エディのローブ -5.5
前回のあらすじ
エディは仕立て屋さんで採寸をされました。
今回はその採寸の途中からです。そのためなんとも中途半端なナンバリングに
「それでは最初の魔法の講義をしよう」
エディはシャルロッタに腕をとられ、ヴィムに向き合うように立っていた。力まずに、と言われても、服を仕立ててもらうのなんてはじめてで、どうしていいかわからない。
「私達ともしびの魔法使いは、火に愛されている。しかし、熱を感じない、というわけではない」
そこを間違えないように、とヴィムは念を押す。火に愛されているから火に焼かれて死ぬことはないが、火傷をしないわけではないのだ。
「だから耐火の魔術の施された、ローブを師匠は弟子に贈る。
それがなければ、消火の現場に弟子はついてこれないからね。間近で見ることができなければ、なんの学びにもならない」
手をあげて、とシャルロッタに言われれば手をあげ、反対を向いてと言われればエディは素直にそれに応じた。
それを見つめながら、ヴィムはエディに合わせて書き上げた新しい魔方陣を記した紙をテーブルに置く。
「黒の魔術師、一般的には黒の魔法使いと呼ばれる彼らの行う魔術は、己の体内にある魔力を練り上げて世界へと干渉する術になる。これは、魔力さえあれば誰でも行うことができる」
「うちのお母さんもそうねぇ」
はい、おしまい。
そう言って、シャルロッタはエディの肩をポンと叩いた。礼を言って頭を下げるエディににこにこと笑いながら、シャルロッタはエディにも椅子を進め、一度部屋を辞した。
シャルロッタがお茶を淹れたカップを持って戻ってきてから、ヴィムは口を開く。それはけして長い時間ではなく、エディが一息つく頃にはシャルロッタは戻ってきた。
「そうですね。ナタリアさんは己の魔力を糸に込め、その糸に魔力を流し続けながら刺繍を刺すことによって魔方陣を世界に刻みます」
「あの、師匠……」
エディには、ヴィムの言う言葉は難しい。
いくつかの単語はわかるけれど、それだけだ。
ヴィムもシャルロッタも今はそれでいいことを知っている。しかし、初めてのエディにはなにがなにやらわからないのだ。
「エディ、うちにある魔道具に私が魔力を流すのは見えるね?」
「はい、いろんな色がありますよね」
「あらやだ、この子もう見えてるの?」
「いや見せているんだよ。まだ見る方法は教えていないよ」
シャルロッタが口を挟むから、授業は遅々として進まない。別に急いでいないから、ヴィムはシャルロッタの問いにも応える。
「あれと同じ要領で、魔道具じゃないものにも魔力を流すことができる。それ自体は簡単なんだけれどね」
「嫌ですよ、魔導師様ったら。自分が簡単にできるからって、誰もが簡単にできると思って」
「簡単なんですよ。少なくとも、簡単に出来なければ魔法使いにも魔術師にもなれない」
それもそうだな、と、エディは思う。
きっとそれは、包丁が使えなければ料理人になれないとか、弓矢が使えなければ狩人になれないとか、きっと、そういうのと同じなんだろう。まだ弟子入りしたばかりの自分や、魔法使いでもないシャルロッタさんにとっては、難しいだけで。
「ところが、魔力を流すことを維持しながら刺繍を刺す、となると難易度があがる」
だからナタリアの跡継ぎは問題になっているのだ。
「私は出来るか、と言われれば刺繍ができない、と答えるよ」
魔力を維持し続けることはできる。灯火の魔導師としての仕事の時は魔力の維持をするからだ。だからそれ自体は問題がない。
ヴィムは刺繍をしたことがない。やってみようと思い立ったこともない。布と糸の無駄遣いであることを理解しているためだ。
「遅くなりましたね」
三人で談笑をしていたところに、シャルロッタによく似た老婆がひょこっと顔を出した。うつむいて刺繍仕事をするせいで背中は少し曲がっているが、それでもまだお元気だ。
「お久しぶりです、ナタリアさん」
椅子に腰かけたまま、ヴィムはゆるりと笑う。
「はじめまして、エディです」
エディは椅子から立ち上がり、ナタリアに頭を下げた。挨拶はそうするものだと、村を出る前に母と伯母と叔母に口を酸っぱくして言い含められてきたのだ。
「ヴィムはこの間ぶりだね。エリーナはなにか言っていたかい?」
「特にはなにも言っていませんでしたが、まあ嬉しそうでしたよ」
エディの姉弟子のエリーナは、最初にハーフマントを作るときにもそれから学院に入学するための諸々を作るときもとても楽しそうだった。ヴィムが役には立たないだろうと最初からあてにせず、ナタリアのところにも自分で来ていた。楽でよかったな、とヴィムが思っていたこともどうやらエリーナには筒抜けな気がしてならない。
「はじめまして、エディ。あたしがナタリア。あんたたちのローブに刺繍を刺すのを生業にさせてもらっているよ」
ナタリアはゆっくりと、エディを上から下まで眺めた。頭の大きさと、肩幅と、背の高さと手の長さと。まあ今とくとくと見つめたところで、男の子は半年もすればすくすくと伸びてしまう。
エディの兄弟子にあたるワイアットは半年に一回古着屋に連れ込まれていた。彼の服があるだろうから、まあ困りはしなさそうだ。ヴィムがあれを捨てるなんて思い付きもしないだろうし、汚いやつはエリーナにほどかれているかもしれないが、困ったら買いに来るだろう。
「エディのハーフマントに刺す魔方陣の話の前にね、ヴィム、ちょっといいかい」
「ええ、なんでしょう」
カップに残っていたお茶を一口すすって、ヴィムはナタリアを促した。
「あたしの孫、このシャルロッタの娘がね、ちょっと興味を示しているのさ」
「ありがたいことですね」
「そうさね。だからあんたのところにしばらく通わせたいんだけどいいかい?」
「構いませんよ。今エディは昼間の間は教会で勉強していますから、その間にお越しください。ハーフマントが出来上がる頃には、まあ最低限は覚えてくれるでしょう」
「あらよかったわねぇ、エルサ」
シャルロッタが、ドアの方に向いて声をかけた。
「よろしく、お願いします」
そこにいたのは、ナタリアとシャルロッタによく似た茶色い髪に、茶色い瞳をした娘だった。年のころはエディよりは上だろう。成人前くらいだろうか。
「私は刺繍の技を教えることはできないから、そこはナタリアさんに厳しく仕込まれておくれ」
「もちろんさ」
「針と糸、それから布の切れ端を持って、そうだね。明日から来るかい?」
「はいっ!」
エルサと呼ばれた少女は、エディに向かって軽く、頭を下げた。
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次回更新は6月7日(月)18時です。
昨年はどうにも体調を崩しておりまして。
いや、コロナではない。
仕事のストレス発散に書くタイプらしく、自宅待機で大学の夏休みより長く家にいたため書く気が起きませんでした。
でもそんな生活に慣れてきたのでまた書けるように!
慣れたくないわぁ。