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極秘事項と千刃祭【二】


 一億年ボタン――それは呪われたボタンだ。


 押した瞬間、一億年という『時の牢獄』へ幽閉される。


 かつて俺はこれを押し、そこで我武者羅(がむしゃら)に剣を振り続けた。


 そして何度も何度も『一億年』を繰り返した果てに――『世界を斬る』という方法で、地獄のループから脱出したのだ。


(……これまで一億年ボタンについて、誰かに話したことは一度も無い)


 こんなおとぎ話のような話、きっと誰も信じてくれないと思ったからだ。


 それなのに――。


「ど、どうして先生が一億年ボタンのことを……っ!?」


 俺がそう質問を投げ掛けると、


「もちろん知っているさ。一応私も『経験者』だからな」


 彼女はとんでもないことを言ってのけた。


「け、経験者って……まさか!?」


「あぁ、そのまさかだ。私も昔『時の牢獄』で、遥か悠久(ゆうきゅう)の時を過ごしたんだよ……」


 先生はどこか遠い目をしてそう呟いた。


「ということは、時の仙人のことも……?」


「もちろん知っているとも。真っ白い髭を生やした、小憎らしい爺のことだろう?」


「……っ」


 これはもう間違いない。

 先生は俺と同じく、時の仙人から一億年ボタンをもらい受け――押してしまったようだ。


「そ、それで――『一億年ボタンについての話』とはなんなんですか!?」


 俺が少し前のめりになってそう問い掛けると、


「ふむ、そうだな……。先に結論から言うならば――今後一切、一億年ボタンのことは誰にも話さないでくれ」


 先生は真っすぐ俺の目を見てそう言った。


「は、はい、それはいいんですが……。どうしてでしょうか?」


 そもそも一億年ボタンについて、誰かに話すつもりは全く無かった。


 しかし、改めて『他言無用だ』と言われると、その理由が気になってしまう。


「さて、どこから話したものかな……」


 先生は悩ましげに腕を組みながら、ゆっくりと語り始めた。


「そうだな、まずは私たち(・・・)が掴んでいる情報を共有しておこうか。――大前提として一億年ボタンとは、時の仙人が持ち歩く、呪われたボタンだ。その起源は古く、数百年前から時の仙人と一億年ボタンの存在は確認されている」


「す、数百年前から……っ!?」


「あぁ、人間の寿命を遥かに越えている。……自ら『時の仙人』と名乗っていることから、おそらく寿命など存在しないのだろうな。人間というよりも『(もの)()』の類だ」


 物の怪、か……。

 確かにそう言われると、時の仙人はどこか人間離れした空気を放っていたような気がする。


「いったいどんな目的があるのかは知らんが……。奴はこの世界を渡り歩き、一際飛び抜けた『天賦(てんぷ)の才能を持つ剣士』へ一億年ボタンを配っている」


 俺の前に時の仙人が現れたことからして……それは多分、違うと思う。


「しかし、これが表に出ることは少ない――いや、極稀だと言っていいだろう。なぜなら、大概の剣士は一億年という地獄に耐え切れず、自害してしまうからな」


「……っ」


 少しだけ、嫌なこと(・・・・)を思い出した。


「一億年ボタンの呪いを打ち破り、あの時の牢獄から脱出できた剣士は『超越者』と呼ばれる」


「……超越者」


「あぁ、そうだ。そして問題はここからなんだが……。近頃その超越者を集め、この世界の裏で暗躍している一大組織がある」


「もしかして黒の組織、ですか……?」


「察しがいいな、その通りだ」


 先生はコクリと頷くと、机の上に置かれたグラスに口をつけた。


「君は今回の剣王祭で、あまりに大きな結果を残した。『無名の剣士』が、『神童』イドラ=ルクスマリアを打ち破るというとんでもない結果をな……。剣王祭の注目度は高い。この情報は、間違いなく奴等の耳にも入っているだろう」


 彼女はさらに話を続けた。


「加えて、表沙汰にはなっていないが、君はあの有名な『火炙りのザク=ボンバール』を単独で撃破している。ザクは黒の組織の一員だ。当然この情報は、組織内で周知されているだろう。つまり何が言いたいかというと――今後、黒の組織が君にコンタクトを取ってくる可能性が高い。もちろん、君をスカウトするためにな」


「お、俺をスカウトする……!?」


「あぁ、十分に考えられる話だ。しっかりと用心しておいてくれよ? ――奴等は恐ろしくしつこい。何より目的達成の為ならば、どんな汚い手でも躊躇(ちゅうちょ)無く使ってくるからな」


「わ、わかりました……。一応、用心しておきます」


「うむ、そうしてくれ」


 リアを誘拐した組織に俺が加入するなんて、絶対にあり得ない。


 しかし、用心するに越したことは無いだろう。


「――さて、最後に話をまとめるとだな。黒の組織が集めているのは『超越者』だ。そしてこれまでの活躍から、君をスカウトしに来る可能性が高い。だから、もし今後誰かが『一億年ボタン』について尋ねたときは、まともに答えず知らないフリをするんだ。そいつはまず間違いなく、黒の組織の一員だからな」


「はい……っ」


 俺がコクリと頷くと、


「さて、これで話は終わりだ。長々とすまなかったな」


 先生はそう言って、グラスに入った水を飲み干した。


「いえ、いろいろと気に掛けていただき、ありがとうございます」


「なに、気にする必要はない。私はここの理事長で、君の担任の先生なんだからな」


 彼女は優しく微笑むと、最後にちょっとした話を振ってきた。


「ここから先は、純粋な好奇心からの質問なんだが……。アレン、君はあの『時の牢獄』に何年囚われていたんだ?」


「えーっと、すみません……。正確に何年なのかは、覚えていないのですが……」


「あぁ、だいたいの年数で構わないぞ」


「……そう、ですね。だいたい十数億年(・・・・)ぐらい、でしょうか……?」


 何度も何度も一億年をループし続けた結果、十周より先は数えていない。

 あのときは、そんな余裕のある精神状態ではなかった。


 すると、


「……は?」


 俺の返事を聞いた先生は、石像のように固まってしまった。


「……す、すまない。私の聞き間違いでなければ、今『十数億年』と聞こえたのだが……?」


「はい。最低でも(・・・・)それぐらいは、あの世界にいましたね……」


 多分だけど、さすがに二十周は超えていなかったはずだ。


「ば、馬鹿、な……っ!?」


 彼女はポカンと口を開けたまま、かすれた声で何事かを呟いた。


「き、君はそんな膨大な時間、あの中でいったい何をしていたんだ……?」


「そうですね……。主に素振り、でしょうか」


 飛影(ひえい)朧月(おぼろづき)冥轟(めいごう)八咫烏(やたがらす)などなど。

 様々な技の開発をしていた時期もあったけれど、基本的にはずっと素振りをしていた。


「じゅ、十数億年もの間、ただずっと素振りを!?」


「え、えぇ、まぁ……」


「そう、か……。君は本当にとんでもない奴だな……」


 先生は何故か呆れたようにそう呟くと、大きく息を吐き出した。


「ふぅー……っ。いや、何でもない……。今の話は忘れてくれ」


「は、はぁ……」


 俺が生返事を返すと、


「一応言っておくと――今日ここで君に話したことは、極一部のものだけが知っている極秘事項だ。くれぐれも他言無用で頼むぞ?」


「はい、わかりました」


「よし、話は以上だ。長々と時間を取って悪かったな」


「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」


 そうして俺は一言「失礼します」と言って、理事長室を後にした。


(ふぅー……っ。それにしてもまさか、レイア先生が一億年ボタンを押していたなんてな……)


 世界は狭い。

 まさかこんな近くにあの地獄を経験した人がいるとは思いもしなかった。


(しかし、黒の組織がスカウトに来るかもしれない、か……)


 リアを誘拐するような組織に俺が入ることなんてあり得ない。


(……しかし、奴等は大規模な犯罪組織だ)


 誘いを断った瞬間、逆上して襲い掛かって来ることは十分に考えられる。

 そういう意味でも、しっかりと用心はしておこう。


「さて、と……。そろそろリアとローズのところに行くか……」


 そうして俺は、素振り部の活動場所である校庭へ向かったのだった。



 アレンが理事長室から退出した直後、


「あ、あり得ない……っ」


 レイアは顔を青くして頭を抱えていた。


「あんな誰もいない孤独な世界で十数億年(・・・・)、だと……っ!? この私でも五百年(・・・)で限界ギリギリだったんだぞ!? いったいどんな精神構造しているんだ!?」


 そんな彼女の声が、広い理事長室に大きく響き渡った。


 一億年ボタンという名称は、時の仙人がそう呼んでいるだけに過ぎない。


 実際に一億年もの時を過ごして現実世界へ生還した者は、アレンを除けば、一人として存在しない。


 それよりも前にあの世界を――時の牢獄を破壊できなければ、そのまま廃人となって自害の道をたどる。


 実際レイアとて、五百年目のあのとき――世界を拳で叩き割らなければ、間違いなく廃人となり悲惨な最期となっていただろう。


 記録上これまで最も長い間、時の牢獄に囚われていたものは――千年だ。


 その桁が『万』を越えることなぞ、まして『十数億』なんて数字はかつて一度も無かった。


 それゆえ彼女は、恐ろしかった。


 十数億年という地獄を過ごしながら、アレンがあそこまでまともなこと(・・・・・・)が――何よりも恐ろしかった。


「アレン=ロードル……。魂に宿した超弩級(ちょうどきゅう)の霊核を考慮外にしても――アレ(・・)個人として(・・・・・)何かが(・・・)おかしい(・・・・)……っ」


 彼女はここに来てようやく、アレン=ロードルという『異常』を認識し始めていた。


「とにかく、こんなことは完全に想定の範囲外だ……っ。すぐにダリアへ報告しなければ……っ」


 そうしてレイアは、アレンの母――ダリア=ロードルへ連絡を取るために動きだしたのだった。

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