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灯火の魔導師  作者: 稲葉 鈴
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プロローグ

 カンッカンッカンッカンッ。


 深夜、鋭い半鐘が四回鳴らされた。音源は街の中央、教会にある鐘楼だ。

 ヴィムはベッドから起き上がると、机の上に置かれているランタンの覆いを取った。部屋の中が、柔らかいオレンジ色の光で満ちる。

 覆いを机の上に置くのとほぼ同時に、机の隣のクローゼットを開ける。

 窓の外では、また半鐘が鳴らされた。

 カン、カン、カン、カン。

 先ほどとは違い、一回一回の間に少し間が空く。

 鋭く四回鳴らし、間を置き、また四回。


「街の北、ニベル村の手前あたりか」


 そう呟きながら、クローゼットの中から一着の赤いローブを引っ張り出す。肩口に縫い取られているのは、消防団の紋章。

 寝巻の上からばさりとそのローブを着こみ、机の上に置かれたランタンと、机の脚元に無造作に置いてあった布鞄をふたつ手に取る。持ち上げた時にカシャリと、鞄の中からガラスのこすれる音がした。

 部屋の中には、ふたつドアがある。そのうちの一つを開き、ヴィムは外へと出た。


「荷物をこっちによこせ」


 ドアに鍵をかける間もなく、にゅっと腕が伸びてきて布鞄を取り上げる。

「助かるよ」

 ヴィムよりわずかに背の高い、幼馴染のアントンもまたヴィムと同じ消防団の紋章が刺された上着を羽織っていた。しかしヴィムと違うのは、ローブではないことと、ヴィムのローブの裾をぐるりと縁取る銀色の刺繍がないことだ。

 ヴィムのローブの裾には、緻密な刺繍が二本刺されている。裾に近い方が銀糸、その上に金糸の刺繍が施されている。知識ある者がよく見れば、それは魔法陣である。魔力が込められた糸を使って、意味のある文様を刺したもの。

 街の北には山があり、山の中腹ほどにニベル村がある。ヴィムの家からではそちらを見ても火の元は見えず。ここまでは木々が燃える臭いもいくら今日は風が強いとはいえ届かない。

 だから二人はそちらに顔を向けて確認したりはせず、北の門へと向かって歩き出した。

 門へと向かううちに、幾人かの同じように赤く、肩口に消防団の紋章をその裾に金糸で魔法の縁取りがされた上着を着た者達と合流した。


「魔導師様、先遣隊はすでにニベル村に向かいました」

「ロンドたちが先に出た。それほど距離もないし、そろそろ道筋もできるころだろう」

「ヴィム、ランタン足りるか? 念の為いくつか持ってきたぜ」


 合流した男たちは次々に、ヴィムに話しかける。親しげに名を呼ぶ彼等は、みな幼馴染だ。ヴィムはこの街で生まれ、育ち、祖父の後をついで魔導師になった。


「ああ、助かるよ。それじゃあ私たちも山登りといこうか」


 先遣隊のロンドたちは杣人である。木を伐り、木を植え、薪や炭を作り、山々を維持してくれている。彼等がいるから、山津波は鳴りを潜め、季節には美味しいキノコを食べることができるのだ。

 街を護る城壁を越え、山を見上げれば山肌の一角に淡いオレンジ色の炎が見える。おそらくあそこが現場なのだろう。ヴィムの魔力では、ここから鎮火はさせられない。少なくとも、火元が目視できる場所か、手が届く場所でなければならない。

 例えば。蝋燭の火を消すくらいなら離れていても可能である。王都の学院から戻ってきた頃だったか、幼馴染たちに囃し立てられてやって見せたことがある。広場の端と端に立ち、幼馴染の持つ蝋燭の火を消したのだ。広場には人通りがあった。吟遊詩人のカンボスさんが歌い、行商人のルリさんの店に人だかりがあった。蝋燭程度の小さな炎なら、目視が一度でもできればヴィムには問題がない。

 しかし火事となると違う。規模が大きければ大きいほど、描くべき消火の魔法陣のサイズが大きくなり、ヴィムの消費する魔力の量も大きくなる。故に、近づけるだけ近づく必要があるのだ。

 それに加えて、心が落ち着いていなければならない。慣れない山登りで息が乱れていては、おそらく十全に鎮火の魔術は行使できないだろう。

 そのために、ロンド達は先に街を出て山を登った。目の前の山を見れば、下草は刈られ、張り出た枝も切り落とされている。

 それがいつも彼等の使っている道でないことは、その乱雑さから明らかだ。ただただ、火元までヴィムが一直線に向かうことができるように、今あつらえられた道だろう。ヴィム達街に住む者達が自分たちで慣れない道を探して登るより、断然早い。


「俺達が先に道を踏みしめるから、魔導師様は後から来てくれ」

「いつも悪いな」


 冗談めかしてそう言った幼馴染の一人に、同じようにふざけて返す。何人かがヴィムに声をかけつつ先に山道を登りだし、ヴィムもアントンもそれほど遅れずに後を追う。

 今日は風が強い。幸いなことに、今はまだ飛び火はしていないようだ。もしも火が他の木々や、それこそ山々に燃え移れば、ヴィム一人ではどうともできない。もっともこのまま幸運なことに飛び火しなければ、すぐに鎮火する程度の火であるとヴィムは読んだ。

 杣人のロンド達と比べれば、ヴィムは体力もなく、山にも慣れてはいない。とはいえ、この街で生まれ育ち、魔導師として山に入るようになってから十年は過ぎている。故に、それほどの時間を使わずとも、火元へと到着することができた。


「ふぅ」


 息をひとつ、大きく吸って、吐き出す。

 それは、山道を登ったことにより乱れた息を整えるためのものでもあり、体内を巡る魔力を整えるためのものでもあった。

 深呼吸ひとつで呼吸も魔力も整えて、ヴィムは柔らかい土の上に膝をつく。家から持ってきたランタンを隣に置き、燃え上がる炎を見つめた。低木の茂みの上部が燃え、高木の中ほどまでが燃えている。下生えには燃え移っていない。

 ロンド達の姿はない。ニベル村に声をかけに行ったのだろうか。

 幸運なことに、燃え盛る炎はすべてヴィムの視界内に収まっていた。

 ヴィムの代わりにランタンの入った布鞄を持ってきてれた幼馴染たちが、その鞄からランタンを取り出し、ヴィムの手の届く範囲に並べていく。それは、一般に使用されているランタンよりも倍は大きい。鞄に二つと入りそうもない大きさだが、不思議な事に五つは出てきた。その鞄も、ヴィムが作った魔法の鞄である。特定の条件下では容量を大きく超えることがあるのだが、彼等はそれに最早慣れている。ヴィムの持ち物が不思議な事は、今さら驚くようなことではなかった。

 口の中で小さく呪文を唱えつつ、ヴィムは胸の前で手を組んだ。次にゆっくりと右手で半円を描くかのように伸ばす。ヴィムの右手の動きに合わせて、地面に魔法陣が描かれた。わずかに遅れて、左腕も右腕と同じように円を描きながら伸ばしてゆく。そうして、地面に焼き付けられた魔法陣が閉じるのと時を同じくしてヴィムは強めに両手を打ち付けた。

 ぱぁん!

 乾いた音が響いて、魔法陣が完成する。風で木々が揺れるが、もう火は動かない。ヴィムの作った魔法陣に、閉じ込められたのだ。


「ふぅぅー」


 どこからか、ため息が聞こえる。ヴィムの魔法陣が完成するのを、息を詰めて見ていたのだろう。もう、これ以上燃え広がらないとわかれば、やはり気は楽になる。


「アントン、パン焼き釜の火は?」

「まだ弱って来てないな」

「そいつは残念。じゃあダリウス。そっちはどうだ?」

「そろそろ頼もうかと思ってた頃だ。ありがたく」

「それじゃあこれは、ダリウスの分、と」


 大きいランタンをひとつ手に取り、ヴィムは魔法陣の中に足を踏み入れる。手を伸ばして燃え盛る炎をひとつ掴み、油の入っていないランタンにそれを入れた。淡いオレンジ色の炎は、しばらく瞬いたが、すぐにそこに落ち着いた。


「もう少しいるかな」


 そう呟くと、ヴィムは再度手を伸ばして、先ほどよりも少ない量をつかみ取りランタンに入れた。先に入れた炎と後から入れた炎がしばらくは混ざらなかったが、すぐに元は同じ炎であったことを思い出したのかひとつになった。蓋を閉め、魔法陣から出てきたヴィムはそれをダリウスへと渡す。


「他に、欲しい人は?」


 ともにいる消防団の人達へと問うと家のランタンがそろそろとかばあさんの家のランタンがとか返事がある。


「小さいのばかりじゃないか。それなら明日、陽が昇ってから私の店まで取りに来てくれ」

「ちがいない」


 笑い声が、響いた。

 もう、脅威は去った。だから、彼等は笑うことができるのだ。


「それなら、先に二つばかし貰おうか。確か教会の灯りがそろそろだ」


 街にある教会は大きく、聖堂の他に司祭たちの住まい、学校や孤児院までも併設されている。聖堂には小さなランタンをいくつも置いて、雨の日でも明るくしてあった。学校も部屋ごとにいくつかランタンを置いてあったし、孤児院も暗闇を恐れる子供たちのために、予備の火入りのランタンを常に用意している。

 それらはすべて、ヴィムが管理している。先ほどと同じように空のランタンを手に魔法陣に入り、炎を掴んでランタンに入れた。合計三つのランタンに炎を封じ込めると、残りはそれほどなかった。

 ランタンの数にして、ひとつか、ふたつ。それでも、ヴィム達が普段使うサイズのランタンにすればかなりの量になる。

 アントンとダリウスは、使わなかったランタンをヴィムの鞄へと戻した。ヴィムは、からのランタンに火事の炎を移し替えていく。最後の火がランタンに移し終ったころ、ロンド等杣人たちが合流した。


「ニベル村は無事だったよ。おそらく火元は、この風だな」

「ああ、今日は風が強いからな……おそらくそれで葉が擦れたんだろう」

「この程度で済んでよかったよ。これなら、この辺りにはまた木が生える」


 ロンド達の言葉に、またいくつもの溜息が漏れる。誰も、人だけじゃない。山の獣たちも木々も、死ななかった。それが、とても嬉しいのだ。


「それじゃあ街に帰ろう」


 ヴィムの言葉に揃いの赤い服を着た男たちは頷き、山を下りる。

 大きな、淡いオレンジ色の炎の灯った、ランタンを手にして。


長文書くの苦手なのに頑張りました。

読むときは5000~10000字くらいが読んでいて読みごたえがあって好きですが、書くのは苦手なので一話が2500字くらいになるかと思われます。

今回はプロローグなので少し長めになります。

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