第015話:束の間の休息
【小解説】 DODにおけるPlayer Killingについて
VRMMO-RPG「Dead or Dungeon」では、プレイヤー同士の闘いは幾つかの方法がある。闘技場において一対一で戦う「フリーバトル」、パーティー同士で闘う「チームバトル」、より多くのプレイヤーが集まる「ギルド対抗戦」などがあるが、それ以外にもダンジョンおよびフィールドで突如として発生することがある。それが「Player Killing」である。PKには、他のイベントで発生するプレイヤー同士の闘いとは異なる特徴がある。
1.敗者(HPがゼロ状態)は強制ログアウトされる
2.敗者は累積EXP(経験値)が下がる。それに伴いレベルも下がる
3.敗者は装備品を最低一つはドロップする
上記の特徴、特に「3」を目的としたPKが横行し、数多くのプレイヤーが被害にあった。「Player Killer」たちは徒党を組み、上級プレイヤーを対象としての「狩り」を行うため、たとえLv999の上位プレイヤーであっても、DOD内では油断はできない。当然ながら、Player Killerたちを撲滅するための活動が生まれ、PK者を狩る「Player Killer's Killing(PKK)」も盛んに行われた。DODの運営はこの状態をむしろ歓迎しているかのように、「Player vs Player(PvP)」向けの装備、魔法、アイテムなどを次々とリリースし、戦争状態を煽っていた。
上位者同士のPvPは、双方のレベルが拮抗していたため、結局のところは「プレイヤー自身のキャラクター操作能力」によって勝敗が決する。DODで勝つためには、実生活において剣術や格闘技を学び、闘技場での闘いを録画して検証するなど「努力」が必要とされ、プレイヤーの中には「そこまでは出来ない」と諦める者も多かった。PvP勝数、ダンジョン攻略数、ダンジョンマスター討伐数などの上位者は、そうした努力を怠らなかった者たちと言われている。
「エフギウム」を使って第一層の出口前に戻る。ゆっくりと階段を上がり、外に出る。陽光に眼を細める。ちょうど朝であった。さすがのヴァイスも疲れを感じていた。眠気が襲ってきている。どこかにキャンプを張り、少し休もうと考えていた。
「ふぅ、疲れたな」
「シュヴァイツァー殿ッ!」
声の方を向くと、金髪の美女が走ってきた。その後ろには五人の美人たちが立っていた。ヴァイスはようやく思い出した。子供に頼まれて女性二人を助けたのであった。ゾディアックとの激闘、魔神と思わしき強敵の出現ですっかり忘れていた。
「良かった! 無事だったようね。色々と聞きたいこともあるけれど、まずはこれだけは言わせて。有り難う。本当に、有り難う!」
自分の手を取って何度も頭を下げてくる。美人に感謝されるのは大歓迎だが、とにかく今は眠かった。
「あぁ…… 悪いが、少し疲れている。詳しい話は、寝たあとで良いか?」
「そ、そう…… そうよね。なら、私達のテントで寝ると良いわ。すぐ近くでキャンプをしているから」
自分で用意をするのも億劫だったので、ヴァイスは素直に従い、テントの中に入った。装備を解除し、柔らかな毛皮の上に横たわる。すぐに意識が途絶えた。
「取り敢えずは大丈夫そう。ゾディアックが来る気配は無い」
ヴァイスが寝ているテントの前では、六色聖剣が警戒態勢を取っていた。ゾディアックの生死は確認できていない。迷宮の外に出て来る可能性も否定はできないのだ。交代で第一層に降りるなどの警戒をしたが、ミレーユがダンジョン内の魔素の落ち着きを確認し、ようやく安心することができた。
「それにしても、レイナが自分のテントに男を寝かせるなんてねぇ。どんな心境の変化かしら?」
アリシアが面白そうにからかう。レイナは少し顔を赤くして、反論しようとした。だがグラディスが真剣な表情で呟いた。
「あのゾディアックという化け物は、尋常な強さではなかった。私たちが束になった掛かっても、傷一つ付けられなかった。まさか、アレと闘って生きて帰ってきたとはな……」
エレオノーラもルナ=エクレアも頷いた。
「魔物に前後を挟まれ、心が折れかけた時に彼が現れました。スケルトンを粉砕しながら、風のように駆け抜けた姿は今も目に焼き付いています。彼もまた、尋常ならざる強さの持ち主なのでしょう」
「でも、それって不思議よね? だってそんなに強かったら、きっと名が知られているはずよ? ヴァイスハイト・シュヴァイツァーなんて名前、私は覚えが無いけれど?」
アリシアの疑問に、レイナが答えた。
「ギルド回覧の中で、彼の名を見た覚えがあるわ。二月ほど前に、リューンベルクのギルドに『シルバーランク』で初登録されたそうよ。その時は特に気に止めなかったけれど、その後すぐにダンジョンが攻略されたでしょ? 攻略メンバーの中に、夜明けの団と一緒に彼の名があったのを覚えている」
「夜明けの団か。たしか真純銀級だったな。その一員なのか? それにしては一人だけでダンジョンに入ってきたようだが。ところでミレーユ、どこへ行くつもりだ?」
ヴァイスが寝ているテントに忍び寄ろうとしていたミレーユをグラディスが捕まえた。自分の腕の中に抱え込んで頭をグリグリと締める。子犬のような鳴き声が漏れる。レイナが切り替えるように手を叩いた。
「とにかく、今は休みましょう。全員が無事に生きて戻った。これが一番の勝利よ!」
約一名を除いて、全員が笑顔で頷いた。
どれだけ眠ったのだろうか。目を覚ましたヴァイスは、見慣れぬ天井をヴァイスは忘我の状態で眺めた。少し良い匂いがする。女性の匂いだ。目頭を抑えて首を振る。どこで寝ていたのかを思い出し、ヴァイスは起き上がった。テントの外に出ると陽は既に西に傾いていた。どうやら数時間以上は寝ていたようである。テントの周りを幾つかの光の玉が飛び回っていた。精霊魔法による結界である。周囲を見渡したが、女性たちはいないようだ。
「喉が乾いたな……」
遠くに水の音が聞こえる。ヴァイスは音の方に向かった。まだ頭がぼうっとしているようだ。水を飲み、顔を洗えば目が覚めるだろう。茂みを出ようとすると、複数の女性たちの声が聞こえた。
「あ……」
美しい裸体が眼の中に飛び込んできた。白い肌をした金髪の美女、褐色肌の銀髪の美女がよく発達した胸を晒して水を浴びていた。髪が光を反射し、幻想的な光景を見せている。その美しさに、ヴァイスは思わず見とれてしまった。だが足元の枝を踏んでしまったようで、パキという音がする。それに気づいたグラディスが眉間を険しくした。
「誰だっ!」
ヴァイスは慌てて後ろを向いた。両手を上げる。
「スマンッ! 覗くつもりは無かった!」
「シュヴァイツァー殿? 目が覚められたか。そのまま待っていてくれ。いま服を着る」
ヴァイスは安堵したように息を吐いた。すると目の前に青髪の少女が現れた。無表情のまま、ヴァイスを見上げる。右手の人差し指を突きつけてくる。
「……出歯亀」
「違うわっ!」
ヴァイスは思わず反論してしまった。少女は頬を膨れさせると、服を脱ぎ始めた。
「……おい、何をしているんだ?」
「レイナとグッディだけ見るのはズルい。私も見せる」
「阿呆ゥッ! 俺を犯罪者にする気か! だいたい子供の裸なんぞに興味ないわ!」
「私はミレーユ、子供じゃない」
「子供だろ! とにかく服を着ろ! 俺を困らせるな!」
「シュヴァイツァー殿、終わった…ぞ…… 何をしているんだ?」
キャミソールの肌着姿になっているミレーユを見て、グラディスが殺気を放ち始めた。剣に手を掛けている。ヴァイスは両手を上げながら、恐る恐る振り向いた。冷たい笑みを浮かべる銀髪の美女と視線を合わせる。ヴァイスは溜息をついた。
「何か誤解をしているようだが、俺は何もしていないぞ? あの子供が勝手に脱いだんだ」
「言い訳か? 私の裸を見たのはまだ許そう。だがよりによってミレーユに手を出すなど、この変態がっ!」
「グッディ? ちょっと……」
レイナが止めようとする。ヴァイスは呆れたように少し嗤った。どうやら目の前の女は、理屈よりも感情で動くタイプのようである。
「お前、脳筋かよ…… おい、俺の話を聞いていないのか?」
「黙れっ!」
剣を抜こうとした瞬間、ヴァイスは既に目の前にいた。右手で剣の柄を抑え込み、左手は手刀の形で喉元に突きつけられる。顔を接近させ、眼を覗き込む。
「落ち着け。何もしていないと言っているだろう」
「うっ」
ヴァイスは接近させた身体を離すと、そのまま水辺にしゃがみこんで顔を洗い始めた。レイナがグラディスの肩を掴む。それで、グラディスも落ち着いたようだ。騒ぎを聞きつけたのか、他の三人、アリシア、エレオノーラ、エクレアもやってきた。清流で顔を洗い、水を飲む男の背中を六名の美女が見つめる。ヴァイスは水に頭を突っ込んだ後、水を滴らせながら顔を上げた。手元に厚手のタオルを出現させて顔を拭く。
「あれは、異空間収納? 初めて見たわ」
アリシアが驚いたように声を上げた。ヴァイスは首にタオルを掛け六名に顔を向けた。
「改めて名乗ろう。俺はリューンベルクのゴールドランク冒険者『ヴァイスハイト・シュヴァイツァー』だ。ヴァイスと呼んでくれて構わない」
「私たちはウィンターデンのオリハルコンランク冒険者パーティー『六色聖剣』よ。私はそのリーダー、レイナ・ブレーヘン」
「副リーダーのグラディス・ワーゲンハイムだ」
「アリシア・ワイズバーンよ。アリシアで良いわ。よろしくね」
「エレオノーラ・セシルです」
「ミレーユ・カッフェン…… 特別にミレーユと呼ばせてあげる」
「ルナ=エクレアです。宜しくお願いします」
ヴァイスは魔眼を取り出して装着した。奇妙な形をした装備を顔につけたヴァイスに、全員が眉を顰めた。ヴァイスは軽く眺めて、頷いた。
「なるほど、六色聖剣か…… プラチナランクのアウグストより全員が上だ。これがオリハルコンクラスの実力か」
「その装備は何かしら? 私達の何かを調べるためのもの?」
「まぁそうだ。簡単に言うと、お前らの強さとパーティー内の役割を確認した。魔法剣士のレイナ、グラディスは壁役と切り込み隊長役ってところか。魔導士のアリシア、弓師のエレオノーラ、錬金術を使うミレーユ、回復役はルナ=エクレアか」
いきなりファーストネームで呼ばれたが、それ以上に全員の役割を喝破されたことに驚いた。不穏な空気に、レイナが咳払いをした。
「そんな装備は聞いたことが無いけれど、もし本当なら一言、断りを入れるべきではないかしら?」
「そいつは失礼…… 覗かせてもらうぞ?」
悪びれる様子もなく、ヴァイスはもう一瞥して、魔眼を仕舞った。ミレーユが「やっぱり出歯亀」と小声で呟いたが無視する。
「まぁ良いわ。別に隠しているわけでもないし…… それより、教えてくれないかしら? あの化け物はどうなったの? 貴方は一体、何者? どうやってそこまで強くなれたの? それから……」
「落ち着け。それよりそろそろ日が暮れる。そういった話は、飯を喰いながらで良いか?」
返事を待つこと無く、ヴァイスはテントを張った場所へと向かった。




