闇と剣王祭【十二】
正眼の構えを取る俺と二槍流の独特な構えを取るイドラさん。
互いの視線が交錯し――先に彼女が動き出した。
「飛雷身――五千万ボルトッ!」
イドラさんの身に纏う青白い電気が、目に見えて膨れ上がった。
しかもよく見れば、彼女の体にできた傷がみるみるうちに治っていく。
細胞を急速に活性化したことで、自然治癒能力が増強されているようだ。
「本当に優れた魂装ですね……」
「ふふっ、まだまだこれから……っ!」
一瞬にして全快した彼女は、
「五千万ボルト――<雷鳥>ッ!」
大きく槍を振るい、百を超える雷の鳥を放った。
俺の苦手とする遠距離からの多段攻撃。
しかし、
「――その技は、もう効きませんよ」
殺到する鳥の軍勢は、俺の闇に触れた瞬間に消滅した。
この闇はアイツの右ストレートすら防ぐ。
出力は完全にこちらが上だ。
「そ、そんな……っ!?」
彼女が動揺したほんの僅かな隙を見逃さず――俺は一足で距離を詰めた。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「くっ、雷鳴流――万雷ッ!」
『八』と『十』、両者の斬撃がぶつかり合った結果、
「きゃぁ……っ!?」
イドラさんの肩と太ももに鋭い太刀傷が走った。
俺の放った八つの斬撃は、圧倒的な威力をもって彼女の万雷を押し切った。
彼女は痛みに目を細め、反射的に後ろへ跳ぶ。
それを視認した俺はすぐさま距離を詰め、
「――ハァ゛ッ!」
間髪を容れずに大上段からの切り下ろしを放った。
「ぐ……っ」
彼女は二本の槍を交差し、なんとかその一撃を受け止めた。
互いの獲物が火花を散らす鍔迫り合い――真っ正面からの力勝負。
「うぉおおおおお゛お゛お゛お゛ッ!」
「はぁああああああああっ!」
二人の雄叫びが轟き、
「――らぁ゛っ!」
「そん、な……っ!?」
力負けしたイドラさんが大きく後ろへ吹き飛ばされた。
彼女は空中で姿勢を整え、軽やかに舞台へ着地する。
「五千万ボルトの飛雷身で押し負けるなんて……っ。本当にとてつもない筋力ね……。強化系の魂装なの……?」
イドラさんは下唇を噛み、悔しそうな表情でそう問い掛けた。
「あはは……。残念ながら、それはまだわかりません」
自分の魂装がいったいどんな力なのか。
それは発現してみるまでわからない。
「これ以上は体への負担が大きいけれど……。君に勝つためなら、なんだってする……っ!」
イドラさんはカッと目を見開き、
「飛雷身――七千万ボルトッ!」
さらに高圧の電流をその身に宿した。
白く美しい髪を逆立てた彼女は、蒼い槍を力いっぱい振り回し、
「これならどうだ……っ! 七千万ボルト――<白鯨>ッ!」
ぷっくりとお腹のふくれた巨大な白鯨を放った。
腹部に膨大な雷を貯め込まれた白鯨を、
「五の太刀――断界ッ!」
俺は迷うことなく切り裂いた。
その瞬間――イドラさんは、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「終わりだ――拡散ッ!」
先ほどとは比較にならない凶悪な雷が、俺の全身を包み込む。
「ぐっ!?」
激しい放電の音がバチバチバチッと鼓膜を打ち、視界が真っ白に染まる。
舞台は黒く焼け焦げ、独特の異臭が周囲に充満した。
「これなら……っ! その『闇』の守り、も……っ!?」
イドラさんの表情は期待から驚愕へ、驚愕から絶望へと変わっていった。
「う、そ……っ」
漆黒の衣に身を包んだ俺は――全くの無傷だった。
「少しだけ痺れましたが……。なんとか防ぎ切れたようですね」
「化け、もの……っ」
何事かを呟いた彼女は、あまりに隙だらけだった。
さすがに今攻め込むのはどうかと思われたので、一言だけ声を掛けた。
「――次はこちらから行きますよ」
「……っ」
そうして俺が重心を落とし、両足に力を入れたそのとき。
(これ、は……っ)
突然グラリと視界が揺れ、体を覆う闇が大きく乱れた。
(くそ……っ。もう時間なのか……っ!?)
これほど『闇』を多用したのは、今日が初めてだった。
だから俺はまだ、この力の正確な『持続時間』を把握していない。
「その力、まだ完全に制御できていないのね……?」
「えぇ……。お恥ずかしながら、その通りです……」
闇を発現して、まだたったの二週間だ。
少し操れるようになったとは言え、いまだ完全に制御できたわけではない。
「そう……。それなら私にも……まだ勝機はある……っ!」
イドラさんはそう言うと、二本の槍を天高く掲げた。
すると――雲一つない青空から、巨大な雷が槍の穂先へ降り注いだ。
「なっ!?」
驚きに目を見開く俺をよそに――彼女はゆっくりと語り始めた。
「見た限り、アレンの『闇』にも持続時間があるみたいだね……。それなら君の霊力が空っぽになるまで、闇を絞り尽くしてあげる……っ!」
イドラさんは煌々と輝く二本の槍を構え、不敵に笑った。
「――行くよ、アレン!」
「あぁ、来い……っ!」
そして、
「一億ボルト――<雷帝の蒼閃>ッ!」
螺旋状の蒼い雷撃が、凄まじい勢いで放たれた。
それに対して俺は――漆黒の闇を剣先に集中させ『疑似的な黒剣』を作り上げる。
「六の太刀――冥轟ッ!」
闇をまとった黒い冥轟が石舞台をめくりあげ――互いの全てを込めた渾身の一撃が激突した。
闇と雷が激しく吹き荒れ、凄まじい衝撃波が会場を襲う。
そして――蒼い雷撃と黒い冥轟は同時に消滅した。
((ご、互角……っ!?))
全力の一撃を見届けた俺たちは、同時に膝を付いた。
「「はぁはぁ……っ」」
必死に体へ酸素を取り入れ、なんとか意識を繋ぎ止めた。
俺の体を纏う闇は――もう消えてしまった。
今の黒い冥轟で、全ての霊力を使い果たしてしまったらしい。
(だけど、今の一撃でイドラさんも限界のはずだ……っ)
そうして俺が顔を上げるとそこには、
「飛雷身――極限一億ボルトッ!」
蒼い雷と化したイドラさんが、ゆっくりと立ち上がった。
(まだ、こんな力が……っ!?)
神々しさすら覚えるその姿に思わず息を呑んだ。
すると彼女は二本の槍を胸の前で束ね、ポツリと呟いた。
「――雷錬金」
激しい雷が熱を生み、それは二本の槍を溶かした。
そして――一振りの大きな剣が生まれた。
「雷剣――インドラ」
刀身も柄も鍔も――全てが真っ白なその剣は、圧倒的なプレッシャーを放っていた。
イドラさんはその剣をへその前に置き、正眼の構えを取った。
霊力は尽き、闇は無くなり、満身創痍となったこの絶望的な状況。
しかしどういうわけか、俺の心の中では不思議な感情が渦巻いていた。
(ふっ、はは……ははは……っ!)
どうしようもなく――楽しかったのだ。
死力を振り絞って戦うのが、楽しい。
果ての見えない相手と戦うのが、楽しい。
命を懸けて戦うのが――楽しい。
(あぁ……っ。『戦い』とは……なんて楽しいんだ……っ!)
その瞬間、疼いた。
『魂』が――ではない。
血が肉が骨が――全身が大きく脈を打った。
「……っ!?」
これまでずっと行く手を阻んでいた『ナニカ』が揺らぎ――『道』が開けたような気がした。
「これ、は……っ!?」
次の瞬間――体の奥底から、かつてないほど膨大な闇が溢れ出した。
次から次へと止まることのないそれは、舞台を一面漆黒に染め上げた。
俺はゆっくりと立ち上がり、正眼の構えを取る。
「……」
「……」
静かだった。
お互いに言葉はもう必要なかった。
一秒にも、一分にも、一時間にも思える静寂の果て。
「――うぉおおおおお゛お゛お゛お゛ッ!」
「――はぁああああああああッ!」
俺たちは同時に走り出す。
漆黒の闇と蒼白の雷が、舞台の中央で交錯した。
そして、
「か、は……っ」
俺の胸元に大きな太刀傷が走った。
焼け付くような痛みが胸を打つ。
(傷は……深い……っ)
戦闘続行は……かなり難しい……っ。
(だけど、まだだ……っ。まだここで、倒れるわけには……いかない……っ)
内からせり上がる血をグッと飲み込み、歯を食いしばって意識を支配下に置く。
すると――背後から衣擦れの音がした。
(くそ……っ。イドラさんは、まだ戦えるのか……っ)
俺は気力を振り絞って振り返った。
震える手で剣を握り締め、なんとか正眼の構えを取った次の瞬間。
「アレン=ロードル……。君の、勝ちだ……っ」
雷剣インドラは真っ二つに折れ――彼女はゆっくりと後ろへ倒れた。
静寂が会場を包み込み、
「……い、イドラ=ルクスマリア選手――戦闘不能! よって勝者――アレン=ロードル選手ッ!」
実況解説が天にも届くような大声で勝敗を宣言した。
その瞬間、観客席が大いに沸き上がった。
「す、げぇ……っ! なんて戦いだよ……っ!? 二人ともまだ一年生なんだろ!? し、信じられねぇよ……っ!」
「アレン=ロードル……。こんなとんでもない剣士が、よく今まで無名でいたものだな……っ」
「あの神童イドラ=ルクスマリアが敗れたぞ! ご、号外だ……っ! すぐに記事を書くぞ!」
凄まじい歓声と万雷の拍手を受けた俺は、大きく右手を挙げて応えた。
こうして互いに死力を尽くした真剣勝負の果てに――俺は見事『神童』イドラ=ルクスマリアさんに勝利したのだった。




