通常はブロンズから始まりますが、他地域などで実績のある方も移住されてくる場合がありますので、これはと思う登録希望者の方は、この魔導水晶珠によるランク審査を行っています。ヴァイスさんも相当な冒険者とお見受けしました。いきなりシルバーランクに入られるかもしれませんよ?」
「ご冗談を。ですが、強さが解るのいうのは嬉しいですね。お願いします」
(俺はDODでは最高レベルだったが、この世界ではどうなのだろうか。目の前のこの女性だって、Lv999という可能性もあるんだ。まずは自分の強さを知っておく必要がある。それにしても『魔導水晶珠』? DODには存在しなかったアイテムだな。一体、誰が発明したんだ?)
「では、水晶珠に軽く手を置いてください。私がこれから、プレートを一枚ずつ珠に近づけます。珠が光ったら、それがヴァイスさんの適正ランクとなります」
ヴァイスは頷き、篭手を外して水晶珠に手を置いた。ミリアはまず、ブロンズのプレートを近づけた。
「反応しませんね。まぁ予想通りです。それ程の装備をされているヴァイスさんが、ブロンズな訳ないですもんね」
笑いながらアイアン、スチールと近づけていく。いずれも反応しない。シルバーを超えたあたりから、ミリアは怪訝そうな表情を浮かべた。ゴールド、プラチナ、ミスリルを近づけても全く無反応である。オリハルコンでも無反応だったため、ミリアは姿勢を正した。深刻な表情でアダマンタインのプレートを手にする。
(あり得ない…… でも、ひょっとしたら……)
歴史上、アダマンタイン級の冒険者はただ一人しか存在していない。ギルド制度すら無かった遥か八百年前、ゴールドシュタイン帝国の建国者「英雄王ルドルフ・ゴールドシュタイン」は、たった一人で迷宮に潜り、ダンジョンマスターを討伐した。その後、帝国の前身であるゴールドシュタイン王国が建国され、冒険者ギルドが誕生した時に、英雄王の強さを基準としてアダマンタイン級が置かれたのである。
やがてギルド制度は各国に広がり、それと共に英雄王の強さと比較する魔導水晶珠も複製され、各地のギルド本部に置かれるようになった。だがいずれのギルドでもアダマンタイン級冒険者は出現せず、八百年の歴史の中でよくいえば「伝説」、有り体に言えば、「誰も信じない」というのが現実である。実際、帝国内に現在二組いるオリハルコン級冒険者パーティーも、幾つかの迷宮討伐に成功しながらもアダマンタイン級の審査は通れていない。アダマンタイン級を残しているのは、英雄王に対する敬意からに他ならず、事実上オリハルコン級が冒険者ランクの最上位であった。
ミリアは恐る恐る、アダマンタイン級を示すプレートを水晶珠に近づけた。すると微かに光を発し、やがてそれは強くなった。水晶珠全体が眩しいほどに白く輝いたのである。
「ひぇぇぇっ!」
ミリアは椅子から転げ落ちた。驚いたヴァイスは思わず水晶珠から手を離した。光はすぐに収まる。
「大丈夫ですか?」
「アダ‥アダ…アダマ…アダマンタインッ!」
ミリアはヴァイスの呼びかけを無視して、部屋から飛び出していった。ヴァイスは首を傾げ、アダマンタイン級のプレートを手に取り、しげしげと眺めた。
ギルドマスターのアウグスト・ディールは信じられない光景に言葉を失っていた。アダマンタイン級冒険者の出現と知らされた時は、質の悪い冗談だと思ったが無視をするわけにもいかず、自らの目で確認しようと応接室にやってきた。このことはミリアとその直属上司、そして自分しか知らない。他に漏れれば何が起きるか見当もつかないからだ。
「間違いない。アダマンタイン・プレートが確かに反応している。こんなことが起きるとは……」
二度、三度と確認し、魔術的仕掛けがないかなどを自らも確認する。通常、一人の人間の強さの限界はプラチナからミスリルまでだと考えられていた。ギルドマスターである自分でさえ、プラチナ級なのである。帝国最強のオリハルコン級冒険者パーティー「六色聖剣」のリーダー、レイナ・ブレーヘンと副リーダーのグラディス・ワーゲンハイムの二人は、単独でもミスリル級の冒険者である。六色聖剣は二人のミスリル、四人のプラチナから成る女性だけのパーティーで、五つの山賊掃討、四箇所の迷宮を討伐した実績からオリハルコン級を認められた。だが目の前の男は単独でアダマンタイン級と表示されている。つまり一人で、六色聖剣全員よりも強いことになる。
「信じられん…… 有り得ない。だが、確かにアダマンタイン級と出ている」
「アウグストさん。これは、どうしましょう?」
ミリアの上司も信じられない表情を浮かべ、アウグストに声を掛けた。アウグストは咳払いをして、ヴァイスの目の前に座ると、唐突に切り出した。
「シュヴァイツァーさん。申し訳ないが、貴方をアダマンタイン級と認める訳にはいかない」
ヴァイスは無表情のままだった。
「貴方の強さを信じないわけではない。だがアダマンタイン級は、帝国の建国者である英雄王ルドルフ陛下だけが持つ称号だ。英雄王の名は帝国のみならず諸国にも広まっていて、子供に話すお伽噺、吟遊詩人の詩歌、様々な冒険物語、そして演劇などになっている。帝国臣民にとって、英雄王とはそれ程に偉大な存在であり、不可侵なのです。水晶珠だけの反応で、何の実績もない無名の貴方を英雄王と同じアダマンタイン級にするわけにはいかないのです」
「なるほど。政治的に問題があるわけですね。それは理解しました。私は別にアダマンタイン級にこだわりはありません。とすると、その下のオリハルコン級になるのでしょうか?」
「いや、それも拙い。単独でオリハルコン級冒険者となった者はいないのです。帝国内でオリハルコン・プレートを持つ者は、全員がパーティーなのです。北の都に拠点を構える『六色聖剣』と帝都を中心に活動している『紅の騎士団』だけです。この公国ではミスリル級の冒険者パーティー『夜明けの団』が最高位です。できればそれ以下であってくれると助かるのですが……」
「ではゴールド、いやシルバー級から始めましょう」
「よろしいのですか?」
ギルドマスターのアウグストは救われたような表情を浮かべた。単独でミスリル級を持てば、必ず噂になる。プラチナ級でさえ、冒険者内では相当な話題になるだろう。シルバー級であれば目立つことはない。それなりの修練をすれば、殆どの者が単独でもシルバー級に至る。単独冒険者の多くがシルバー級、ゴールド級なのだ。ヴァイスは頷いた。
「ただし、条件があります。お聞きしたところによるとランクによって受けられる仕事が違うそうですが、私に関してはどんな仕事も自由に受けられるようにしていただきたいのです。薬草採取の手伝いをバカにするわけではありませんが、私には魅力を感じません」
「構いません。ギルドマスターとして許可しましょう。冒険者ヴァイスハイト・シュヴァイツァーはシルバー級ながらも、特例としてあらゆる仕事を受けられることとする、こう記した公式文書を作成しましょう。あと、これはお願いなのですが……」
「アダマンタインが反応したことは黙っています。といっても、喋っても誰も信じないでしょう。公式文書をいただければ、それで十分です」
「感謝します」
握手を交わし、シルバーのプレートとギルド会員証が渡される。会員証の裏にギルドマスターの署名が入り、全ての任務を受けられることとする、と書かれていた。また羊皮紙で、それを証明する書類が二枚作成され、ギルドとヴァイスが一枚ずつを持つこととなった。覚書程度ではあるが、何もないよりかはトラブルは避けられるだろう。すべての手続が終わると、ヴァイスはギルドを後にした。ギルドマスターが見送れば目立つため、受付のミリアが手を振る程度で留める。三階の窓からヴァイスの背を見送りながら、アウグストは小さく呟いた。
「ペテン師が…… いずれ、化けの皮を剥がしてやる」
アダマンタインが反応するなど有り得ない。有ってはならないのである。アウグストはギルドマスター権限によって、ヴァイスへの仕事を決めた。最近、公国に出没した山賊の討伐である。かなりの規模であり本来なら軍隊が出動する必要がある。六色聖剣なら討伐できるだろうが、ミスリル級なら複数のパーティーが合同で当たらなければ、まず生命はない。書類にサインし決済済の箱に入れると、アウグストは低く笑った。