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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
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弟子の来た日 -1

 春になって、ニベル村のエディは、10歳になった。


 たとえ夜でも、雨の薄暗い日でも。その店の窓からは、薄明かりが漏れている。ドアの上には、魔法の灯りの灯ったランタンが掲げられていた。

 ここは、灯火の魔導師の店。


からん、からん、からん。

 

「いらっしゃい」


 狭くはない店内の、開けたドアの向かいにはカウンターがあり、深いボルドー色の髪をした男が座っていた。エディの伯父と同じか、少し年上か。

 店内の左右には棚があり、左側の棚には火の入ったランタンが陳列されている。少し、空きもあるようだ。右側の棚には、火の消えたランタンが陳列されている。吊り下げ式のもの、地面に置くもの、机に置くための小さいもの、色々な形のものが置かれていた。それらが陳列されている棚の近くには背の低い棚もあり、そこには蝋燭に油壺や、ランタンを吊るためのロープやらも雑多に置かれている。


「どんなものをお探しかな。形に要望がないのなら、そこの棚にあるものから選ぶといい。火は他のランタンに移すこともできるから用途によってはあっちの棚も見てみるといい」

「あの、ぼく。ぼく、エディと言います。……あなたに、弟子入りしたくてきました」


 ヴィムは、たったひとりで店内に入ってきたエディをじっと見つめた。

 身なりは悪くない。ちゃんと清潔で、捨てられてここに来たわけではないのだろう。

 たまにいるのだ。口減らしとして、魔法使いに弟子入りさせられるものが。


「親御さんの許可は貰っている?」

「はい」

「手紙を持っていたら、貰おうか」

「……おじさんは、字が、書けないので……」


 あぁ、と、ヴィムは頷いた。

 王都や領主の館のある領都といった大きな街には学校もあり、字の読み書きできるものも多い。この街にも学校があるが、誰もが通えるわけでもなかった。

 門戸は誰にでも開かれているが、問題はそこではない。それなりに裕福な家に生まれれば、通うことはできる。しかし今日の口を糊するのにも大変な家では、学校に通うよりも働いて欲しいと思う親が多いのだ。長い目で見れば学校で読書きを習った方がいいと、学校で読み書きを教えている司祭様たちは活動を続けているが、芳しくはないと聞いている。

 そして街から離れた村に暮らす者達の多くは、学校に通うのが難しく、読めても書けないものが多い。たまに街まで大人たちに連れられてきて、何とか読みだけは覚えるのだ。書けるものでも、自分の名前だけがせいぜいの者もいる。

 おそらく、エディの育った村もそういったものなのだろう。


「そのおじさんは今、街にいるかい?」

「はい、えっと、色々買物をして、それからここに来てくれます」

「そうか、君を弟子にするかどうかは、そのおじさんと話してから決めよう」


 しゅん、とエディは肩を落とした。まだ子供である彼には、それは拒否の言葉に聞こえたのかもしれない。


「おじさんが来るまで、荷物を下ろして棚を見ているといい。その棚にあるランタンは、魔法のランタンだ」


 火の灯ったランタンの置いてある棚を指さし、ヴィムは告げる。

 その棚には、淡いオレンジ色の火が灯ったランタンと、それから緑色の火が灯ったものがあった。オレンジ色の火が灯ったランタンは、エディの目には同じに見えるが二種類あるようで、何か文字が書いてある札が棚に貼ってあるが、エディには読めない。その後に書いてある数字は辛うじて読めるが、ふたつの値段には違いがあった。

 緑色の火が灯ったランタンにも値段と何か文字の書いてある札が棚に貼ってある。どう違うのだろうかと見比べていると、緑色の炎が、ひとつ、瞬いた。


「うわっ」


 他のランタンの炎は動かない。ただ、ひとつ、そのランタンの炎だけが動いた。いや、まだ動いている。ヴィムはそれを見つめているが、声はかけない。エディは、驚きすぎてヴィムに見られていることに気が付かない。

 エディがその不思議な魔法のランタンに見とれているうちに、またドアベルが鳴った。

 からん、からん、からん。


「エディお待たせ。魔導師様、遅くなって済みません」


 多くの荷物を持った男は、ヴィムに頭を下げた。エディの伯父、ユーリである。


「構いませんよ。あまり客のこない店ですし、弟子入りするのなら彼はここでこれから過ごさねばならない。退屈するようでは、勤まりません」


 驚いた顔をするエディに、ユーリはそれもそうだと頷いた。

 ヴィムの弟子は皆、この店で色々と学ぶ。灯火の魔導師の仕事内容から、読書き、店番、そして初歩の魔法もだ。


「さて立ち話もなんですし、椅子を……エディ、手伝ってくれるかい?」

「はい!」


 ヴィムとしては、エディの弟子入りは歓迎するところだ。しばらく前にたったひとりの弟子が王都にある学院に行ってしまい、色々と日常生活が不便になっていたのだ。一人分の食事を作るのは面倒だし、頼まれたランタンを届けるのも自分で行かねばならないし、家の掃除も自分でしなければならないし、それにそろそろ新しい弟子を取れと協会から催促も来る頃合いだ。

 やる気のない口減らしを押し付けられたら非常に困る。その点、自分の意思で弟子入りをしてくれるのはありがたいしなにより、近くの村の者ならいつでも里帰りをさせてやれる。それは、ヴィムの精神的にもよかった。

 エディをカウンターの中へと呼ぶ。そこには今までヴィムが座っていたものの他に、もう一つ丸い木の椅子があった。これを、カウンターの向こう側ではあるが、すぐそばに出してくれと告げた。

 一方ヴィムは、店の奥のドアを開け、そのすぐ脇にある物置からもう一つ椅子を持ち出した。今のところ、ヴィムの弟子は常に一人だった。だからこの椅子は、ヴィムの祖父の頃の物。あの頃は、何人もの弟子が常にこの家にいた。今は使っていない二階の部屋も、その内使う日が来るかもしれない。もっともエディを弟子入りさせるのであれば、半年は新しい弟子を取るつもりはなかったが。


「さてエディ。ユーリさん。お話をお聞かせください」


 カウンターの外に丸椅子が二客。そこに、エディとユーリが座る。

 ヴィムは、さっきまでと同じようにカウンターの中の椅子に腰かけた。


「五年前、ニベル村に火事があったでしょう」

「……その節は、お力になれず申し訳ない」


 ユーリの言葉に、ヴィムは頭を下げた。

 五年前、嵐の夜。風がゴウゴウと吹き、バケツをひっくり返したような雨も降っていた。そんな中、ニベル村の近くにある大木に、雷が落ちた。それだけなら、問題はなかった。いや、それはそれで問題なのだが、その雷からの発火で、近年まれにみるレベルの大火事になった。雨でも火は消えず、風に吹かれて火は村を襲った。


「頭を上げてください、魔導師様! あの時、あの嵐の中なのに魔導師様が来て下さったから、村は無事だったんです。村人全員そう思っています」

「しかし、助けられない命があったのは事実です」


 エディの父と祖父と、それから何人か。

 轟く雷の音に怯えた子供たちを安心させるために窓を少し開けて外を見て、彼等は火に気が付いた。火を消すために外に出たのではない。火が出たあたりの家に住まう人々を助けるために動いて――自分たちが帰らぬ人になったのだ。

 雨が降っていなかったら。

 風がもっと弱かったら。

 地面があれほどぬかるんでいなかったら。

 もっと早くニベル村に辿り着くことができたのではなかったか。もっと早く、助ける事が出来たのではなかったか。

 ニベル村の人々は、誰もそう言ってヴィムを責めなかった。こんな雨の中、風の中、嵐の中、地面がぬかるんでいる中。麓の街から来てくださって、ありがとうございます魔導師様。ニベル村の人達は、誰もがヴィムにそう言った。連れ合いをなくしたエディの母も、祖母も、そして他の人々も。

 だからこそ、ヴィムはエディに言う。


「私たちは万能ではない。この手の届く範囲でしか助けられない。

 ニベル村の方々は、誰も私を責めない。かわりにお礼を言ってくださるが、そうではない人々も多い」


 ヴィムの言葉に、エディもユーリを神妙に頷く。

 確かに感謝しているが、二人とて思ったことがあるのだろう。この村に、魔導師様が元から居て下さったなら、彼等は死なずに済んだのに、と。

 それを責めることはできないと、ヴィムは言う。


「エディ、それでも君は、灯火の魔法使いになりたいというかい?」

「はい。灯火の魔法使いになれれば、ぼくは、この手の届く人を、助ける事が出来ますから」


 ユーリは、嬉しそうに笑ってエディの頭を撫でた。


「そこまで覚悟が決まっているのなら、受け入れよう。ユーリさん、エディは今日からうちに来ますか? それとも、後日また?」

「魔導師様さえよければ、今日からでも」

「エディはどうしたい?」

「ぼくは、魔導師様さえよければ、今日からでも!」


20190721

少し書きなおしました。

本文大幅に変更はしていません。


感想、評価、ブクマ、ありがとうございます。

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