極秘事項と千刃祭【十】
会長との一騎打ちに見事勝利した俺は、机の上のトランプを手早く片付けていく。
「そ、そん、な……っ。こんなことって……っ」
彼女は『信じられない』といった表情でワナワナと震えていた。
まさかこんな結果に終わるとは、夢にも思ってなかったのだろう。
(まぁ、無理もないか……)
なんと言っても会長は、この一戦のために三つのイカサマを用意していたのだ。
まず一つ目は、山札への『積み込み』だ。
勝負が始まる前――ギミックカードをチェックするため、俺は山札を確認した。
(おそらく、会長はバレない自信があったのだろうけど……)
少しイカサマをかじったものが見れば一目瞭然――山札のカードは全て『番号三つ飛ばし』で並んでいた。
ちょうど一・四・七・十・十三――といった風にだ。
(これは『自分の手を作る』のではなく、『相手に手を作らせない』という『崩しの積み込み』だ)
番号三つ飛ばしで並んだ山札では、ストレートはおろかワンペアを作ることすら難しい。
そして先にこちらへディーラーの手番を譲ったのも作戦の内だ。
一試合消化することによって、何枚かのカードは表になる。
その中で『ペア』になったものを、彼女はさりげなく山札の一番下へ滑り込ませていた。
会長はそこへさらに二種類のイカサマを重ねた。
カードの順番を全く変化させず、山札をしっかりシャッフルしたように見せかける『フォールスシャッフル』。
一番上のカードを配ると見せかけ、一番下のカードを配る『ボトムディール』。
(きっとこの日のために、かなりの練習をしてきたんだろうな……)
彼女は二つのイカサマを非常に高いレベルで実行した。
普通にやれば、ワンペアすら困難な山札への『積み込み』。
会長のみが常にワンペア以上の役が確定する『フォールスシャッフル』と『ボトムディール』のコンボ。
(地味だが、失敗するリスクの少ない素晴らしい戦略だ……)
真っ向から勝負すれば、九分九厘会長の勝ちになるだろう。
だが――彼女の作戦は『俺の一手』で脆くも崩れ去った。
そう、ショットガンシャッフルだ。
この手の積み込みは、順番の大きく前後しない通常のシャッフルには強い。
しかし、カードの並びを崩すショットガンシャッフルには、あまりに無力なのだ。
『積み込み』を崩された会長は、フォールスシャッフルとボトムディールを駆使して食い下がったが……。
やはり戦術基盤である積み込みが機能しなくては、どうにもならなかったようだ。
「――それでは会長。勝負は俺の勝ちですので、ジンをいただけますか?」
会長とのイカサマポーカーを制した俺は、勝者の権利であるジンの要求を行った。
しかし、
「ちょ、ちょっと待って……っ!」
やはりというかなんというか……。
会長はすんなりと渡してくれなかった。
「アレンくん……っ! あなた、いったいどんなイカサマをしたの!? お姉さん、今なら怒らないから、正直に話しなさい!」
「いえ、ですから……。別に『イカサマ』と呼べるようなことは、何もしていませんよ」
「嘘よ! ロイヤルストレートフラッシュが立て続けに二回も揃うなんて、絶対にあり得ないわ!」
どうやら彼女は、俺のイカサマを確信しているようだった。
「あ、あはは……。まぁそれについては、一度横に置いておきましょうよ」
自分の手を大っぴらに公開するのは、得策ではない。
それに俺のやった行為は、イカサマとはまた少し違う。
どちらかというと『技術』と呼んだ方が適切だ。
「いーや! あなたが口を割るまでは、私のジンは絶対に渡さないわ……っ!」
会長は子どもみたいなことを言って、そっぽを向いた。
「はぁ……。そうですか……」
俺は椅子から立ち上がり、彼女の全身を――主に制服のポケットのあたりを観察した。
(……『膨らみ』が無い。あまり多くのジンを持っているわけでは無さそうだな……)
これなら別に回収できなくとも、そう大きな問題はないだろう。
「な、なにジッと見ているの……っ」
視線に気付いた会長は、両手を胸の前で交差させ――後ろへ一歩たじろいだ。
「いえ、気にしないでください。それでは、失礼します」
そうして俺が踵を返し、生徒会室を去ろうとしたそのとき。
「ちょ、ちょっと待って! お願いだから、どんなイカサマか教えてちょうだい! こんな状態で放置されたら、ぐっすりと眠れないじゃない……っ!」
彼女は俺の手を取って、必死にそう頼み込んだ。
「そう言われましても……」
正直、ここで手口を公開するメリットが一つも無い。
「も、もしも教えてくれないって言うのなら……っ」
「……言うのなら?」
「アレンくんにその……っ。え、エッチなことされたって言うわ……っ!」
会長は顔を真っ赤にしながら、とんでもないことを口にした。
「……それは勘弁してください」
ただでさえ碌でもない噂に頭を悩ませているのに……。
アークストリア家の令嬢に不埒なことをした――そんな悪評が広まれば、最悪聖騎士が動き出しかねない。
「さ、さぁ、あなたはどちらを選ぶの!? 大人しくイカサマのネタを白状するのか! それとも私にその……え、エッチなことをしたという噂を流されるのか! 道は二つに一つよ!」
会長は興奮しているのか顔を赤くして、詰め寄って来た。
甘い香りがほんのりと香り、少しだけ鼓動が速くなるのがわかった。
「はぁ……。仕方ありませんね……」
根負けした俺がため息をこぼすと、
「やった! さすがは、アレンくんね!」
会長は手をパンと打って、子供のような笑顔を浮かべた。
「――それでは会長。なんでもいいので、作るのが難しい手役を言ってもらえますか?」
「『作るのが難しい手役』……? うーん、ストレートとか?」
「あはは、それだと簡単過ぎですよ」
俺は手早く山札をシャッフルし、トップから五枚のカードを配った。
「……これは何かしら?」
「めくってもらえますか?」
「えぇ、いいわ、よ……っ!? す、『ストレート』……っ!?」
自分の言った通りの手役に、会長は大きく目を見開いた。
「い、いったいどうやったの!?」
「別に何も難しいことはしていませんよ。そうですね……ブラックジャックにおける『カードカウンティング』って知っていますか?」
「え、えぇ……。山札に『十』以上のカードが何枚残っているかを記憶して、自分の手が二十一を超える――バーストする確率を低くする戦術……だったかしら?」
彼女は、少し自信なさげにそう答えた。
「さすがは会長、概ねその通りです。そして俺が今やっているこれは、その発展形――『カードメモライジング』です」
「カードメモライジング……暗記するということ?」
「はい。山札の『一』から『十三』までの数字と四種類のスート――合計五十二枚の順番を全て暗記するんですよ」
「そ、そんなの無理に決まっているでしょ!?」
「慣れると案外簡単ですよ? 『九九』を覚える半分程度の労力で済みますしね」
「いやいや……っ。たとえ順番を暗記できたとしても――それこそシャッフルされたら、一巻の終わりじゃない!」
「じっくり見れば、何も問題ありませんよ。頭の中でカードの順番を入れ替えるだけですから」
コンマ一秒を争う命のやり取り――真剣を用いた死闘に比べれば、シャッフルの動きを追うことはそう難しくない。
後はシャッフルが行われるたびに、カードがどんな順番になったかを脳内で再構築するだけだ。
「山札の順番さえ覚えたら、後はもうこっちのものです。望みのカードが上に来るよう、少し気を配りつつシャッフルすれば……ほら」
そうして俺は会長の前に五枚のカードを配り――彼女はそれを広げて言葉を失った。
「……っ」
そこに並ぶのは、さっき俺が何度も揃えて見せた、ロイヤルストレートフラッシュだ。
「こ、こんなの……っ! アレンくんがディーラーでいる限り、絶対に誰も勝てないじゃない……っ!」
会長はそう言って、こちらを睨み付けた。
「いえ、そういうわけでもありませんよ? 今回カードメモライジングを使えたのは、会長のおかげですから」
「わ、私……?」
「はい。さすがに一瞬で五十二枚のカードを覚えるのは、いくらなんでも絶対に不可能です。これを使うためには、まとまった時間じっくり山札を見る必要があります」
「『まとまった時間』……っ!? も、もしかしてあのとき!?」
「はい。ギミックカードをチェックするフリをして、実はずっと山札のカードを覚えていました」
俺からすれば、ギミックカードかどうかなんて正直どうでもよかった。
山札のカードを覚えさえすれば――カードメモライジングが使えれば、勝負は決まるのだから。
「そ、そん、な……っ。それじゃこの勝負は……っ」
「はい、最初から俺の勝ちが決まっていましたね」
そうして解説を終えた次の瞬間。
「……ねぇ、アレンくん。山札のカードを自在に操れるということは……。最後のアレ、意地悪よね……?」
頭の回転が速い会長は、すぐに気付いてしまった。
「……っ。な、なんのことでしょうか……?」
『最後のアレ』に心当たりのあった俺は、せめてもの抵抗とばかりにとぼけてみせた。
「私、最後ね。フルハウスが揃って、とっても喜んでいたのよ……。『やった! この手ならアレンくんに勝てる!』って……。でも今の話を聞いて、わかっちゃったの……。アレ、あなたがそうなるように仕組んだのよね?」
会長はそう言って、ジト目でこちらを見つめた。
……さすがにこればっかりは、言い逃れのしようが無い。
「あ、あはは……。すみません、会長の反応があまりに面白かったので……。少し意地悪をしてしまいました……っ」
本当にちょっとした出来心だった。
彼女があまりにコロコロと表情を変えるものだから……楽しくなって、ついやってしまったのだ。
そうして素直に白状すると、
「やっぱり……っ! そ、そんな意地悪する子には、こうしてあげる……っ!」
会長は椅子から立ち上がり、背後にある大きな窓へ向かって歩き始めた。
そして慣れた手つきで窓を開け放ち、
「――みなさーん! アレンくーんは、ここにいまーす! 彼は今満身創痍なので、絶好のチャンスですよーっ!」
大きな声で俺の潜伏場所をバラしたのだった。
「か、会長!?」
「へ、へーんだっ! お姉さんに意地悪する子なんて、もう知りません! ……へくちっ」
「全く……っ、俺はもう行きますからね! ――それと風邪を引かないように、今日は温かくして寝てくださいよ……っ!」
俺は早口でそう言うと、生徒会室を飛び出した。
しかし、
「「「――見つけたぞ、アレン=ロードル!」」」
おそらく、元々この近くにいたのだろう。
三人組の先輩たちに見つかってしまった。
さらにその数は一人また一人と増えていき、気付けばあっという間に囲まれてしまった。
「へへっ。会長の言う通り、まさに満身創痍って感じだな……っ!」
「悪いが、一年に優勝を持って行かれるわけにはいかんのでな……っ!」
「これは実戦――卑怯とは言ってくれるなよ……?」
魂装を手にした彼らは、自信に満ちた笑みを浮かべ、ジリジリとにじり寄って来た。
(くそ、逃げ場は無い……っ。でも、裏千刃祭が終わるまで、後ほんの数分のはずだ……っ)
数分ならば――いける……っ!
「……仕方ありませんね。正真正銘、最後の戦いと行きましょうか……っ!」
俺は残り少ない霊力を全て注ぎ込み、辺り一帯を漆黒の闇で飲み込んだ。
「な、なんだこれ……っ!?」
「馬鹿、剣王祭見てねぇのか! こいつの力は『闇』だ!」
「油断するなよ……っ! いったいどんな能力なのか、まだ未知数だからな……っ!」
先輩たちは地面を覆い尽くす闇を見て、大きくざわつき始めた。
「それでは、行きますよ……っ」
その後、俺は決して倒れることは無く――終了のチャイムが鳴るまで戦い続けたのだった。
■
一時間にわたる『実戦』が終了し、俺は疲労の溜まった体で一年A組へ向かった。
ゆっくり教室の扉を開けると、
「あ、アレン……っ! よかった、無事だったのね!」
「あの数の先輩に襲われて負け知らずとは……さすがだな」
手足に包帯を巻いたリアとローズが、俺の元へ駆け寄って来た。
「あぁ、なんとかな。……そういう二人は、大丈夫なのか?」
「えぇ、こんなのどうってこと無いわ!」
「かすり傷だ。気にしてくれるな」
「そうか、それならよかった」
俺たちがそんな話をしていると、クラスのみんなもこちらへ集まってきた。
「よーよー、アレン。お前さん、いったいどれだけのジンを掻き集めたんだ?」
「へへっ、どっちが稼いだか勝負しようじゃねぇか!」
みんなはどうやら、俺の『手持ち』が気になるようだった。
「そうだな……。まだ数えてはないが、結構な量を集めたと思うぞ」
そう言いながら俺は、ズボンや胸の内ポケットから、大量のジン紙幣を取り出していった。
「ま、マジ、か……っ」
「これ、ぶっちぎりでクラス一……。いや、学年全体でもトップだろ……っ」
どうやらこれはかなりの量だったようで、みんなの口から乾いた笑いが漏れた。
それから少しすると――部屋の扉がガラガラッと勢いよく開かれ、大きな箱を手にしたレイア先生が現れた。
「諸君、今日はおつかれだったな! A組の稼いだジンを一度回収に……ほぅっ! かなりの量が集まっているじゃないか! これは期待できるやも知れんぞ!?」
そう言って彼女は、みんなが獲得したジンを箱の中へ入れていき――また別のクラスへ向かったのだった。
その後、誰が手強かったか、どんな魂装使いがいたか、そんな話で盛り上がっていると――院内放送が流れ出した。
「――諸君、今日は本当にご苦労だった! 表の千刃祭、裏千刃祭共に近年稀に見る高いレベルであったぞ! さて、つまらない挨拶はここまでにして――結果発表へ行くとしよう! 今年度の裏千刃祭、全クラスの頂点に立ったのは――圧倒的な稼ぎを見せた一年A組だ!」
その瞬間。
「「「ぃよっしゃーっ!」」」
歓喜の声が湧き上がった。
「や、やったぜ! これでうちが『千刃学院最強のクラス』ってことだよなっ!?」
「えぇ! 名実ともにうちが最強よ!」
「た、多額の賞金もあるんだよな!? お、おいおい、どうやって使うよ!?」
みんなは大いに盛り上がり――その後の流れで、今日は打ち上げを兼ねた祝勝会が開かれることになった。
「――なぁ、リアはどうする?」
「うーん……。アレンが行くなら、行こっかな」
「そうか、それじゃせっかくだし……一緒に行こうか!」
「うん!」
そうして俺はリアと共に祝勝会へ行き――この日は夜遅くまで、楽しい話に花を咲かせたのだった。