エディの長い一日 -3
前回までのあらすじ
パン屋さんで美味しいパンを買って食べました
…私はなんで、あんなにパンについて調べたんだ…?
朝食後、ヴィムとエディは店を出て街の中心にある教会へと向かった。
今日の午前中は教会にある学校で読み書きを学び、昼頃教会に迎えに来たヴィムと合流して買い物に行く予定だ。例えば今日の夕飯の分からの食材。エディが自宅で勉強ができるようにと、チョークを買い足してもいい。黒板は、今までの弟子たちが使ってきたものがあるから、買う必要はない。
「おはようございます、司祭様」
「おはようございます、魔導師様」
教会は、そんなに遠くなかった。エディの足でも、十分ほどだろうか。ヴィムの店からだと、南北の門をつなぐ通りに出て、そこに沿って歩いていけばいい。街並みの向うに、教会の尖塔が見えている。
南北の門をつなぐ通りと、東門から繋がる大通りの交わる場所にある教会の門は、既に開かれていた。開門は陽が昇った時、閉門は陽が沈んだ時とされている。無論火急の要件があれば、日没後にも門は開く。
ヴィムよりも背の高い門をくぐり、石畳とは違うタイルの敷かれたアプローチと、丁寧に刈り込まれている前庭に、その人はいた。白髪で、豊かなひげをたくわえた、これまた白いローブの男性に、ヴィムは声をかけた。
低く穏やかな声でタノ=ジェルマーノ司祭がヴィムに挨拶を返した。対するヴィムは、深い紺色のローブを羽織っている。
「昨日から、新しく私の弟子になったエディです。彼にも、勉強を教えてやってください。エディ?」
「は、はじめまして。ニベル村のエディです。このたび、ともしびのまどうしさまの弟子になりました。よろしくお願いいたします」
ヴィムの後ろに隠れるようにいたエディだったが、ヴィムに促されてタノ司祭へと挨拶をする。ちゃんとした、それこそ年齢の割にしっかりとした挨拶に、タノ司祭はおやと小さく呟いた。子供の頃から大人に対してしっかりと挨拶をするようにとは、貴族は教え込まれるが、村で生まれ育った子どもにしては珍しい。
もっとも珍しいだけで、皆無ではないが。
「よろしくお願いしますね、エディ君。私はタノ。この教会で司祭をしています。主な仕事はあなたたちに色々な事を教える事です」
タノ司祭は腰を落とし、エディの顔を覗き込む。その笑顔は、神に仕える者らしい、声と同じように穏やかさだった。
「先生、おはよーございます!」
「せんせー、おはよーございます!」
「おはようございます!」
「はい、おはようございます」
子供たちが三人、次々に門をくぐってくる。男の子がふたりに、女の子がひとり。彼等はタノ司祭に挨拶をすると、門の正面にある聖堂ではなく、前庭を抜けて奥へと歩いていった。
「エディ君、私達も行きましょうか。魔導師様、彼は今日から?」
「はい、よろしくお願いいたします。今日は昼頃迎えに来ますが、明日からは弁当を持たせますので、一日お願いいたします」
「おやそれはまた」
「とりあえず一か月ほど。基本の読み書きが出来なければ、魔法は教えられませんから」
「エディ君、君のお師匠様はとても厳しい人だ。他人には優しいが、自分と自分の弟子にはとても厳しい。大変だと思うが、励みなさい」
くすくすと笑いながら、タノ司祭はエディの頭をゆっくりと撫でた。
ヴィムは、ひょいと肩をすくめて見せるにとどめた。
「あ、魔導師様丁度良かった!」
「おはようございます。どうかしましたか」
「おはようございます。いえ、居住区の灯りと、それから街の街灯のことで伺おうと思っていたんです」
聖堂から出てきた、タノ司祭と同じような白いローブを着た若い男がヴィムに話しかける。それを合図に、ヴィムはそちらへ、タノ司祭とエディは別棟へと向かった。教会の壁の向うからは分からなかったが、尖塔は聖堂にあるわけではなかった。鐘楼でもあるその尖塔は、エディとタノ司祭の向かう別棟にあった。
思わず足を止めてその鐘楼を見上げるエディの隣に立って、タノ司祭も一緒に鐘楼を見上げた。
「エディ君、見えるかな? 今もあの鐘楼にはこの教会に仕える誰かがいて、もちろんこの街の中も含めて、火の手が上がらないか見張っているんだよ」
そうしてすぐに気が付いてくれたから、あの嵐の中、彼等は自分の生まれ育った村を助けに来てくれたのだと。エディは、ゆっくりと、鐘楼に向けて頭を下げた。今、あそこにいる人があの日自分の村の窮状を伝えてくれたわけではないかもしれない。それでも、きっとあの人も、誰かの窮状を救ったこともあるだろう。
そう思えば、自然と頭が下がった。
灯火の魔法使いになれなくても、こういった仕事をしよう。消防団に入るのも、悪くないかもしれないと、エディは思った。
頭を上げたエディの背中をそっと押して、タノ司祭はエディを促した。別棟に入り、教室へとエディを案内する。建物はそれほど広くはなく、廊下には向かい合ように三つずつ、合計六つの扉があった。その内右側手前の扉をタノ司祭は開いた。
部屋の中にも、二つずつ三列合計六つの机が並んでいた。その内前から三つの机は埋まっている。先刻、タノ司祭に挨拶をした子供たちだ。男の子がふたりに、女の子がひとり。子供たちは口々にタノ司祭に挨拶をした。
「おはよう諸君。今日はお勉強を始める前に、新しい仲間を紹介しよう。灯火の魔導師ヴィムの、新しい弟子のエディ君だ」
「ニベル村から来ました、エディです。よろしくお願いします」
タノ司祭にそっと背中を押されて、エディは頭を下げた。
「席は空いているところを使うように。問題はないと思うけれど、ペリーヌさん、ヨハネス君、マノロ君、仲良くね」
「はぁい」
「はーい!」
「よろしくね、エディ」
三人はエディに笑いかける。ほっとしたように、エディも三人に笑顔を見せた。
何も持っていく必要はない、とヴィムに言われたから、エディは何も持ってきていない。ペリーヌとヨハネス、マノロはさっきすれ違った時に鞄を持ってきていた。ちょっとだけ、それがエディは恥ずかしいが、彼等の鞄に入っていたものはお弁当だと知るのは、翌日の事だ。
「さて、昨日のおさらいから、と行きたいところだけれど、今日は新しくエディ君が仲間に加わったから、最初からおさらいをしよう。
エディ君、全てを一度に理解しようとしなくていい、今はただ、そういうものなんだな、と、聞いていておくれ」
そう言ってタノ司祭は、教壇代わりのテーブルの前に椅子を持ってくる。そして窓際にある低い本棚から、分厚い本を一冊持ってきて表紙とそれから数頁開いた。
「君たちの学ぶ『文字』とは、経典を記すのに使われている文字だ。つまり文字とは、我らが神から教えていただいたものである。さて、ここは教会であるのだから、どのように神から賜ったのかについても学ぶ必要があるわけだが、それについては次の礼拝の時に譲るとしよう。ちなみに次の礼拝の日が私の説法の担当なので、そこで話すことにしようか」
ヴィムはお仕事の話をしに行きましたが、今回はエディが主軸の話なのでそちらには触れないつもりです。
魔法の話がさっぱり出てこない…。
20190804 加筆修正