第011話:リアルでの戦い
【小解説】魔獣と魔物
多くのファンタジー小説、RPGでは魔獣や魔物という言葉が使われている。この二つはそれぞれの作品で解釈の仕方が異なっており、ほぼ同じ意味で使う場合もあるが、VRMMO-RPG「Dead or Dungeon」では、この二つに明確な違いを持たせている。
魔獣:既存の動物が何らかの理由で強化・凶暴化した存在
魔物:魔素が集約した「魔石」を核として形成された存在
つまり魔獣は元々が「自然界に存在する動物、植物」であることに対し、魔物は魔石から生まれた「自然界に存在し得ない動物、植物」なのである。例えばDODの初心者級が狩りの対象とする「レッド・ベア」は、熊が強化・凶暴化した「魔獣」であり、魔物ではない。魔獣は皮や骨、血といった素材を多く残すが、魔石は残さない。一方で「アース・ゴーレム」は物理攻撃に耐性を持つ土系モンスターであるが、これは魔石から生まれた「魔物」である。倒すことで魔石を残すが、魔獣ほどに多様な素材は残さない。アース・ゴーレムは「精製された土」を残し、時に「砂金」などもドロップするが、魔石は必ず残すため、分類上は「魔物」なのである。
DODでは、魔獣でも魔物でも無い存在がある。「竜族」および「神族」などである。ドラゴン系のモンスターは数多くの素材をドロップし、同時に「ドラゴンの核」と呼ばれる特殊な魔石も残す。神族系のモンスターの代表格が「魔神」であるが、魔神はその都度、ドロップアイテムが異なる。伝説級の武器などを残す場合もあれば、「神核」と呼ばれる特殊素材を残す場合もある。このように、魔獣、魔物、その他というのは、ドロップアイテムによっても判断できるのである。
DODではこうした設計思想に基づいて、チュートリアルやクエストの案内文章、NPCのセリフなどが作成されている。一方で、プレイヤーはこうした定義を厳密に考えることはせず、単純に「モンスター」「敵キャラ」と呼んでいる。魔物の中には睡魔族などきわどい服装をしたキャラクターもあり、そうした18禁スレスレの魔物を専門に狩る「好事家」も存在している。DODのサービス開始から十年間、モンスターの種類は増大の一途を辿り、モンスターデータ欄をコンプリートしたプレイヤーは、十年経っても存在していない。
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Name:グレーターデーモン
Level:507
種族:Demon
最大HP:50179
最大MP:47750
状態異常:無
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この世界に来て初めて、自分にダメージを与え得る敵に、ヴァイスは口元を歪めた。目の前に鎮座する四本腕の「青き悪魔」はゆっくりと立ち上がると、ヴァイスを見下ろした。
「よくぞここまで辿り着いた、冒険者よ。我が迷宮を荒らした罪、汝の死によって贖ってもらうぞ」
「なるほど。これもDODと同じかよ。それにしても……」
DODではダンジョン攻略の最終戦では、ダンジョンマスターからこうした言葉を掛けられる。無論テンプレートであり、どの迷宮でも同じ台詞である。だがヴァイスはゲームとは違う点に疑問を感じていた。相手のレベルが可怪しいからである。
「レベル500超えのグレーターデーモンだと? どうなってるんだ。普通400ちょっとだろ」
「ゴァァァァッ!」
魔力を圧縮した弾を躱す。地響きと共に大きな爆発が起こり、床に穴が空いた。
「純粋系魔術のA級魔法『ガーラの裁き』かよ。喰らったらダメージは避けられないな。ならこっちもいかせてもらうぞ!」
ヴァイスは右手で剣を持ち、左手で魔法を発動させた。
「火炎系S級魔法『アストライアの聖炎』!」
グレーターデーモンを紅蓮の竜巻が包む。炎属性と神聖属性を重ね合わせている。悪魔族の弱点を突いた攻撃であった。だが炎の竜巻の中から青い巨体が飛び出してきた。手に持った斧を振り下ろしてくる。ヴァイスは剣でそれを受け止めた。
「一撃で終わると思ったんだがな……」
グレーターデーモンが繰り出す二本の斧をヴァイスは完全に防いだ。レベル500を超えているとはいえ、それでも自分とは隔絶した差がある。余裕を持って屠ろうとした時、グレーターデーモンの腕がこれまでに無い速さで動いた。それまで動かなかった他の二本から、同時に魔法が打ち出されたのだ。
「なにっ!」
同時に繰り出された暗黒系A級魔法「死神の魔槍」がヴァイスを貫いた。ダメージの他にHP吸収という副次効果がある。思わず呼吸が止まるが、その隙をついて斧が襲い掛かってきた。剣で受け止めるが横に吹き飛ばされる。土煙が舞う中で、ヴァイスはすぐに立ち上がった。
「なるほど。やはりDODとは違うな。痛みがある。それにしても、意図的に隙きを作って誘い込んでからの魔法と物理の連続攻撃か。DODのNPCには無かった。まるでプレイヤーと戦っているかのような感覚…… より上位の『阿修羅鬼人』を相手にする時は気をつけよう」
物理防御力、魔法防御力共に最高レベルにあるヴァイスにとって、グレーターデーモンの攻撃はさほどの痛みはない。だがそれでもVRの設定とは異なり、ダメージを直に感じた。この世界がMMO-RPGとは全く違う「現実」であることを改めて自覚し、ヴァイスは本気になった。剣を構える。
「終わらせてもらうぞ!剣技『滅殺の一矢』!」
高速で突き出した剣先から光が放たれ、グレーターデーモンの胴体を貫いた。胸に大きな穴が貫通し、グレーターデーモンは咆哮を上げて倒れた。やがて肉体は消え、大きな魔石と二本の角が残った。
「ドロップアイテム『上位悪魔の双角』か。神匠でない俺にとっては、あまり意味が無いんだがな。サブのコンラートに渡すってわけにもいかないだろうし……」
振り返ると、扉は消えていた。トマスたちが入ってくる。床に転がった漆黒の大きな石と角を見て、トマスが確認するように聞いた。
「倒したのか? 倒したんだな!」
「あぁ、倒した。これでこのダンジョンの討伐は完了だ。そのドロップアイテムは希少素材だ。かなりの高値で売れるだろう」
「そんなことより、怪我は無いのか? 本当に、ダンジョンマスターを一人で倒しちまったのかよ! 凄ぇぞ!」
自分のことのようにトマスたちが燥ぐ。だがヴァイスはそこまで喜べなかった。本来ならば楽勝の相手だったはずである。Lv500超えだったとはいえ、一撃を貰ってしまったのだ。これがPvPであれば、自分は立っていないだろう。
「最近、PvPから遠ざかっていたから、少し呆けているようだ。気を引き締めるか」
ヴァイスたちはダンジョンの出口へと向かった。
大量の魔石とレア素材、そして迷宮討伐という実績を引っさげて、ヴァイスたちは凱旋した。魔石と素材、ギルドからの報酬だけでも金貨五百枚になる。さらに公国から迷宮討伐の報奨金として金貨五百枚を上乗せされ、合計一千枚の金貨が目の前に積まれる。ヴァイスはそれを五等分した。トマスは「夜明けの団」として半分のつもりだったらしく、なかなか受け取ろうとしなかった。仕方なく、ヴァイスが金貨四百枚、他の四名は百五十枚ずつということで折り合いがついた。
「金貨百五十枚。たった一週間ちょっとの稼ぎとしては破格だな。魔物を討伐したわけでもないのに、こんなに貰っちまって本当に良いのか?」
「構わないさ。トマスたちのお陰で素材が回収できたんだ。俺一人なら何も回収できなかった。ダンジョンは資源場でもあるんだ。ただ攻略すれば良いというものでは無いだろう」
「そうか。じゃ、遠慮なく貰っておくぜ。どうだ、今夜はパァッとやらねぇか?」
「いいな。酒も良いが、女がいる店があればなお良い」
トマスは笑って、ヴァイスと肩を組んだ。一方その頃、ギルドマスターのアウグストは帝都にある冒険者ギルド本部への報告書をまとめていた。今回の迷宮討伐はゴールドランクの冒険者五名によるものであり高く評価はできるものの、本人たちの希望もありプラチナランクへの昇格は見送る、という内容である。このことは問題が無いのだが、報告書の中に書くべき別の事態についてアウグストは頭を悩ませていた。すなわち「出現する魔物が強化していること」についてである。
「これまでのダンジョンではレッサーデーモンは確認されてる。だがグレーターデーモンというのは、存在こそ知られていても誰も見たことがないような伝説級の悪魔だ。それが出現した。持ち帰られた魔石と二本の角がそれを証明している。もしこれが、今回の迷宮に限ってのことではなく全体的な傾向となっているのなら、大変な事態になるかもしれない」
《公国の迷宮では、従来は下層にいた魔物が中層に昇ってきている傾向があり、また魔物自体が一回り強化しているという報告がある。これが公国に限ってのことなのか、帝国全土の傾向なのか、あるいは隣国のルストハンザ王国、聖フェミリア教国領、東方のカルマハーン王国などより広範囲の傾向なのか、より広範囲で情報を集めるべきと判断する。ギルド本部による調査を依頼する》
迷宮は地域によって出現する魔物も異なり、またその深さも違う。だがこれ程に強さに違いが出たことは無かった。アウグストは暗い予感を感じていた。これは、何か不吉な事態の始まりではないかと思った。首を振って、書簡を封蝋した。




