表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
15/28

エディの長い一日 -11

前回のあらすじ


店にある魔法のランタンについて説明を受けました

現在取り扱いがあるのは全部で三種類です

 ヴィムの住居の一階、店舗部分にある魔法のランタンを置いた棚の前に立ち、ヴィムはエディに店の説明をしていた。棚に置いてあるランタンの値段、ランタンの由来。そして、使用期限。この店に来る者にとって最重要な事柄は、値段と使用期限の二点である。納得できれば購入するし、できなければ購入しない。それでいいとヴィムは思っている。

 なぜならランタンを売ることは、副業だからだ。


「こちらの棚についても説明しておこう」


 ランタンが並べられている棚の向かいの壁にも、棚はある。そこに置かれているのは、雑多なものだった。火の入っていない様々な形のランタンが陳列されている。吊り下げ式のもの、地面に置くもの、机に置くための小さな形のもの。ガラスの覆いがないものもある。


「私が封じたランタンは、この街の者に依頼した同一の形のものだ。

 入口の所に看板が掲げてあっただろう? あれは私の魔導師としての紋章で、そこに描かれているのは、スクロールにランタン。そのランタンは、あの棚にあるランタンと同一の形になる」


 灯火の魔導師になったヴィムには、紋章が与えられた。その紋章は彼の弟子たちにも与えられる。王立魔法学院に行く際には、この紋章を刺したタイを首に巻いていくのだ。師匠が誰であるのかを知らしめ、そして師匠の名に恥じぬ行為をするという戒めと誇りをもって。

 また、灯火の魔導師にならず、ともしびの魔法使いになった弟子はそのまま、ヴィムの紋章を店の目印として使う。新たに弟子を取ることのできない彼等は、ヴィムの弟子のままなのだ。

 灯火の魔導師の紋章は、大別すると背後に魔導師を示す本か巻物を配し、その手前にランタンや蝋燭といった媒体を描くことが多い。

売り物のランタンも、その紋章に描かれるものになることが多い。見る者が見れば、そのランタンを見ただけでどこのものか分かるように、と。

 もっとも形にこだわりにある客もたまにいる。エディの姉弟子のエリーナがそうで、ヴィムのランタンが可愛くないとこの棚に置いてあるものを大いに漁って行った。

 また、用途によってランタン自体の形状も変わってくる。他の者では火を移すことはできないが、ヴィムがヴィムのランタンの火を移すことはできる。他の魔法使いのランタンだと、少し手間取ることもある。手馴れぬ者だと、壊してしまうこともあるだろう。


 からん、からん。


「すまない。ランタンが欲しいのだが……」


 ドアが開き、一人の男が入ってくる。身なりは冒険者のようだ。彼はドアを細く開け、首だけをまずは差し込み、ヴィムに声をかけた。扉は閉まっているが、明かりはついている。つまり声をかければ入っても構わないだろうと判断したのだ。


「ああルンゲさん。決心はつきましたか」

「うん、故郷の母ちゃんが見て見たがってたのは事実だし、一番安い奴なら何とか買えそうだし、多分持って帰るの間に合うしいけるかなって」

「ご実家どちらでしたっけ」

「ジギスムントだよ、ギリッギリだろ」


 するりと狭い隙間から店の中に入り込んで、冒険者風の男は棚の前に移動する。足音がしない。そういえば、ドアが開いたときはドアベルで分かったけれど、いつの間に閉じたのだろうと、エディは首をかしげた。

 ジギスムントは、この街から街道を西に行った先にある。山道のため、手前の街まで乗合馬車を使用するなら八日はかかるが、冒険者の足なら六日、野営を厭わないのであれば四日で踏破が可能かもしれない。


「できるならこっちの、火喰いトカゲのが欲しいけどさ」

「待ちますか? こいつが安くなるのは、あと十年は先の話ですが」

「いやいや。それなら今はこいつを買って持って行って、そっちはまた今度にするさ」


 火喰いトカゲの炎は、新しい。十年は持つだろう。それが安くなるのを待つ間に腕を上げて、新しい火喰いトカゲの炎を買って、実家にもっていってやりたいと。冒険者の男は笑った。


「すぐに出るんですか?」

「ああ……ねーちゃんがさ、子供産まれそうだって手紙くれてさ」


 産気づいたのであれば、間に合わないだろう。手紙が届くまでに十日近くかかっているのだ。それから彼が向って、二十日。妻帯もしていない男手があっても何の役にも立たないから、その可能性は否定できないが。


「そうですか、おめでとうございます。

 じゃあ少しだけ、オマケしましょうか」


 内緒だと口元に指を一本立てて、ヴィムは笑う。


「お、助かるぜ」


 分かったとばかりにルンゲも自分の唇に指を一本あてがい、二人はエディを見た。エディもこくこくと頷いて、自分の口を両手で覆う。

 実際のところ、この街に長く住む者達はヴィムがそういう融通を聞かせてくれることは知っていた。いかに残り一週間ほどで値下がりしているといっても、街に住まう四人家族が一週間は暮して行ける金額である。よほど裕福な者でなければ購入は適わない。

 だから、何かと理由をつけてちょっと値引きすることにしているのだった。

 それはヴィムだけではない、内緒、ということにしているが、どこのともしびの魔法使いも行っている。例えばたくさん買ってくれる教会であれば、大口契約であることから割引を、パン屋の窯や鍛冶屋の窯などは通年契約ということで割引など。ただ消えていくのを眺めているのも、物悲しいのだ。


「このままでも?」

「ああ、ありがとう。じゃ、ちょいと実家に顔出してくるわ」

「いってらっしゃい。ゆっくりしておいでと言ってあげたいけど、早く帰ってきてくれた方がいいんだろうなあ」

「なぁに、かーちゃんとねーちゃんがゆっくりなんてさせてくれねぇさ」


 ルンゲはランタンを手に持ち、足音をさせずに店を出ようとした。ドアを開ける時だけは、からん、からんとドアベルが鳴るが、閉まる時はやはり音がしない。エディはそれを不思議そうに見ていた。


「そうだ、坊主お前新しい弟子だろう? がんばれよ」


 閉めたドアをまた開けて、ルンゲはひょいと顔を出してエディに笑いかけた。


「ありがとうございました。頑張ります!」


 ルンゲは手を振って帰って行った。

 まだ夕方にもなっていない。今街を出れば、日が暮れる前には次の街に冒険者である彼の足なら辿り着けるのだろう。


 エディはまだ、店員としての練習を開始していない。けれど、昨日今日といくつかの店を回り、お買い物が終わったお客さんにはそう声をかけるのだということを、何とか思い出した。


ランタンは売れなくても生活できますが、たまに売れます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ