闇と剣王祭【十一】
イドラさんは、ついに魂装<蒼穹の閃雷>を展開した。
(これまでの戦いは言わば前哨戦……。ここからが正真正銘全力の戦いだ……っ)
気合を入れ直した俺がまばたきをしたその瞬間。
視界の中心に捉えていたイドラさんの姿が、突如として消えた。
「なっ……!?」
驚愕に目を見開いたそのとき。
「――こっちだよ」
背後から彼女の涼しげな声が聞こえた。
反射的にその場へ深くしゃがみ込むと、横薙ぎの一閃が頭上を通過した。
そして続けざまに、
「――ちょっと痛いよ」
強烈な中段蹴りが容赦なく繰り出された。
俺は振り向きながら両腕を交差し、その一撃を真っ正面からしっかりと防御する。
しかし、
「ぐ……っ!?」
その細い足から放たれたとは思えない、暴力的なまでの衝撃が駆け抜けた。
(なん、て……威力だ……っ!?)
大きく後ろへ吹き飛ばされながら――空中で一回転して勢いを殺し、しっかりと受け身を取る。
イドラさんは中段蹴りを放った長い右足をゆっくりと下ろし、二刀流――否、『二槍流』の独特な構えを取った。
俺は正眼の構えを維持したまま口を開く。
「……またさらに速くなりましたね」
「ありがと。でも、まだまだここからだよ……!」
すると次の瞬間。
「飛雷身――二千万ボルト!」
彼女の全身から青白い光が発せられ、バチッバチッとはじけるような音が鳴り響いた。
(これは……帯電しているのか……っ!?)
強力な電流を体に流し、細胞を活性化させる。
これにより筋力・反応速度を大きく向上させ、今のような人間離れした動きを可能にしているようだ。
(電気を操る能力、か……。これは手強いぞ……っ)
そうしてイドラさんの能力を分析していると、
「三千万ボルト――<雷撃>ッ!」
蒼い槍の穂先から、荒れ狂う雷が一直線に放たれた。
「一の太刀――飛影ッ!」
俺の放った飛ぶ斬撃は、青白い雷を前にかき消された。
(やはり飛影での迎撃は難しいか……っ)
出力の差をまざまざと見せつけられ俺は、すぐさま左方向へ跳び退いた。
そうして無事に雷撃を回避した俺の眼前には、イドラさんが立っていた。
「雷鳴流――<迅雷>ッ!」
息もつかせぬ怒涛の連撃が嵐のように押し寄せる。
「ぐ、ぉ、ぉおおおおおっ!」
刺突・斬撃・薙ぎ払い――最初の三連撃をなんとか防いだところで、
(駄目だ……っ。速過ぎる……っ!?)
全ての連撃を防ぐことは不可能。
これまでの経験から素早くそう判断した俺は、ある程度のダメージを覚悟して大きく後ろへ跳び下がった。
鋭く尖った蒼い槍が、脇腹と左足の肉をわずかに断ち切る。
「ぐ……っ」
焼けるような痛みをなんとか飲み込んだ俺は、
「――はぁあああああああっ!」
着地と同時に、互いの間合いを詰めるべく駆け出した。
(このまま防御一辺倒ではジリ貧だ……っ)
ひたすら攻め続けて、イドラさんに攻撃の主導権を渡さないよう立ち回る……っ!
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「雷鳴流――万雷ッ!」
両者の斬撃が交錯し、互いに消滅した。
「うぉおおおおおおおっ!」
「はぁあああああああっ!」
剣と槍が火花を散らし、硬質な音が何度も何度も響く。
だが、
(くっ……。遠い……っ)
イドラさんとの間合いが、一向に詰まらない……っ。
剣と槍――間合いの差はおよそ『二倍』。
あまりにも遠く、あまりにも絶望的な距離。
こちらの剣が届く前に、彼女の槍は確実に俺の元へ到達する。
(く、そ……っ)
一つまた一つと増えていく裂傷。
俺がたまらず後ろへ跳び下がり、一度距離を取ったそのとき。
「五千万ボルト――<雷鳥>ッ!」
巨大な雷が小さな鳥へと変化し、凄まじい勢いで放たれた。
その数は軽く――百を超える。
「くっ、八の太刀――八咫烏ッ!」
八つの斬撃を四方八方へ張り巡らせ、自らの身を守る結界とした。
しかし、
「が、はぁ……っ!?」
百を超える鳥の軍勢を前に――その結界はあまりに小さかった。
ほぼ全ての雷撃をその身に受けた俺は、思わずその場で膝を付く。
(これ、は……マズい……っ)
斬られるのとも、燃やされるのとも、爆破されるのとも違う。
こういうのを『電気ショック』というのだろう。
思わず意識を手放しそうになるほどの『衝撃』が全身を襲った。
そうして俺が見せてしまった大きな隙を――イドラさんは決して見逃さなかった。
「七千万ボルト――<白鯨>ッ!」
彼女はここが勝負どころとばかりに、これまでで一番大きな雷撃を放った。
それはお腹のふくれた巨大な白鯨の姿を為し、大口を開けたままこちらへ向かってきた。
「ご、五の太刀――断界ッ!」
空間を断ち切る最強の一撃で、白鯨を断ち切ったその瞬間。
「――拡散」
「なっ!?」
白鯨はその体に貯め込んだ膨大な雷を一気に解き放った。
視界一面が真っ白に染まり――かつてない衝撃が全身を走り抜ける。
「か、は……っ」
朦朧とする意識を必死に繋ぎ止め、崩れそうになる足に鞭を打ち――俺はなんとか二本の足で立った。
「はぁ……はぁ……っ」
空気が重い。
どれだけ吸ってもしっかりと肺の中に収まってくれない。
そんな絶望的な状況の中、俺は正眼の構えを取った。
「ま、まだ、立てるの……?」
イドラさんの震える声が、会場に響き渡った。
「今の一撃は一般人なら即死――丈夫な剣士でも一か月は寝込むよ……。本当に君、人間なの……?」
「えぇ……っ。でも、さすがに……効きましたよ……っ」
これほどの一撃は、今まで経験したことが無い。
体はもうボロボロ。
気力を振り絞り、なんとか立っているだけに過ぎない。
「そっか……。アレンの最も凄いところは、その化物染みた『精神力』かもしれないね……。でも――残念だけど、もう終わり」
そう言って彼女は、その蒼い槍をこちらへ突き付けた。
「魂装を発現していない君に、勝ち目はないよ。これ以上はつらいだけ……もう諦めて」
イドラさんは、淡々とした口調で降伏を勧めた。
「……確かに、俺はまだ魂装を発現していません。<蒼穹の閃雷>を自在に扱うイドラさんからすれば、半人前もいいところでしょう……」
俺はそう言いながら、意識を内へ内へ――魂の奥底へと深く沈み込ませていく。
「ですが――そんな俺にだって、やれることはあります」
「……そんな体で、何ができるの?」
次の瞬間、視界からイドラさんの姿が消えた。
「――これで終わり」
背後から、彼女の声と風を切る音が聞こえた。
きっと勝負を決めにきたのだろう。
俺にはもうその一撃を避ける力はおろか、振り返る力さえ残されていない。
だが一つ、とっておきの『奥の手』がある。
(全力でこれを使えば……。俺の剣王祭は、間違いなくここで終わる……)
未熟なこの体では、まだあの衝撃に耐え切れない。
最低でも今日一日は、寝込むことになるだろう。
(……会長、リリム先輩、フェリス先輩。……後は、よろしくお願いします)
背後に迫る一撃に目もやらず、俺はありったけの霊力を魂の奥底へ注ぎ込んだ。
その瞬間、
「はぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
俺の全身から、かつてない規模の『闇』が溢れ出した。
「これは……なに……っ!?」
予想外の事態に目を剥いたイドラさんは、大きく後ろへ跳び下がる。
漆黒の闇は、まるで『鎧』のように俺の全身を包み込む。
すると不思議なことに、体の痛みがみるみるうちに和らいでいった。
どうやらこの闇には、治癒能力も備わっているらしい。
「まさか、魂装……っ!?」
驚愕に目を見開いた彼女は、そう問い掛けたが――もうそこに俺の姿はない。
「――こっちです」
「……っ!?」
一瞬でイドラさんの背後を取った俺は、横薙ぎの一閃を放つ。
彼女は反射的にその場で深くしゃがみ込み、その一撃を回避した。
そこへ、
「――少し痛いですよ」
闇をまとった中段蹴りを放つ。
イドラさんは振り向きながら両腕を交差し、完璧な防御を見せた。
しかし、
「か、は……っ!?」
彼女の防御は『闇の一撃』を前に脆くも崩れ去り、まるでボールのように吹き飛ばされた。
(そん、な……っ。防御が、防御の意味を為さない……っ!?)
あまりの衝撃に勢いを殺し切れず、イドラさんは建物の壁で全身を強打した。
通常ならば意識を手放してもおかしくないダメージだが……。
なんと彼女はゆっくりと立ち上がった。
「は、はぁはぁ……っ。その力は、なに……っ!?」
額から血を流し、肩で息をしているが――その戦意には些かの衰えも見られない。
「闇ですか……? そうですね……『魂装の成り損ない』のようなものでしょうか……」
闇は所詮、闇に過ぎない。
いまだ『黒剣』には遥か遠く、修業の道は果てしない。
(だけど、確実に近付いている……っ!)
その成長の実感が、とてもとても心地よかった。
「イドラさん……そろそろ決着を付けましょうか」
「ふふっ……。まさかここまでやるなんて……っ。君は最高だね、アレン=ロードル……っ!」
こうして俺とイドラさんの戦いは、最終局面へと突入した。




