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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
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エディの長い一日 -13

お客さんが帰りました。

ヴィムはエディに仕事着のローブを見せて、今度作りにいくよと伝えました。

「それじゃあ今日から勉強を開始しよう。店のドアにかかっている札をひっくり返してきてくれ。今表になっているのは、クローズ、店が開いていないという意味だ。ひっくり返すと書いてあるのは、オープン。開店していますよ、という意味になる」


 話し言葉と書き言葉では、違うものもある。クローズ、オープンという言葉をエディが聞いたのは初めてだった。


「どのお店にも、そういう札はあるんですか」

「さて、店によるのではないかな。私が教えることは簡単だが、自分で街を歩いて調べてみるのも楽しいよ」


 文字は、エディが思っているよりも色んなところにある。

 山の中の村で育ったエディのこれまでにはなかったかもしれないが、ここはそれなりに大きな街である。王都や領都のような都と名が付くほどの大きさの街ではないが、街道沿いにある交易の街としてはそれなりの賑わいを見せていた。したがって、それなりに街中にも文字が氾濫している。


 エディはしげしげとドアにかけられた札の表と裏を見比べながら、ひっくり返した。大体みんな同じ反応をするなとヴィムは思う。


「返してきました!」

「おかえり、エディ。

 それじゃあ、カウンターの中にある椅子に座って。高さは足りてる? 黒板で書き取りは出来そう?」

「はい、大丈夫です」


 無理をしているわけでも、気を使っているわけでもなく、どうやらカウンターの高さと椅子の高さはエディにちょうど良いようだった。それを確認して、ヴィムはエディに少し待っているようにと告げ、店から居住部分へと入る。

 一階の台所の奥、風呂の向かいがヴィムの部屋である。彼は自分の部屋に入ると、書架へと手を伸ばした。そこから一冊の薄い本を手に取る。中に書いてあるのはセルベル基本文字の表と、それからグレタ追加文字の表である。

 それを手にして、ヴィムは店内へと戻る。


「エディ、君にこれを貸してあげよう。

 こっちの紙に書いてあるのが、学校で習っているのと同じものだ。

 こちらに書いてあるものが、神学校で習う方の経典に書いてある文字であり、魔術でも使う文字となる」


 グレタ追加文字は、そのほとんどが新しい文字ではない。基本文字の上下に線が引いてあったりする程度のものであり、表になっていればさほど難しいとは感じられない。しかしこれが文章中ないしは呪文の中に混ざるようになると、急に難易度が上がる。


「学校から帰ってきたら、店番がてらここで勉強をしてもらうことになる。まずはこれを渡しておくから、見ないで書けるようになるところからだ」

「はい!」


 エディは学ぶことが楽しいのだろう、楽しそうに返事をする。

 ヴィムから受け取った表をじっと見つめて、今日習ったことを思い返しているのだろう。それからページをめくって、追加文字の表をじっと見つめた。前のページに戻って、基本文字の表と比べたりもしている。

 ヴィムはしばらく、そんなエディを見つめていた。学ぶ意欲があることは魔術師にはとても大切だ。おそらく死ぬまで、何かを学び続けることになるからだ。それを楽しいと感じることが出来なければ、早晩辛くなるだろう。


「それじゃあ夕飯の支度ができたら呼びに来るよ。それまで励みなさい」

「はい、師匠せんせい


 ヴィムは店舗部分を出て、台所へとはいる。すでに今日の客は帰ったから、きっとも誰も来はしないだろう。そもそも滅多に客など来ないのだ。今日一人きたから、これからしばらくは来ないだろう。

 台所からは、なにかを切る音と、なにかを焼く音と、それから美味しそうな匂いが漂ってきて、エディを楽しませた。たまに顔をあげてドアをみながら、エディは黙々と黒板に文字を綴る。黒板全体に書いたら消して、を黙々と繰り返した。


「勉強は一旦そこまでにして、夕飯にしよう」


 奥から顔を出したヴィムが、エディを呼んだ。

 エディはヴィムの指示にしたがって、外に出て札の向きを掛け変える。部屋に戻って鍵を掛けて、カウンターに出してあった自分の勉強道具一式を部屋へと戻す。部屋の水瓶で手を洗ったら、そのまま食堂にもなっている台所へと入った。

 テーブルの上には、沢山のさいころ状にカットされたパンが入った器と、今日の午後一緒に買い物に行った店で買った魚がボイルされたものと、温野菜が添えられた皿。それから、スープの注がれたボウルが乗っていた。


「それじゃあ、いただこうか」


 二人はそれぞれ神に祈りを捧げ、夕食を開始した。


「極力夕食は共に取りたいと思っている。そしてその日一日の成果を教えてもらうことにこれまではしてきた」

「はい。今日は、ええと……」

「文字の書き取りは難しいかい?」

「なんとなくですけど、できるようになってきたと思います」


 まだ見ないで書けはしないですけど、と続けたエディに、ヴィムは小さく頷きを返した。別に急がなくて良い。その代わり、一つづつ丁寧に続けるようにと助言をして夕食は終わった。

 今日は疲れただろうからと、ヴィムはエディに早々に休むようにと伝える。

 大きくはない壺にお湯を満たしたものと、タオルを一枚渡す。寝る前に、これで体を拭いて清めると良いと伝えて。


「おやすみ、エディ。また明日」

「お休みなさい、師匠せんせい。はい、また明日」


 昨日とはまた違った疲れが、エディの体を満たしていた。夕飯で膨れたお腹は、眠気を伴ってディのもとを訪れていた。

 机にお湯の入った壺を置いて、タオルをそれに浸し、体をぬぐう。エディの村では何日か同じ服を着るのは当たり前だったし、子供はそれほど下着を代えもしなかった。という話をヴィムにしたら、前の弟子が使っていたがサイズアウトしたために置いていったという服と下着と寝巻きをもらった。ちゃんと洗われていたお古のそれらに袖を通して、エディは、長い初日を終えたのだった。


これにてエディの長い一日終了です。

次はエディのローブの発注にいく予定です。

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