概論:魔力 ‐1
前回のあらすじ
食堂で夕飯のメニューを読む練習をしました。
そろそろ店の名前決めた方がいいのでは?
「それでなんにする?」
ヴィムに呼ばれたペリーヌが、二人のテーブルまでやって来た。
手には帳面を持っていて、それで注文を取っているのだろう。支払いはテーブルごとに前払い。
「私が鳩のレモン漬けでエディが山羊肉のボール煮込みだ。それとこれからエディに少し講義をするから、先にお茶を頼むよ」
「はぁい。エディ、あたしね、豆の煮込み手伝ったの。楽しみにしてて!」
まだペリーヌは子供だから、味付けなどは父親がやっているだろう。それでも、手伝いであっても、調理場に入れたことが嬉しいのだろう。
ペリーヌはエディに笑って伝えて、注文を厨房に伝えにいった。
「さて。それじゃあ待っている間に、約束通り少し魔力についての講義をしようか。実践は帰ってからになるけれどね」
これから教えることは、決してすべて暗記する必要はない。どうせこれからも、学院に行ってからも、折を見てチラチラと顔を出す話だからだ。けれど今ここで聞いておくと、後日聞いたときにそれ以降の習熟に差が出る、それだけのことだ。
ヴィムは、そんな風にエディに前置きをした。
もっとも、その言葉の意味も、エディには少し難しかった。
「おぉい、灯火の魔導師さまの講義が始まるぞ! 魔法使い連中は中に入って、聞かせてもらえ!」
エディたちの隣の席に座っていた男が、店の中と、それから外へ向かって声を張り上げた。ビクッとするエディの肩に手を伸ばして、ヴィムは軽くさすった。エディが、落ち着くようにと。
ざわめきと共に、何人かが椅子と食べ物をもってテーブルを移動してきた。近くのテーブルにいた男たちは変わってやったり、場所を作ってやったりする。身ぶり手振りで、ヴィムに開始をもうちょっと待つようにと伝えながら。
「市井の魔術師の大半は、師匠から詳しいを話をされないこともあるらしいからね。なんなら独学って人もいると聞くから、まあ、少しだけはね」
魔導師。弟子を持ち、教え、導くもの。それを許されたもの。
その数は多くはない。大概の魔術師や魔法使いは、己が研鑽を積むことに関しては貪欲だが、その知識を後輩に残すことを望まないものも多い。
人々が席を移動したりしている間に、ペリーヌがテーブルに冷たいお茶の入った大瓶と木製のコップを二つ持ってきた。
「ありがとう」
「あたしも少し楽しみなの」
ヴィムはコップにお茶を注ぎ、唇を湿らせた。
「さて魔力についての説明を始めよう。
魔力とは、大別するなら二つに別れる。
ひとつはこの世界にたゆたっているもの。もうひとつは私たちの体内に存在するものだ」
ヴィムはゆっくりと人差し指を一本立て、くるりと回して見せた。
「まず世界に満ちているものについて。こいつについてはまだよくわかっていない。詳しいことが聞きたいなら数日徹夜なんなら飲まず食わずを覚悟して、王立学院の研究所にいるストークマンのところに行くといい。紹介状なら用意しよう」
恐らくは、魔術師ではないのだろう客の間から笑い声が漏れる。そこまでの覚悟が必要なのかと、そして、そう言うヤツはどこにでもいるのだなと。特に鍛冶工房に勤める者たちの間から小声が漏れていた。
「さてここで私が説明するのは、人の体内にある魔力について、だ。
私たち魔法使い、魔術師はこの魔力を操作することによって魔法やら魔術やらと呼ばれるものを使う」
「おーいヴィム、魔法使いと魔術師ってのは違うのか?」
隣のテーブルの、ヴィムがエディに教えることを告げた男が不思議そうに問うてきた。ヴィムは彼を見て数度まばたきをして、そうか、と小さく呟いた。
「ちょうど質問もあったことだし、それにからめて説明を開始しようか。
魔法使いには四種類ある。灯火、漣、微風、大土の魔法使いだ。彼らはひとまとめに、色の魔法使いと呼ばれる。
エディは、私が魔術を使うところを見たことがあるね?」
「あ、はい。火を起こしたりするとき、ですよね?」
「そう。火を起こすときは赤い魔力が、コップに水を満たすときは青い魔力が、洗濯物を乾かすために風を呼ぶときは緑色の魔力が、大地……畑を耕すときには、茶色い魔力をおおむねまとう。
この事から、色の魔法使い、色の魔術師、という言葉が生まれたんだ」
ヴィムはお茶を飲み、空いたコップの縁をなぞって、少しだけ水をいれた。その時近くに居た者たちは、ヴィムの手が水色のもやのようなものにおおわれているのを見た。
「おおおおお」
「おい見たか今の」
「あれが魔力か!」
「ちなみにこの色の分類については、大昔、まだ戦乱の時期の魔術師がつけたものになる。人によって、実は色が異なるからね」
なぜ色が異なるのかについても、研究しているものはいる。古くは賢者マルグレータ、新しいところで賢者ロルフ。いくつか仮説はあるけれど、まだこれといって確定には至っていないという話は、エディにはまだ早かろうとヴィムは割愛する。
「私たち魔法使いは、ひとつだけの魔法に特化するから、色の魔法使いと呼ばれる。
他方魔術師は、極力、出来るだけ、出来る範囲で、すべての属性の魔術を覚えるべきだとされていてね。そのためすべての色を混ぜた色、内包した色である黒の魔術師と呼ばれる。
しかし一色だけしかつかえないものもそれなりにいてね。彼らは色の魔術師と呼ばれるけれど、それは蔑称だから言っちゃ駄目だよ」
何人かの魔術師が、そっと顔を伏せたり背けたりした。
街の人たちはそれに対して見て見ぬふりをしたし、ヴィムもエディに語りかけるにとどめておいた。他の誰が言うよりも、灯火の魔導師たるヴィムと、その弟子で未来の灯火の魔法使いであるエディは口にしてはならない言葉なのだと。
「さて、ここで一旦魔力の話に戻るよ。
魔法を使うから魔法使い、魔術を使うから魔術師。じゃあその分類の違いについてを語るには、魔力について説明しないとね」
「その前にご注文の物を受け取っておくれではないかい」
女将のベッティがお盆に一杯付け合わせを持ってきた。
エディの頼んだ平たいパンのホプスはかごに一杯、オムレツは二つ、小鉢に盛られた豆の煮込みに、丼一杯のスープ。取り皿は二つ。
次回は16日18時です。
大体隔日でアップしていきたい。
20220106
タイトル修正しました。