エディの長い一日 -1
前回のあらすじ
夕飯を食べに行ったら芋祭でした。
エディがヴィムに弟子入りをした、翌日。
ヴィムの家のベッドはエディには慣れないほどふかふかだった。けれど山道を歩いた疲れと、憧れの人に弟子入りをお願いするんだという緊張から来る疲れとで、エディはすぐに眠りに落ちた。カーテンを超えて入ってくる朝日の眩しさに、じわじわと喜びがエディの中で湧き上がってくる。
憧れの魔導師様に、弟子入りが出来たのだ。
そして今日から、学ぶ事が出来る。
まずは今日、教会にある学校に行き、そこで学べるように司祭様にお願いしてくれるという。しばらくは教会の学校で文字を学ぶのだ。
エディは起き上がると昨日とは違う服を着て、昨夜の内に汲んでおいた水で顔と手を洗った。部屋には小さいが瓶があり、ヴィムが言うには王都の学院に行く頃には、毎朝この瓶に魔法で水を張ることが出来るようになるという。
それは魔法の基本であり、それが出来ないようでは王都の学院に入学は出来てもすぐについていけなくなるとも。
けれどエディはまだそんな方法は知らないため、昨夜はヴィムが瓶を満たした。灯火の魔法使いについてなどは、まあ、おいおい教えようとヴィムが言ったのは、エディの耳に届いていただろうか。大概の弟子は、初めて見る魔法に興奮して、大事な事を聞きもらす。ヴィムは師匠になるのが初めてではないから、それは分かっていたので、魔法に興奮するエディを笑ってみていた。
部屋を出て、廊下の突き当りにある階段を降りる。
そうだ、昨日は驚いたことがもう一つあったのだ。
この家には、トイレと風呂がある。エディの村では、トイレは共同だったし、風呂はない。夏は水、冬はお湯で濡らした布で体をぬぐうだけだ。大人になれば近くの川まで行って水浴びが出来るが、エディはまだ川に行くことを許されていなかった。
エディはヴィムと一緒に風呂に入って、体を洗われた。山道を下りて来たからエディの体は汚れていたし、エディの部屋はしばらく掃除されていなかったから、埃で汚れてしまい、お風呂は気持ちよかった。
毎日は入らないが、汚れた時は入るものだとヴィムに教えられ、よくわからないままにエディは何度も頷いた。
単純にヴィムが風呂嫌いのためあまり入らないだけであり、エディが自分で浴槽に水を張り、水をお湯に変じることが出来るようになれば毎日入っても問題はない。それどころか、その頃には魔法の練習のために毎日沸かすようにと言われるようになる。
もっともそれは、もうしばらく先の話。
「ああエディ、起きてきたのか」
「おはようございます……師匠」
倉庫の向かいにある台所のドアが開き、ヴィムが顔を出した。師匠と呼ぶのはまだ少し気恥ずかしいが、その内慣れるだろう。自分はもう、あの人に憧れるだけの子供では、無いのだから。
「おはよう、エディ。それじゃあ、朝の仕事を始めよう」
「はい!」
村では、朝食を食べる前に大人たちは畑を見に行っていた。子供たちはその間に、村の中心にある井戸へと行き、水を汲みそれぞれの家に運ぶ。街でも、そういった仕事があるのだろう。
「台所のこの戸棚に、いつもパンを入れている。今日はこれが無くなっているから、買出しに行こう」
「はい」
ついておいで、とヴィムはエディに言って店のドアを開けた。
ヴィムの店は、街のメインストリートからは外れている。この街は東西南北四方に門があり、ヴィムの店は南門に近い場所にある。エディの村へ行くには、北門を抜けるのが近い。東の門を抜け、街道沿いにどこまでも行けば王都へ、西門を抜けこちらの街道をどこまでも行けば領都へと辿りつくだろう。この街の中心には大きな教会があり、東門から教会へと通じる道が、この街のメインストリートになる。
南北を結ぶ通りを渡り、メインストリートから一本裏に入った道を歩く。エディは一人で歩いてはいけないと村の大人たちに言われるような通りだが、今は朝の清々しさの中、人通りはほとんどなかった。
「この辺りに、私の幼馴染がやってる美味しいパン屋があってね。エディがこの街に慣れたら、一人で買いに行ってもらう日も来るだろう」
「はい」
メインストリートだけではなく、裏道にも石畳が敷かれていることに驚きながら、エディはヴィムとともにゆっくりと歩く。
ヴィムに言われて街並みを見渡せば、どの家も石造りだった。
「石は燃えないからね。この街で火事が起きないというだけで、私の仕事はありがたいことに減る」
完全にない訳ではないが、それでも小さいボヤ程度ならヴィムは呼ばれない。近在の者達で水をかけたり踏んで消したりする。それらの方法について、消防団の者達と考えるのも、灯火の魔法使いの仕事だ。
そんな事を話しながら歩いているうちに、目当ての店へと辿り着いた。まだ朝の早い時間だが、その店に近づくにつれとても良い香りがエディの鼻孔をくすぐった。
20190804 一部加筆修正。