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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
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弟子の来た日 -3

前回のあらすじ

エディは弟子になる事が出来ました

 ヴィムに案内されたエディの部屋には、クローゼットがあって、机があって、ベッドもあった。少し埃っぽいが、しばらく弟子がいなかったと言っていたから、それでだろう。部屋の掃除は、食事から帰って来てからだとヴィムは言ったので、エディはクローゼットに荷物を押し込んだ。

 エディの荷物は多くない。村から、ここまで自分で持ってこられるだけだ。

 母と伯母と、祖母とそれから、村の人達が準備してくれた新しい服が二着と、数枚の替えの下着。それですべてだ。

 それらをクローゼットの中にしまって、二か所ある窓を開けて空気の入れ替えをする。

 窓の外は夕暮れで、エディには街が燃えているように見えた。火事の炎ではないから、辛くはない。

 喧騒が聞こえる。この街は、おじさんが言うにはこの辺りで一番大きな街で、あの塔はきっと教会だ。教会の学校には、何回か行ったことはあるけれど、本当に数える事が出来るほどで、そうだ、まどうしさまに読み書きができないのだと言わなければならない。

 ああぼくは、街に、来たのだ。あの人の弟子になることを許されたのだ。

 エディは深呼吸して、慣れない街の空気を胸いっぱいに吸って、吐いた。

 さあ、まどうしさまの所へ行こう。窓を閉めて、エディは階段を下りた。


 エディはヴィムに連れられて、夜の騒がしさはまだない食堂へとやってきた。それでも、エディにしてみればその喧騒はまるでお祭りのようだ。あっちのテーブルでは髭の生えたおじさんたちがジョッキを片手に笑っていて、あっちのテーブルではお兄さんたちが山盛りのポテトを食べていた。


「お、魔導師様、新しい弟子かい?」

「やあベッティ、今日から私の弟子になったエディだ。そこのドア脇の席に座っても?」

「ああいいよ。いつものでいいかい?」

「今日はメニューをもらおうか」

「あいよ」


 ドアの脇にある三人掛けの丸テーブルに、そっとエディの背中を押して誘導する。見慣れない光景に、エディはきょろきょろともの珍しそうにあちこちを見ていた。

 村で育った子どもにとってはそうだろう。食事は家で取るもので、食堂にくるなんて、昼間街についてきた時だけだ。

 ヴィムはベッティから受け取ったメニューを、エディに渡そうとした。黒板に白墨で、色々と書かれている。


「あの、ぼく。字は、ちょっとしかまだ読めないんです」

「そうか、それじゃあ明日は教会に行こうか」


 魔法使いにとって、文字の勉強は大切である。必須であると言ってもいいだろう。

 魔法使いだけではなく、街で生きるのなら読めた方がいい。読めなくても、食堂のメニュー位なら誰かに聞けばいいし、何なら食べている人を指さして、あれが食べたいと言ってもいい。

 だが、エディは魔法使いになるのだ。最初の授業を、ヴィムは始める。


「さて、せっかく受け取ったのだから、なんて書いてあるか教えてあげよう。板は見えるね?」

「はい」

「メニューをここから順に読み上げるから、食べたいものがあったらいいなさい。メニューが分からなかったら、もちろん聞いていい」


 メニューを指さして、ヴィムはそこになんて書いてあるのか読み上げる。新しい弟子が来るたびに、ヴィムは同じように教えることにしていた。大体の子供が、食事のメニューには興味を示すからだ。教材として申し分ない、とヴィムは思っている。


「ポテトとチーズのグラタンに、いんげんと人参のソテー。チキンのトマトソテー、添えてあるのはフライドポテト。マッシュポテトに、人参と豆のソテー。

 なんだベッティ、芋をそんなに買い込んだのか?」


 芋はよく食べるが、ここまで定食の全てがポテト尽くしの事はそうは無い。すべての付け合わせにマッシュポテト、ということは以前あったが。あの時は確か、また看板娘だったベッティがマッシュポテトづくりにはまってしまったんだったか。美味しかったので誰かも文句は出なかったと、ベッティが胸を張っていたのを覚えている。


「ピッカルーガの村でね、芋が大豊作だったらしくて。安くするから痛む前に買ってくれって泣きつかれちゃ、仕方ないだろう」

「なるほど、それでか。

エディ、どれが食べたい? ああ、ここの食堂は、全部にパンとスープが付いてくるから、主食だけ選ぶ形になるな」


 エディはヴィムに促されて近くのテーブルを見た。どのテーブルでも、籠に山盛りのパンと、並々と注がれた大きなスープボウルが、テーブルの中央を占めていた。


「さて私は何にしようかな……どれもうまいだろうから悩むな」

「ぼく、マッシュポテトが食べたいです」

「じゃあ私はグラタンにしよう」


 注文を終えた二人は、たまにヴィムに話しかけてくる者達にエディを紹介しつつ、明日からのことを話す。エディがヴィムの元で学ぶ事が出来るのは、二年間。その二年が終われば、乗り合い馬車で十日はかかる王都まで行き、魔術学院に入学することになる。入学するために必要な知識を、この二年でエディは学ばなければならないのだ。


「まず明日は、教会に行く。そこで司祭様にエディが弟子となったことを伝え、教会の学校に通えるように手配しよう」


 文字の読み書きができるようにならなければ、基本魔術について覚えることもできない。そうは言っても、文字の読み書きができるようになってから学びだしたのでは遅い。


「まず一か月。エディは学校に行き、読書きや算術を集中的に学んでもらう」

「わかりました、まどうしさま」

「ああそれと、私の事は師匠か先生と呼ぶように。魔導師様、とは呼ばなくていい」


 エディは頷いた。

 魔導師様、という言葉の意味を、彼はまだ知らない。


「はいよ、山盛りマッシュポテトに野菜のソテー、こっちはヴィムのグラタンだ。あっついから気を付けなね。まぁた口の中やけどするんじゃないよ」

「諦めろベッティ、私は諦めた」

「諦めるんじゃないよ、あんた灯火の魔導師だろ」

「グラタンは火が出てないだろう、あるのは熱だ。私は熱を操れる訳じゃない」

「そういう話じゃないだろ。ちゃんと気を付けて食べろって言ってるんだよ。あんた師匠なんだから」


 ぽんぽんと紡がれる、ベッティとヴィムの気安いやり取りに、エディは目を丸くする。

 ヴィムはまどうしさまで、もっと尊敬されていると思っていた。少なくとも、ニベル村ではそうだ。なのに、街の人はなぜこうもヴィムに気安いのだろう。さっきからヴィムに話しかけてくる人みんなそうだ。エディの事を新しい弟子かと問い、頑張れよと頭を撫でてくれるのは、悪い気はしないけれど。

まるで、友達のようだ。


「エディ、あんたはこんな師匠みたいになっちゃダメだよ」


 ベッティはそう言って、笑って、他のテーブルと向かった。


「私はね、エディ。

 この街で生まれて、育って、君みたいに灯火の魔導師になりたいと思ったわけでもなく、ただただ魔力があったから、祖父に色々仕込まれて、王都の学院に送られて、そして魔導師になっただけなんだよ」


 ふー、ふー、とグラタン皿からすくい上げたスプーンに息を吹きかけて、ヴィムは言う。それでも口に放り込んだグラタンは熱かったのか、あふあふとその後しばらく息を吐いていた。

 たくさんお食べ、とパンの籠をエディの前に置いて、スープもカップにすくってやって、ヴィムはエディに言う。


「だからこの店のベッティは、私の幼馴染だ。

 エディ、君には不思議な光景に見えただろう?

 私は尊敬されるべき灯火の魔導師で、本来ならこの街には四人の魔法使いが常駐するべきのところ、もう十年は一人でこの街を護っているというのに、彼女の態度には尊敬なんてなかったと。

 私には、その方がありがたい。だからエディ、君も、私に対して必要以上にかしこまらなくていいんだ」


 そうは言っても、すぐには無理だろうねと、笑ってヴィムもスープを飲んだ。


20190721

加筆修正を行いました。

大筋は変わっていません。

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