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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
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エディのローブ -6

前回のあらすじ


仕立て屋のナタリアの孫娘がヴィムにちょっとだけ弟子入りすることになりました。

跡継ぎ問題はこれで解決だね!

 街でただ一人、魔法使いのローブに魔力を込めた刺繍をすることができるナタリアは、そろそろ高齢の域である。娘のシャルロッタは服の採寸や仕立て、古着の直しは得意だが、刺繍は得手ではなかった。

 長く悩まれていた跡継ぎの問題は、今度成人するシャルロッタの娘、エルサが興味を示したことによって一応の解決を見るようだ。

 もっとも、彼女はこれからナタリアによって刺繍を仕込まれ、ヴィムによって糸に魔力を流し続ける術を学ぶ。まだまだ跡継ぎ問題は解決していはないが、あとはまあ、エルサの頑張り次第だろう。


「さてそれじゃあ、魔方陣を見せてもらおうかね」


 ナタリアが、ヴィムの方に少しだけ身を乗り出した。

 魔方陣は基本、人に合わせて描かれる。服を採寸して仕立てるのと同じように、個人に合わせて作られるものだ。


「今回はいつもと同じ耐火の魔方陣でいいんだけれどね」


 しかし、消防団の服に刺されている魔方陣はすべて同じものだ。彼らは直に炎と対峙しない。いや、街の中でおこった小火ぼやが相手の場合は消防団が消し止めるから、その辺りも考慮には入っていた。

 けれど、個人の体格などは考慮されていない。


「少し思い浮かんだことがあって、ここの部分を変更したんだ」


 魔導師の弟子は、街中の小火ぼやに対峙することはない。彼らはまだその方法を教えられないから、そういうことは行えないのだ。彼らのハーフマントに刻まれるのは、そういう意味もあっていつも同じものだった。


「ああいや、そういう話は同じ魔導師としておくれよ。あたしが見たいのはそういう細かいところじゃなくて」


 しっし、とナタリアはヴィムを紙の上から追い払って、全体をまんべんなく眺めた。描かれた文字を――彼女には紋様にしか見えないそれを指でなぞって全体の長さを把握する。


「ああ、特に新しく糸の発注はしないでも良さそうだね」

「終わりそうなのかい?」

「誰かさんが大量発注かけるお陰でね、どうにも確認しないとやってけないのさ。魔導師様におかれましてはご理解いただけないかもしれませんがね、こういう下町にある小さな仕立て屋にとってはね、魔力を馴染ませる事の出来る刺繍糸ってのは高価なんだよ」


 ナタリアはひとつ大きめの溜め息をついた。どうせヴィムには理解できまい。

 あの小僧の家は元々こういった職人の家ではないのだから。祖父もその前もずっとずっとこの街を守り続けていた魔導師だ。理解される方が困る。


「すまない、必要であれば先に支払っておくよ。布と同じに」

「ああそうか、そうしてもらってもいいやね」


 どうせ使うものだし、と、ヴィムとナタリアは頷き合うが、そういう話じゃなかったはずなんだけどねぇと、シャルロッタは苦笑を漏らした。


「まあそれはそとして、さ。

 若い頃なら十日もあれば出来上がったけれど、寄る年波には勝てなくてねぇ」

「張り合ってお体を壊される方が困りますよ」

「ごもっともだね。だから出来上がりには二十日ほどもらうが、問題ないね?」

「ええ。エルサのこともありますし、丁度いいかと」


 ドアのところに立っていたエルサが、すっと背を伸ばす。

 二十日。

 ナタリアがエディのハーフマントに刺繍を施し終わるまでが、エルサに与えられた時間であった。


「ああ、そんなに緊張する必要はありませんよ。出来る人は本当に一日あれば終わりますから」


 ヴィムが彼女に教えるのは、糸に魔力を込める方法だけである。それより先は、彼女が一人で練習するだけだ。問われても、ヴィムに答えられることは少ない。

 静かな場所で一人、練習することは大事で、ヴィムはその場所を提供するだけにすぎない。少なくとも、ヴィムはそのつもりだった。


「それじゃあナタリアさん、あとはよろしくお願いします」

「はいよ、出来上がったらエルサに持たせるなり伝言するわ」

「よろしくお願いします。エルサ、また明日」

「はい、明日から、よろしくお願い致します。魔導師さま」


 そう呼ばれるのは、あまり好きではないんだけれど、と笑い飛ばして、ヴィムはエディに帰ろう、と促した。


「ありがとうございました。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ヴィムに促されたエディは椅子から立ち上がり、ナタリアと、シャルロッタと、エルサに頭を下げた。


「とても、楽しみにしています」


 街の人たちが、すれ違う度にエディに言うのだ。頑張れよ、と。

 頑張りたい、とエディは思う。その一歩が、このハーフマントだ。これがあれば、近くで学ぶことが出来る。それがどんな学びなのかは知らないが、きっと、それはエディの身になるものだ。


「買い物をして帰ろうか」

「あれ、夕飯はペリーヌのお店じゃないんですか」

「ああうん。そのつもりだけれど、明日の昼以降の分も少し買っておかないとね」


 手慣れた主婦たちとは違い、ヴィムは料理が得手ではない。それ以外の事柄もどちらかと言うと得手ではないが、食材を使いきるとかそういったことがとても苦手である。

 それに明日からは、エルサも来るのだ。少し、昼食になるものも買っておいた方がいいだろう。シャルロッタのことだからエルサにヴィムの分も持たせてくれるかもしれないが、さすがにエディと同じサンドイッチを昼食にしているのを見られるわけにもいかない。


「パンはまだありましたよね。ハムやベーコンなんかもまだあったと思いますけど」

「野菜が少し足りないな。スープの具にするつもりで、いつも同じものしか買ってないから、たまにはなにか違うものでも買ってみようか」


 ものづくり通りを出て、教会の前へと戻る。陽は沈みかけているが、まだ街頭に火は灯っていない。八百屋によるくらいなら、大丈夫だろう。


「聞くのを忘れていたが、まだ腹具合は大丈夫かい?」

「大丈夫です」

「じゃあ、買い物して帰ろうか」


 今日は思いの外早く終わった。ああ違う、今日が早かった訳じゃない。


「君の姉弟子のエリーナはね、仕立て物屋でシャルロッタさんと盛り上がっていたんだ。襟の形からボタンまで、二人であれじゃないこれじゃないってすごい盛り上がってね。

 私もナタリアさんも口を挟みそびれてしまって、もう暗くなってから帰宅するはめになったんだ」

「あ、そういえばなんか聞かれた気がします」


 よくわからないから、おまかせにしてしまったけれど。


「うん、私もワイアット、君とエリーナの兄弟子にあたる、今君が着ている服を購入した彼もその辺りに頓着はなかったから、気にする必要はないよ」


 エリーナがそういう子だった、というだけの話だ。

 だから買い物をする余裕なんてないだろうと思ってしまったけれど、実際は八百屋くらいなら寄れそう、という話だ。


次回更新日は9日18時です。

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