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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
13/28

エディの長い一日 -9

前回のあらすじ

冒険者の店を出て、お昼ご飯を食べに来ました

お昼ご飯は、串焼きです

 街の大通りにある、ヘルガの店という名の串焼き屋で、ヴィムとエディは大盛りの串焼きをほおばった。肉、ソーセージ、人参、芋。そのどれもがエディの拳大の大きさで、噛んだらジワリと沁みこんだタレがあふれ出てきた。皿にソースはかかっておらず、沁み込んでいたのだとわかる。

 確かに空腹もあったが、エディはそれを一心不乱に食べた。


「エディ、パンにはさんで食べると美味いよ」


 その様を微笑ましく見ながら、ヴィムはエディにパンを差し出した。


「ありがとうございます」


 目だけではなく顔を輝かせて、エディはパンを受け取り、残っている具材を挟んで食べてみた。皿に汁は出ていなかったが、パンにはさむと汁がパンにしみた。それがまた、美味しい。

 エディが皿を空っぽにした頃には、籠一杯だったパンも空になっていた。それに、先ほど挨拶してくれた店内の客もあらかた帰ったようだった。空いた席には新しい客が来て、店内は人でごった返している。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 勢い込んで食べていたエディだったが、ヴィムの皿も綺麗に空になっている。細身に見えるが、どうやら意外に食べるようだとエディは少し驚いた。


「さて、午後の話をしよう」

「はい」

「まずは買い物に行く。食材の買い出しもあるが、チョークなども買わないといけないな。

 その後店に帰ったら、これからのことについて話をしよう。日々は、君が思っているよりも早く過ぎていく。王都の魔法学院に合格するのは大変ではないが、今のエディでは合格できない」


 ヴィムの言葉に、エディは頷く。魔力を持つ十二才の子供なら、だれでも魔法学院を受験することはできる。その門戸は開かれている。けれど、魔力を持つだけでは合格は出来てもその後の授業にはついていくことが出来ないだろう。


「それじゃあ腹ごしらえも済んだし、行くとしようか」


 ヴィムは立ち上がり、ヘルガに代金を支払った。ヘルガは礼を言いながら硬貨を受け取る。エディが食べきれなかった半分は、包まれていた。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」

「おそまつ様でした。坊や、たくさん食べて大きくなって、いい男になるんだよ」


 串焼きの包みを受け取りながら、エディはヘルガに礼を言った。本当に、とてもとても美味しかった。ヘルガは嬉しそうに笑って、またエディの頭を撫でる。

 ヘルガの店を出た二人は、八百屋に寄り、肉屋に寄り、雑貨屋に寄り。必要とヴィムが思われるものを買い込んで帰路についた。今日の買い出しはメインストリートを中心に行われ、大体の店の場所をエディは覚えることが出来た。裏道の方に行けば他にも店はあるが、それはおいおい、とヴィムは言う。


「その内、ヨハネスとマノロの探検に付き合わされる日が来るよ」

「行ってもいいんですか?」

「駄目な日もあるけれど、毎日勉強じゃ息が詰まるからね。たまには友達と遊んだ方がいい」


 魔法学院に行ってしまえば、遊んでいる暇など無くなる。学院の敷地内にある寮での生活だから、友人たちとの距離は近くなるが、それだけだ。門を一枚隔てたすぐそこにあるのだが、王都に出ることはほとんどないし、駆け回って遊ぶようなことはしないだろう。

 あの頃の遊びといえば、魔法を使ったものだった。そして大体失敗して、先生に怒られる。たまに成功して、先生にさらに怒られる。いかにばれないように魔法を使うか、という遊びになっていくものだ。

 この弟子である二年間が、最後の、魔法使いではない一般人の友人との思い出を作る、時間となるのだ。


 二人は買い出しを終え、店に戻る。

 店にはもうしばらくクローズの札を出しておき、まずは台所に荷物を運んだ。食堂も兼用になっている台所の、テーブルの上に魔法陣が描かれた布鞄を置く。ヴィムはその鞄から、見た目よりも多くの荷物を取り出した。


「さてエディ、この棚が食材を置く場所だ」


 それは、ただの棚に見えた。戸もなく、ただ棚板があるだけだ。


「よく側面や棚板を見てごらん。エディの家にあったものとは違うだろう」


 エディの村では、野菜は畑になっている物を必要な分だけ取ってきた。肉は狩人のおじさんが仕留めてきたものを、村のみんなで分ける。大体その時に食べ終わってしまうから、保存はあまり考えてはいない。もしも余ってしまったら、燻製にした。それは街に売りに行ったり、冬の間の貴重な食料になったりした。

 それでも、エディの村にも棚はあった。調理器具や食器などが並んだり、大人たちの仕事の道具が置いてあったりするものだ。エディの記憶の中のそれらは古く、大きく、置いてある場所によっては煤けていた。

 それに比べれば、この棚は細身に思えた。棚板も薄く、何か彫刻が施されているようだ。棚板だけじゃない。側面にも、何かが彫られている。それは花や蔓草の類ではないように思えた。


「なんか、彫ってありますね……」

「魔法だよ。この棚には、魔法が刻まれている」


 エディが指でその彫刻をなぞっても、何も起きない。しかしヴィムがゆっくりとその彫刻をなぞると、彫刻が淡く輝いた。限りなく薄い、水の色。


「魔道具、と呼ばれているもので、一般には出回っていない。道具にそれぞれの魔法を刻み込んだものになるんだけどね、魔法を刻むのは、万人が出来るものではないんだ」


 刻み込むための魔法陣を作るのがまず難しい。王立魔法学院出身の魔法使いはこの国ではエリートだが、本人が魔法を使用するのと世界に魔法を刻み込むのは難易度が段違いに異なる。

 その魔法陣を作成し、今度は職人にそれを刻み込んでもらう。今回の棚であれば彫刻を施してもらう訳だが、その間魔力を流し込み続けなければならない。魔力は大小の差こそあれ、基本的には誰でも持っている物である。けれど魔法使いでなければ、魔力を操作するのは難しいのだ。


 そこまで説明して、エディが分かっているかどうかをヴィムは待つ。まだわからなくてもいい。必要な説明をすべて省いて、魔道具の説明をしたからだ。


「これは、誰が作ったんですか?」

「祖父だ。私の祖父も、この街で魔導師をしていた」


 エディはおそらく、ヴィムの説明を正確に把握したのだろう。魔法使いでなければ作成するのが難しいものである、と。


「棚を作成したのは、家具職人だ。祖父は買った棚に、魔法を刻んだ」

「ぼくも、いつかそれが出来るようになりますか?」

「どうかな。私たちともしびの魔法使いは、世界に魔法陣を刻む術を学ぶから、魔法陣を作成するのは出来るようになるだろう。あとは彫刻が出来るようになれば、うん、作れるだろう」


 ひとつ、未来の形が見えて、エディはほっとしたように笑った。おそらく彼が聞きたかったのは、魔法の棚の作成ではなく魔道具自体の作成に対する質問であろうことは分かるが、あえて棚にこだわってみた。この棚は、魔道具の説明をするのにとても楽だからだ。


「この棚に施されているのは、水系統の魔法だ。野菜や肉の保存期間を長くしてくれる」


 永遠ではない。大概の家屋では地下に貯蔵庫を掘ってそこに保存していたりする。この棚は、それと同じ程度保存期間を伸ばしてくれるのだ。


「今私がこの棚の彫刻を撫でた時に、何か変わったことはあった?」

「ふわって水色の光が見えました」

「そう。それが魔力だ。

 エディ、この棚に魔力を流し、発動させる。それがまず、君の目標になる」

「はい!」


 でも魔法の勉強を始める前に、まずは棚に食材を収める仕事を開始した。

 それから、物置から黒板を取り出して、エリーナの使い残しのチョークと一緒にエディに渡した。文字の勉強を、家でも行うためだ。今日買ってきたチョークは、物置に置く。その場所をエディに教えて、今渡したものが終わったらこれを使うようにと伝える。もちろん、物置のチョークが終わりそうになったら新しいのを買うから、ヴィムに言うようにとも合わせて伝える。


「ああそうだ。この布袋も魔道具の一種だよ。見た目便り沢山入るんだ」


この布鞄は、ヴィムの作ったものである。


20190804 誤字など修正

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