第018話:遥か高みの姿
【小解説】常時発動スキル「上位物理攻撃無効化」について
DODは各プレイヤーに能動発動スキル枠と常時発動スキル枠が五つずつ存在する。これは課金によって、能動、常時それぞれ最大一〇枠まで拡張可能である。DODはダンジョン攻略という性質上、そのフィールドは多岐にわたっており、毒抵抗スキルといった状態異常回避のためのスキルや、天空城フィールドなどで必要となる飛翔スキル、海底ダンジョン用の水中移動スキルなど、数多のスキルが存在している。そのためスキル枠が五つというのは数としてはギリギリであり、上位プレイヤーの多くが課金によってスキル枠を拡張していた。
常時発動スキル「上位物理攻撃無効化」は、レベル八〇〇になったプレイヤーは誰でも修得できるスキルだが、その使用には時と場所を選んだ。簡単に言えば「後続プレイヤーのメインクエスト攻略支援」「レベルアップ支援」などで、低レベルダンジョンに入る時以外には、ほとんど使用することが無いのである。
「上位物理攻撃無効化」は、その名の通り打撃、剣撃、弓撃などの物理攻撃を無効化するスキルだが、無効化出来るのは自分のレベルの半分以下の敵から攻撃を受けたときであり、それ以上は普通に通じてしまう。プレイヤーは通常、自分のレベル以上のダンジョンに入って素材収集や経験値稼ぎを行うため「上位物理攻撃無効化」を使うタイミングは殆ど無い。特に、ギルドに属さない単独プレイヤーは、後続プレイヤーを支援する機会も少ないため、使わないスキルで貴重なスキル枠を埋めるはずもなく、その存在すら忘れているプレイヤーも多かったのである。
「なぁレイナ。コイツ、誰だ?」
「気にしないで。リスト、私たちは今、訓練中なの。邪魔しないで」
「こんな得体の知れない男とだと? 俺の誘いを無視しておいてか! 貴様、一体何者だ!」
男は嫉妬と憎悪の眼でヴァイスを睨んだ。ヴァイスは涼しい顔で返答した。
「俺の名はヴァイスハイト・シュヴァイツァー、リューンベルクの冒険者だ。縁あって今は六色聖剣と一緒にいる。で、お前は誰だ?」
「雑魚に名乗る名など無いっ! レイナは俺の女だ! とっとと失せろ!」
「俺の女?」
ヴァイスがレイナを見た。レイナは溜息をついて首を振った。
「どうしてもってしつこかったから、一度だけ一緒に食事してあげたの。ただそれだけの関係よ。何を勘違いしたんだか、それ以来ずっとコレなの。リスト、いい加減にしてちょうだい。ヴァイスは私たちの恩人、彼への無礼は許さないわよ?」
「なるほど、要するに『勘違い野郎』か。典型的な雑魚キャラだな。あぁ、リスト君。しつこい男は嫌われるぞ?」
「黙れっ! 俺を侮辱するか!」
「おい、リスト。いい加減にしろ!」
グラディスが鋭い声を出す。だがリストはそれを無視して剣を抜いた。レイナは怒りの表情を浮かべたが、ヴァイスが肩に手を置いた。
「解った解った。レイナはお前の女なんだな? なら、お前をここで倒して、俺の女にしよう」
「ヴァ、ヴァイスッ? 何を言って……」
「俺の女になるのは嫌か?」
「別に嫌というわけじゃ… って、そうじゃなくて! なんでそうなるのよ!」
顔を真っ赤にしているレイナの様子に、リストの嫉妬は激しく燃え上がった。本人の自覚が無いだけで、誰の目から見てもレイナはヴァイスに惚れている。リストは眼を血走らせ、剣を構えた。
「貴様っ! レイナに馴れ馴れしくしやがって! ここで殺してやるっ!」
ギルド内での刃傷沙汰は厳禁である。だがリストはそのままヴァイスの胴を突いた。レイナが止めようとした時には、剣は勢い良く、ヴァイスの胴に突き刺さった、様に見えた。
「「ヴァイスッ!」」
レイナとグラディスが同時に叫ぶ。だが様子が可怪しいことにすぐに気づいた。ヴァイスは全く動いていない。剣は確かに刺さったはずだった。だがリストは、驚愕の表情を浮かべていた。突き立てたはずの剣が、ヴァイスの腹部に刺さる寸前で止まっている。ヴァイスは泰然としたまま、レイナたちに顔を向けた。
「レイナ、そして皆も良く見ておけ。いずれお前たちが辿り着く地平だ。これは『上位物理攻撃無効化』、レベル五百…… まぁグレーターデーモンくらいまでの『あらゆる物理攻撃』を完全に無効化する常時発動スキルだ。剣だろうと拳だろうと弓矢だろうと、それがたとえ複数人からの不意打ちであったとしても、俺には全く効かない」
「なん……だと?」
「……凄い」
リストは叫びながら滅茶苦茶に剣を振り下ろした。だがどんな攻撃も弾き返されてしまう。スキルにより、すべての物理攻撃が無効化されてしまうからだ。ヴァイスはゆっくりと動いた。打ち下ろされる剣撃を無視して、必死の形相を浮かべるリストの前に右手を出す。親指と人差し指の形から、何をしようとしているのか皆が理解できた。ミレーユが呟いた。
「ぺちっ」
そんな可愛らしい音ではなかった。爆発のような衝撃がリストを吹き飛ばした。デコピン一発で、リストは二メートル近く弾き飛ばされ、意識を失った。ヴァイスは舌打ちした。
「しまった。やり過ぎたか?」
ミレーユがリストに近づき、顔の前でしゃがんだ。
「ん、大丈夫。生きてる」
ツンツンと棒で突っつく。どうやら呼吸はしているようだ。グラディスは腕を組んで頷いた。
「アイツは実力がないくせに、親が裕福なことと『紅の騎士団』に入団したことで、勘違いをしているからな。これも薬だ」
「でも一応、回復魔法を掛けておきましょう。主よ、惑いし愚かな子羊に、汝の憐れみを与え給え……」
微妙に酷い祈りを唱えながら、ルナ=エクレアは回復魔法を掛けた。ヴァイスは頷いてレイナの前に立った。左腕を細い腰に回し、レイナを引き寄せる。レイナは驚き、両手でヴァイスを押し退けようとした。
「これでお前は、俺の女だ」
そのまま唇を重ねた。レイナは最初だけ少し抵抗したが、やがて力を抜いた。
アウグスト・ディールは憂鬱な表情で手紙を読んでいた。リューンベルクの冒険者ヴァイスハイト・シュヴァイツァーとウィンターデンのギルドマスター、ロベール・カッシェからの手紙である。両ギルドの中間に出現した、新たなダンジョンの調査に向かったヴァイスと六色聖剣は、強力な魔獣の出現を確認した。その魔獣は姿を消したが、共同討伐の計画は引き続き進め、ヴァイスハイト・シュヴァイツァーと六色聖剣とで、ダンジョンそのものを討伐することを提案する、という内容である。
そのことについての異論はない。問題は、ヴァイスがそのままウィンターデンに留まっているということだ。ヴァイスからの手紙では、六色聖剣と訓練していると書かれているが、アウグストは「(ヴァイスが)六色聖剣全員を訓練して(やって)いる」と見抜いていた。いかに六色聖剣であろうと、あの超級冒険者に勝てるはずがない。
〈ウィンターデンでは彼を「ミスリル級」で迎える用意がある。リューンベルクの善処を期待する〉
ロベールからの手紙の末尾に書かれている文章は、アウグストの表情を険しくした。冒険者がダンジョンから持ってくる希少素材は、その街の経済を左右する。魔獣や山賊の討伐で街道の治安も良くなる。冒険者ギルドは各街にあるが、優れた冒険者は常に取り合いであった。ヴァイスは単独冒険者である。リューンベルクに根を張っているわけではない。このままウィンターデンに移籍する可能性も十分にある。
「ヴァイスを縛る方法はないしな。せめてリューンベルク籍のままで居てくれるよう、お願いをするくらいしか出来ないか……」
アウグストは筆を取った。
「……朝帰りになっちゃうわ。みんなに、謝らなきゃ」
レイナの呟きに、ヴァイスは黙ったままだった。絹のような滑らかな手触りの金髪を撫で、吸い付くような白肌の感触を愉しむ。六色聖剣はレイナとグラディスが中心核だ。それを壊してはならない。だからヴァイスはレイナとグラディスを立てるようにしていた。リーダーのレイナが自分の女になったことをグラディス以外のメンバーは当たり前のように受け入れた。そうなるだろうことは、前々から予想していたらしい。グラディスはそうした「気配」に気づかなかったらしく、少し不満げな表情をしたが、理解はしたようだ。
「ただし、分別は弁えてもらう! 訓練場でイチャつかれたらこっちは堪らないからな!」
怖い顔をしてそう言われた。レイナが躰を持ち上げた。揺れる豊かな胸が視界に入る。落ち着いたはずの獣欲に再び火が点きそうになる。レイナが自分を見つめてくる。
「ねぇ、六色聖剣に入らない? 貴方がリーダーになっても良いわ」
だがその誘いに、ヴァイスは首を振った。
「俺はパーティーに入るつもりも、自分で作るつもりも無い。六色聖剣はレイナとグラディスが中心だ。それで上手く纏まっている。俺が入ればバラバラになるかも知れん」
「そんなことは無いわ。みんな、貴方のことを尊敬している。貴方のおかげで、私たちは強くなっている。貴方がリーダーになれば、もっと強くなれると思うの」
「手は貸してやる。強くなる手助けもしてやる。一緒にダンジョンを討伐するのも良いだろう。だが俺は単独に拘る。これまで、そうやって生きてきたんだ」
「どうして、そこまで単独に拘るの?」
「俺が『Grand Brave』だからだ。何が正義で、何が悪かは俺一人で決める』
理解は出来ないだろう。だがレイナはそれ以上の追求はしなかった。ヴァイスの唇を塞いでくる。
「わかった。今は諦める。だから、もう一回……」
再び、身体を重ねた。




