五大国と神託の十三騎士【二】
黒の組織の奇襲を受けた俺たちは、現在の状況を正しく認識すべく職員室へ向かった。
無策に動くと返って混乱を招き兼ねない――場慣れした会長とローズの冷静な判断からだ。
「――失礼します」
会長は短くそう言って、職員室の扉を開け放った。
すると、
「おぉ、アークストリア様! それに……アレンくんっ!」
「た、助かった……っ。うちの『頭脳』と『矛』が来てくれたぞ……っ!」
先生たちはホッと胸を撫で下ろした。
(さすがは会長シィ=『アークストリア』だな……)
どうやら教師陣からも絶大な信頼を得ているようだ。
俺がそんなことを考えていると、会長はツカツカと職員室の奥へと進み――一人の男性教師へ声を掛けた。
彼は確かこの学院の副理事長だったはずだ。
「――すみません、現在の状況を教えていただけますか?」
「は、はいっ! 敵は黒い外套を身に纏った剣士たち、その数およそ三百――おそらく黒の組織かと思われます! 本校舎を取り囲むように襲ってきており、現在は風紀委員と剣術部を中心に迎え撃っております!」
「なるほど……。それで、戦況はどうなっていますか?」
「……あまり芳しくはありません。本校舎への侵入をなんとかギリギリ食い止めている状況です」
副理事長が深刻な表情でそう呟くと、職員室に重たい空気が流れ始めた。
「……わかりました。ところで聖騎士協会と理事長への連絡は、済ませましたか?」
「いえ、それが……。先ほどから何度も電話を掛けているのですが……。一向に繋がらないんですよ……」
「……? 『繋がらない』とは、どういう意味ですか?」
「どうやら千刃学院は、なんらかの『結界』で外部と遮断されてしまったようです……っ」
そう言って副理事長は、窓の外を指差した。
目を凝らして見れば――確かに半球状の透明な薄い膜が千刃学院を覆っていた。
「結界ですか……。それは厄介ですね……っ」
そして千刃学院が置かれた厳しい現状を把握した会長は、
「……アレンくん。あなたなら、この結界を破壊できるんじゃないかしら……?」
こちらの目を真っ直ぐ見つめて、そう問い掛けてきた。
「俺、ですか……?」
「えぇ。知っての通り、結界を破る方法は大きく分けて二つ。術者を叩くか、圧倒的出力で結界そのものを消し飛ばすか。術者の位置が不明な今、私たちができるのは結界を破壊することだけ。そしてこの学院で最も出力が高いのは――アレンくん、あなたなのよ」
彼女は真剣な語り口で話を続けた。
「この結界は、外部との繋がりを完全に遮断するほど強力なもの――きっと認識阻害の効果もあるはずよ。つまり、外部から援軍を期待することはできないわ。ここへ入って来れるのは、黒の組織の関係者だけ……。一秒でも早く結界を破壊しないと、私たちはジリ貧のままやられてしまうわ」
「……なるほど、なかなか責任重大ですね」
もしも俺が結界を壊せなければ、援軍の無い『地獄の籠城戦』が始まるというわけだ。
「ごめんなさいね……。でも、今これを頼めるのは、あなただだけなのよ……っ」
会長がそう言うと、職員室中の視線が俺に集まった。
「……わかりました。出来る限りのことは、やってみます」
『確信』は無いが、『自信』はあった。
あの時の牢獄さえ切り裂いた一撃――『断界』ならば、どんな結界だって斬れるはずだ。
「ありがとう、アレンくん。あなたなら、きっとそう言ってくれると思っていたわ。――それじゃリアさんとローズさんは、アレンくんに同行してもらっていいかしら? 敵も馬鹿じゃないわ。結界に近付く彼を、黙って見過ごさないはずよ」
「わ、わかりました!」
「承知した……っ!」
リアとローズがコクリと頷いたところで、俺は一つ質問を投げた。
「会長は、どうするおつもりなんですか?」
「私は最前線へ向かって、戦線を維持するわ。本校舎への侵入を許せば、それこそ収拾が付かなくなるもの」
彼女はそう言うと、すぐに先生たちへ指示を飛ばした。
「先生方は連絡係数人をここに残して、戦列に加わってください。連絡係は、アレンくんが結界を破壊してすぐ聖騎士と理事長へ連絡をお願いします」
「「「はいっ!」」」
会長の一声で、先生たちは迅速に動き出した。
「それじゃ、アレンくん。結界の方は、任せたわよ!」
彼女はそう言うと、先生たちを率いて職員室を後にした。
さすがは政府の重鎮、アークストリア家の御令嬢だ。
普段はうっかり者な会長が、今ばかりはとても頼もしく見えた。
「私たちも行きましょう、アレン……っ!」
「これは本件における最重要任務だ。気を抜かず行くぞ、アレン……っ!」
「あぁっ!」
こうして大仕事を任された俺は、リアとローズと共に職員室を飛び出したのだった。
■
その後、俺たちは結界に向かって迅速に移動した。
断界は威力こそ凄まじいものの、その射程はとても短い。
超至近距離まで近付かなければ、結界を破壊することはできない。
「――よし。この通りは人の気配が無い。いけるぞ」
こういった『野戦』に慣れたローズがコクリと頷き、俺たちは一斉に走り出した。
俺たちの第一目的は、結界を破壊すること――黒の組織を倒すのはその後だ。
だから今は、極力戦闘を避けた隠密行動が望ましい。
そうして建物で生じた日陰を利用し、暗がりを駆けたそのとき――背筋の凍るような強烈な悪寒が走った。
「――危ない、リア!」
「え……きゃっ!?」
咄嗟の判断で、リアを『日向』へ突き飛ばした次の瞬間。
『日陰』から、七つの斬撃が突如として放たれた。
リアを突き飛ばしたことで、態勢を崩してしまった俺は、
「ぐ……っ」
なんとか六つの斬撃を払いのけたものの、鋭い一太刀を浴びてしまった。
「あ、アレン……っ!? ごめんなさい、大丈夫……っ!?」
顔を青くしたリアが、すぐにこちらへ駆け寄った。
「気にするな。この程度、どうってことないよ」
俺は傷を負った箇所へ闇を集中させ、すぐに治癒してみせた。
そして――。
「影を支配するこの力……っ。なぁ、おい……そこにいるんだろう? 出て来いよ――ドドリエルッ!」
俺が大きな声を出してそう叫ぶと――何の変哲も無いただの日陰から、まるで陽炎のように一人の男が姿を現した。
後ろでまとめられた、ひどく痛んだ青い髪。
整った顔に走る大きな太刀傷。
ドドリエル=バートン――グラン剣術学院きっての天才剣士であり、今は黒の組織に身を落とした闇の住人だ。
「あっははははははは……っ! 今の一撃、よく見抜いたねぇ! ……いや、むしろ当然かなぁ? だって、僕と君は相思相愛――心が通じ合っているんだもん……っ! ねぇ、そうでしょ……アレェン?」
奴は支離滅裂なことを言いながら、狂ったように笑い始めた。
「あんたは、大同商祭のときの……っ!?」
「あぁ、奇妙な魂装を操る剣士だ……っ!」
ドドリエルのことを思い出したリアとローズは、すぐさま剣を抜き放った。
「アレン、ここは私たちに任せて先に行って……!」
「リアの言う通り――結界の破壊が最優先だ……! なに、すぐに追いつくから心配は無用だ!」
二人はそう言って前へ踏み出した。
しかし、俺は迷っていた。
(くそ……っ。どっちを選択するべきだ……っ!?)
ここに残って三人で戦うか……。
それともこの場は二人に任せて、結界の破壊を優先するか……。
(リアとローズは、かつて一度ドドリエルに敗れている……)
だが、二人はあのときと比べ物にならないほど強くなった。
(……それに戦いが起きているのは、ここだけではない)
こうしている今も、千刃学院ではいくつもの血が流れている。
俺が足止めを食らえばその分だけ、被害は大きくなっていく。
戦術的な判断をするならば――リアとローズの言う通り、結界の破壊を優先すべきだろう。
「……わかった。以前にも一度話したが、ドドリエルは『影の世界』へ入り込む! 二対一で能力も割れているとはいえ、油断は禁物だぞ!」
「えぇ、わかっているわ!」
「ふっ、そう案ずるな……!」
「……頼んだぞ!」
俺は二人にこの場を任せ、結界に向かって走り出した。
「あ、あれぇっ!? この僕を置いてどこへ行くのさ……っ!?」
ドドリエルの悲痛な叫びが響いた次の瞬間。
「あんたの相手は……っ!」
「私たちだ……っ!」
剣と剣がぶつかり合う硬質な音が響いた。
(リア、ローズ……っ。結界を破壊したら、すぐに戻るからな……っ)
それから俺は脚部に漆黒の闇を纏い、一気に結界までの最短距離を駆け抜けた。
その後は黒の組織の妨害に遭うことも無く、結界の前へ到着した。
「……これか」
千刃学院を包み込む、半球状の透明な薄い膜にそっと手を伸ばした。
それは柔らかいような硬いような……不思議な感触だった。
(……これなら、いけそうだ)
なんとなくだけど、そんな気がした。
俺は剣を抜き放ち――渾身の一撃を放つ。
「五の太刀――断界ッ!」
その瞬間、俺の斬り付けた箇所に大きな亀裂が走った。
それはみるみるうちに全体へと広がっていき――『パキン』という甲高い音と共に、結界は弾け飛んだ。
「よし、成功だ……っ」
これで外部との連絡が取れるようになったはずだ。
聖騎士協会やレイア先生が応援に来てくれれば、黒の組織を迎え撃つことはそう難しくないだろう。
(ここから先は『援軍のある籠城戦』……っ! 戦局は一気に逆転したぞ……っ!)
こうして見事結界の破壊に成功した俺は、急いでリアとローズの元へ戻った。
地面を力強く蹴り進み、第二校舎の角を曲がった瞬間――俺は自分の目を疑った。
「……り、リア? ……ローズ?」
そこには――黒い影で宙吊りにされた、リアとローズの姿があった。
触手のような影が両手両足を拘束し、二人はピクリとも動かない。
「あはぁ……? ちょぉっと遅かったねぇ……アレェン?」
こちらに気付いたドドリエルが、粘り気のある笑みを浮かべたそのとき――全身の血が沸騰した。
「……どけ」
俺は一足でドドリエルとの距離を詰め、
「なっ!?」
その脇腹に強烈な中段蹴りを叩き込んだ。
「速っ!? が、はぁ……っ」
奴は凄まじい速度で吹き飛び、その勢いのまま校舎の壁にぶつかった。
その間、俺は奴の黒い影を一太刀で切り裂き、リアとローズの拘束を解いた。
そうして二人の胸へ手を置くと――強い鼓動が返ってきた。
「……よかった。本当に、よかった……っ」
外傷はあるが、どれもそれほど深くはない。
おそらくだが、二人はあの黒い影に締め落とされたのだろう。
俺がホッと胸を撫で下ろしていると、
「――あはぁっ、さすがは僕のアレン……だっ! また一段と強くなったみたいだねぇ……っ!」
校舎の瓦礫を押しのけ、額から鮮血を流したドドリエルが立ち上がった。
「……ドドリエル。これで二度目だ」
奴がリアとローズに手を掛けるのは、これで二度目だ。
「もう、限界だ……っ。今日、ここで今……お前を斬る……っ!」
俺は全身から闇を解き放ち、『漆黒の衣』をその身に纏った。
それはこれまでのどんな闇よりも黒く、そしてしっかりと体に馴染んだ。
「あ、あぁ……っ! いぃ……いぃよ、アレン! 最っ高だよ……っ! さぁ、早く二人で殺し合おう……っ!」
こうして――俺とドドリエルの因縁の戦いが始まったのだった。