五大国と神託の十三騎士【一】
激動の千刃祭の翌日。
俺はリアと一緒に一年A組の教室へ向かっていた。
その道中。
「「ふわぁ……」」
俺たちはほとんど同時に欠伸をした。
「あはは。リア、大きな欠伸だったぞ?」
「ふふっ、そういうアレンこそ」
昨日は夜遅くまで祝勝会に参加していたため、お互いに少し寝不足だった。
「それにしても……今日は少し肌寒いな」
空を見上げれば、一面の雲。
いつ雨が降ってもおかしくないような、暗雲が立ち込めていた。
「そうね……。冬服は確か十月一日からだったかしら……?」
俺たちはそんな話をしながら、一年A組へと向かったのだった。
教室の扉を開けると――少し珍しい光景が広がっていた。
朝の弱さに定評があるローズが、既に登校していたのだ。
(彼女がこんな朝早くに来るなんて珍しいな……)
俺とリアはそれぞれ自分の席へ荷物を置いて、ローズに声を掛けた。
「おはよう、ローズ」
「おはよ、ローズ。今日は早いじゃない」
すると、
「ん、あぁ……。おはよう、アレン、リア……。くわぁ……っ」
相変わらず芸術的な寝癖をしたローズは、ゆっくりこちらへ体を向けると――思わずつられてしまいそうになるほど、大きな欠伸をした。
「あはは、ずいぶん眠そうだな」
「その様子だと、昨日はあまり眠れなかったのかしら?」
「ん、あぁ……。昨夜は祝勝会もあったし、何より<緋寒桜>を使い過ぎたからな……。霊力がごっそり……ふわぁ……っ」
彼女がもう一度欠伸をしたそのとき、教室の扉が開き――初老の男性教師が入ってきた。
(おや、誰だろうか……?)
彼は教壇に立つと、一つ咳払いをして口を開いた。
「えー……一年A組のみなさんに連絡事項がございます。えー……本日理事長は政府からの緊急招集を受けたため、リーンガード宮殿へ向かいました」
その話を聞いたクラスのみんなは、一斉にざわつき始めた。
「政府からの緊急招集……?」
「ほら、今の時期だとアレじゃない? 黒の組織の……」
「あぁ……その対策会議みたいなやつか……」
その後、男性教師は懐から一枚のプリント用紙を取り出すと、そこに書かれてある文章を読み上げた。
「えー……。ここからのお話は、理事長の書き置きでございます『――諸君。申し訳ないが、急な予定が入ったため、今日の授業は自習とする。午前午後と魂装場を押さえてあるから、有効に活用してくれ。ただし魂装の修業及び霊晶剣の使用は禁止する。以上だ』……だそうです。それでは、私はこれで失礼致します」
そうして連絡事項を伝えてくれた男性教師は、深々とお辞儀をして教室を後にした。
「自習、か……。千刃学院では初めてだな……」
グラン剣術学院では毎日が自習だったから、なんだか少し懐かしいような気もする。
「うーん……。魂装の修業が禁止ってことは、筋力トレーニングが主になるわね……」
「ふわぁ……っ。眠気覚ましに、ちょうど良さそうだ……っ」
そうして俺たちは、始業のチャイムと同時に魂装場へ向かった。
魂装場へ到着したA組のみんなは、それぞれ思い思いの自習を始めた。
リアは俺の近くで剣術指南書を読み、ローズは桜華一刀流の型を確認し、テッサは部屋の隅で瞑想していた。
そんな中、俺は精神を集中して素振りをした。
「――ふっ! はっ! せいっ!」
正眼の構えを取り、ゆっくり剣を振り上げ――斬る。
地味で単純な修業だが、結局これが一番効くのだ。
『剣士としての技量は、何度剣を振るったかによって決まる』――剣術指南書にもそう書かれてある。
そうして俺は午前中の約三時間。
休むことなく、ただひたすら剣を振り続けたのだった。
■
午前の授業が終わると、次はお昼休憩だ。
俺とリアとローズは定例会議に出席するため、お弁当を持って生徒会室へ向かった。
コンコンコンと扉をノックすると、いつものように会長の声が返ってきた。
ゆっくり扉を開け、朝の挨拶をしながら部屋へ入る。
「――おはようございます」
すると、
「リアさん、ローズさん、おはよう! それと……おはようございます、アレンくん」
会長はリアとローズへ元気よく挨拶した一方で、俺のときだけ少しよそよそしい態度を取った。
……どうやら、昨日の一件をまだ根に持っているようだ。
(はぁ……。いったいどうすれば機嫌を直してくれるのやら……)
そうして俺が会長の対応に手を焼いていると、
「……? なんの話をしているんですか?」
リアは小首を傾げて口を開いた。
「あぁ、実は昨日ポーカーで――」
「――アレンくんが私にエッチなことをした話よ」
俺の言葉に被せて、会長はとんでもないことを口にした。
「か、会長……っ! 何を馬鹿なことを言っているんですか!?」
大慌てで訂正を求めたそのとき。
「……アレン、それ本当なの?」
「……事と次第によっては、許されることではないぞ?」
リアとローズの目から光りが消えた。
普段の優しい二人の面影はどこにもない。
そこにはただ『無』となって、こちらを見つめる二人の姿があった。
「そ、そんなわけないだろ……っ。性質の悪い冗談だ!」
身の危険を感じた俺は、すぐに会長へ詰め寄った。
「会長も会長で、悪質な冗談はやめてください! 昨日の一件については、もう解決したじゃないですか!」
俺のちょっとした意地悪に対し、彼女は仕返しとして多くの先輩を差し向けた。
あの一件は、それでチャラのはずだ。
しかし、
「だって、アレンくんさ……。私が呼び寄せた生徒をみーんな一人で倒しちゃうんだもん……っ。あれじゃ、仕返しのうちに入らないわよ……っ!」
会長は子供のようなことを言って口を尖らせた。
「そ、そんな横暴な……」
確かに全員倒したけれど……。
あれはあれでかなりの体力を消耗したし、仕返しとしては十分だろう。
「うーん……それじゃ今度、お姉さんのお願いを一つ聞いてくれる?」
「……わかりました。ただし、常識の範囲内で頼みますよ?」
あの会長の『お願い』を何でも聞くことはできない。
なにせ副会長へお願いした、ブラッドダイヤの一件があるからだ。
「えぇ、もちろんよ。これで仲直りね」
そう言って会長は、ニッコリと笑った。
(……いったいどんな『お願い』が飛んでくるのか)
それを考えるだけで、少し胃がキリキリしてきた。
「はぁ……。それじゃ俺は今から誤解を解くので、会長は黙ってご飯でも食べていてください」
「はーい!」
それから俺は、リアとローズに昨晩の一件を懇切丁寧に説明した。
「なんだ、そういうことか……。よかったぁ……」
「全く、驚いたじゃないか……」
二人の目に光りが戻り、俺はホッと胸を撫で下ろした。
そうしてようやく定例会議こと、お昼ご飯の会が始まった。
「そう言えば……。リリム先輩とフェリス先輩は、どうしたんですか?」
リアはお弁当の蓋を開けながら、キョロキョロと部屋の中を見回した。
「二人は昨日の疲労が原因で療養中よ。アレンくんにこっぴどくやられたみたいで、二三日はまともに動けないでしょうね……」
「あ、あはは……。それは少し申し訳ないですね……」
リリム先輩とフェリス先輩は、何度打ち倒しても立ち上がってきた。
特にリリム先輩――彼女は「後輩に負けるわけにはいかない!」と死に物狂いで、何度も何度も向かって来た。
おかげで俺もかなりの闇を消費させられた。
その結果、体を休ませざるを得なくなり、会長の待ち伏せに遭ったのだ。
「――まぁ、リリムもフェリスも体は丈夫な方だし、心配はいらないわ」
会長はそうして話をまとめると、
「――ところでみんな、お化け屋敷どうだった?」
その後は、千刃祭についての話に花を咲かせたのだった。
来年の千刃祭へ向けたお化け屋敷のクオリティアップの話。
ジャン=バエルという剣術部部長の話。
裏千刃祭を勝ち抜く戦略についての話。
そうして千刃祭の話題が一通り出尽くし、会話がひと段落したところで、
「――そう言えば、今日レイア先生がお休みだったんですよ。なんでも政府から緊急の招集が掛かったそうなんですが……会長は何か知りませんか?」
俺は今朝方から、少し気になっていたことを聞いてみた。
「えぇ、知っているわ。緊急の五学院理事長会議――確か、父も参加するって言っていたかしら?」
彼女はそう言って、お弁当箱の隅にある卵焼きを口へ運んだ。
「議題はやっぱり『黒の組織』……ですか?」
「えぇ。政府としても黒の組織には、本当に手を焼かされているわ……。あそこはもう、ところかまわずやりたい放題なのよ……っ。ヴェステリア王国に手を出したかと思えば、その翌日にはうちにちょっかいを掛けて来るし……っ! 最近だと、ポリエスタ連邦に取引を持ち掛けたって噂もあるわね……」
この国の重鎮――アークストリア家の令嬢として、黒の組織には強い悪感情を抱いているのだろう。
会長は早口にそう言った。
「それと……最近わかったことなんだけど、黒の組織は『幻霊』と呼ばれる希少な『化物』を探し回っているそうよ」
その瞬間、リアのご飯を食べる手がピタリと止まった。
「……どうした、リア? 何か喉に詰まったのか?」
俺がそうして水の入ったグラスを差し出すと、
「う、うぅん……っ。大丈夫だから、気にしないで……」
彼女はぎこちない笑顔を浮かべ、首を横へ振った。
「そうか、それならよかった」
「うん、ありがとう」
俺とリアがそんなやり取りをしていると――難しい話の苦手なローズが、珍しくこういう話題に口を挟んできた。
「五学院の理事長を集めて、緊急会議を開いているという話でしたが……。この街の守りは大丈夫なんですか?」
……確かに、ローズの言う通りだ。
五学院の理事長は、それぞれが凄まじい権力と『実力』を併せ持つ。
そんな彼らが一斉に街を離れるというのは、素人考えにも危険なように思えた。
「んー、確かに少し手薄になっているけど……心配はいらないわ。緊急会議の開催日程は、超極秘事項よ。情報漏洩の心配も無いし、そんなタイミング良く黒の組織が攻めて来たりなんて――」
会長がそう言った次の瞬間――巨大な爆発音が響き渡った。
「「「なっ!?」」」
俺たちが慌てて窓の外を見れば、うちの体育館が炎上していた。
しかもそれだけではない。
黒い外套に身を包んだ集団が、外壁を乗り越えて次々に侵入してきていた。
「く、黒の組織……っ!?」
会長がそう叫んだ直後、院内放送が鳴り響いた。
「緊急放送! 緊急放送! 当学院は黒の組織と思われる謎の集団から、攻撃を受けております! 生徒は可能な範囲で迎撃してください! 繰り返します! 当学院は――」
突然の奇襲を受けた千刃学院は、未曽有の大混乱に陥った。
「――アレンくん、リアさん、ローズさん、力を貸してくれるかしら?」
「えぇ、もちろんです!」
「はい!」
「任せてください」
こうして俺たちは千刃学院へ攻め入ってきた黒の組織を迎撃すべく、一斉に動き出したのだった。