極秘事項と千刃祭【九】
会長の待ち伏せに遭った俺は――三か月ぶりの『ポーカー勝負』をすることになった。
俺と会長は机を一つ挟み、向かい合って席に着く。
「ルールは一般的なポーカーと同じよ。普通に勝負をして、先に三回勝った方の勝ち。ただし、一戦を終えるごとにディーラーを交代すること――何か質問はあるかしら?」
「いえ、大丈夫です」
俺がコクリと頷くと、彼女はトランプの山をこちらへ差し出した。
「ふふっ、先手は譲るわ」
「……いいんですか?」
「えぇ、こちらの条件を全て呑んでもらったのですから。こうでもしないと不公平になってしまうわ」
「そうですか。では、ありがたく――」
そう言って山札を手に取った俺は、軽く二三度シャッフルして――お互いにカードを五枚配った。
「……なるほどね、私は一枚チェンジよ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
会長はカードを一枚交換したところで――少しだけ口元が緩んだ。
どうやらいい手が入ったらしい。
「私はこれでいいわ。さて……アレンくんは、何枚チェンジするのかしら?」
会長は五枚のカードを机に伏せ、自信ありげに笑った。
「いえ、このままで大丈夫ですよ」
俺は手元のカードを一度も見ずに笑顔でそう言った。
「そ、そう……っ。えらく強気じゃない……っ」
彼女はわずかに動揺を見せたが、すぐに気を持ち直し――自分の手札を広げた。
「私の役は『フラッシュ』よ……っ! さぁ、アレンくん、あなたの手を見せてちょうだい!」
「はい、もちろんです」
そうして俺は手元のカードを右から一枚ずつめくっていった。
スペードの十。
スペードのジャック。
スペードのクイーン。
スペードのキング。
「う、嘘……でしょっ!?」
そして最後の一枚は当然――スペードのエースだ。
「これは驚きましたね……ロイヤルストレートフラッシュです」
まずは一勝。
幸先のいいスタートを切ることができた。
「い、いきなり仕掛けてきたわね……っ。いったいどんな手を使ったのかしら……?」
「あはは、ただ運が良かっただけですよ」
そうして俺は何も気付いていないフリをして――手の中でショットガンシャッフルを三回ほど素早く行った。
「……っ!?」
その瞬間、会長の顔は真っ青になった。
まぁ……無理も無いだろう。
そうして俺は平静を装ったまま、彼女にトランプを手渡した。
「――どうぞ。次は会長がディーラーの番です」
「あ、アレンくん……っ。あなた……っ!?」
彼女は震える手で山札を受け取ると、キッとこちらを睨み付けた。
「どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ……っ」
その後、会長は下唇を噛み締め、悔しそうな表情でカードを配り始め――第二戦目が始まった。
手元に配られた五枚を見ると――二・三・四・七・七だった。
(七のワンペアか……。ストレートも見えなくはないが……。ここはスリーカードを狙うのが安牌だな)
会長の仕込んだネタは崩した。
それに俺のディーラーの番は、まだ後二回も残っている。
ここは勝負を急ぐときではないだろう。
「三枚チェンジでお願いします」
「……えぇ、どうぞ」
二・三・四のカードを流し、会長から新たに三枚の札を受け取る。
その結果、俺の手は七・七・七・八・十のスリーカードとなった。
(よし、悪くないな)
ランダムに選んだ五枚が『スリーカード』になる確率は約二パーセント。
手札交換が一回のポーカーにおいて、この役はかなり強い。
普通にやっていれば、ほぼ負けることはないだろう。
その後、会長は一枚のカードを交換したところで――互いの手を広げた。
こちらの手役が七のスリーカードに対して、会長は二と八のツーペア――俺の勝ちだ。
「どうやら、今日は少しついているようですね」
「……っ」
計画を大きく狂わせられた会長は、苦しそうな表情を浮かべた。
「では、次のゲームに行きましょうか」
そうして俺がトランプの山へ手を伸ばしたそのとき。
「ちょ、ちょっと待った!」
「……なんでしょうか?」
会長からストップの声がかかった。
「さ、最初のロイヤルストレートフラッシュ……。あんなのいったい、どうやって仕込んだのよ!?」
このままいけば負けることを察したのだろう。
彼女は今になって、イカサマのネタを探り始めた。
「いえ、何も仕込んでませんよ」
俺が正直にそう答えると、
「く……っ。いいわ、お姉さんに嘘をつくなんていい度胸じゃない……!」
彼女はムッとした表情で立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。
「――まくって」
「……え?」
「だから、服の袖をまくって! この前はそこにカードを隠していたでしょ!」
「は、はぁ……」
仕方なく彼女の言う通り、制服をまくって両腕を晒した。
会長はぺたぺたと俺の両腕を触り、どこにもトランプを隠してないことを確かめる。
「むぅ……っ。何も持ってないわね……」
「だから、言ったじゃないですか……。本当に何もしてませんって……」
「そ、そんなわけないわ! きっとどこかに隠し持っているはず……っ。そうだ、胸のあたりとか!」
「いや、胸に隠した奴をどうやって取り出すんですか……」
周囲の目を欺き、胸からカードを取り出すのは至難の業だ。
「そ、それは……っ。も、問答無用よ!」
そう言って彼女は、胸にお腹――果てには両のポケットまで漁り、俺がカードを隠し持っていないか徹底的に調べ上げた。
しかし――無いものは無い。
いくら探そうと何も出てくるわけがない。
「……もういいですか?」
「そん、な……。まさか、本当に偶然……? いいえ、あり得ないわ……っ。ロイヤルストレートフラッシュなんて、人生に一度揃うかどうか……天文学的な確率なのよ……?」
会長は顔を青くして、ブツブツと何事かを呟いていた。
「すみません……。このままだと少し寒いんで、袖を戻してもいいですか?」
「だ、駄目よ! アレンくんはちょっと目を放すと、すぐにイカサマをするんだから!」
「はぁ……。結局、何も見つからなかったじゃないですか……」
俺がそうしてため息をついたその瞬間。
「……はっ!? わ、わかったわ……! 仕込んだのは体にではなく――こっちね!」
会長は、机の上に置かれたトランプの山へ目を向けた。
「いったいどうやって仕込んだかは知らないけれど……。こうしてやる!」
彼女はそう言ってショットガンシャッフルをしたうえ、念入りに何度も何度も山札を切った。
「ふ、ふっふっふ……っ! これで仕込みは完全に消滅したわ! たとえアレンくんでも、もうどうすることもできないはずよ!」
会長は勝ち誇った顔で、こちらに指を差した。
「は、はぁ……。それじゃ、始めてもいいですか?」
「えぇ、もちろん。勝負はここからよ!」
「……そうですね」
俺は生暖かい目で彼女を見つめながら、手早く山札をシャッフルした。
その後、互いに五枚のカードを配り――会長は二枚のカードをチェンジした。
そして、
「……やった!」
よほどいい手が入ったのだろう。
彼女はグッと拳を握って、歓喜の声をあげた。
「――さて、それでは互いの手を広げましょうか」
俺がそう告げた瞬間、会長の表情が固まった。
「あ、アレンくん……。カードを代えない、の……?」
「えぇ、俺はこの手で勝負しようと思います」
「こ、『この手』でって……。あなた、また自分のカードを確認してないじゃない……」
第一戦の嫌な記憶が蘇ったのだろう。
彼女は震えた声でそう言った。
「あはは。こういう大きな勝負は、全て天に任せるって決めているんですよ」
「そ、そう……っ。いいわ、受けて立ちましょう! 私の手は――『フルハウス』よ! さぁ、あなたの手を見せてちょうだい!」
「えぇ、それでは――」
そうして俺は目の前に並べられたカードを右から一枚ずつ、ゆっくりとめくっていく。
最初の一枚は――スペードの十。
「じょ、冗談でしょ……っ」
まるでデジャヴのような光景に、会長は言葉を失った。
そしてその後――先ほどと全く同じ順番で、全く同じカードが姿を見せていく。
スペードのジャック。
スペードのクイーン。
スペードのキング。
そして最後の一枚はもちろん――スペードのエース。
「これは凄い確率ですね。またロイヤルストレートフラッシュです」
「わ、私の、負け……?」
これで三連勝。
三か月越しのリベンジマッチは、見事俺の圧倒的勝利に終わったのだった。