闇と剣王祭【八】
剣王祭の予選を突破した俺は、会長や千刃学院のみんなと勝利の喜びを分かち合った後――リアと一緒に寮へ帰ったのだった。
「ふぅー……。少し、疲れたな……」
玄関口で靴を脱いだ俺は、大きく息を吐き出した。
「ふふっ、おつかれさま。今日は大活躍だったね」
「リアの応援のおかげだよ」
俺はそう言いながら剣を置き、いつもより深くソファに腰掛けた。
(本当に、濃密な一日だったな……)
今日だけで十人近い剣士――それも各校を代表する才能あふれる剣士たちと戦った。
苦手な遠距離攻撃に秀でた魂装持ちに一度も当たらなかったため、何とか勝つことはできたけど……。
(……精神的に疲れた)
剣士の勝負は真剣勝負。
試合開始の直前は、凄まじく気を張り――試合終了と同時に緊張の糸が切れる。
それを十回近くも繰り返したのだから、気疲れするのも無理はないだろう。
(ちょっとだけ……ここで休憩するとしよう……)
俺は少しの間だけ、ソファの上で目をつぶることにした。
すると、
「――ね……、アレ……。――ねぇアレン、起きて」
「……ん、ぁ。り、リア……?」
気が付けば、リアが俺の肩をゆさゆさと揺さぶっていた。
「もぅ……こんなところで寝てると風邪ひいちゃうよ?」
「あ、あぁ、悪い……」
どうやら気付かない内にソファの上で、眠っていたようだ。
「んー……っ!」
眠気を飛ばすため、立ち上がって大きく伸びをしていると、
「アレン、お風呂沸いたけど……どうする? 先にご飯がいい?」
リアはそう言って小首を傾げた。
どうやら俺が少し眠っている間に、いろいろと動いてくれていたようだ。
「ありがとう、リア。そうだな……せっかくだし、お風呂からいただくよ」
「そっか。――でも、お風呂で寝たら駄目だからね?」
「あはは、わかってるよ」
それから俺はリアの入れてくれたお風呂をいただき、彼女お手製のラムザックを食べて――夜の九時という比較的早い時間にベッドに就いた。
「ふわぁ……っ。うん……おやすみ、リア……」
「ふふっ……。おやすみなさい、アレン」
いつものように隣にリアを感じながら、俺の意識はゆっくりとまどろみの中へ消えていった。
■
そうして迎えた翌日。
昨日と同じように、俺は会長たちと合流してから――『国立聖戦場』へと足を運んだ。
国立聖戦場は、国が指定した重要文化財であり、剣王祭や一部の祭事にのみ一般開放されるらしい。
歴史を感じさせる石造りのここは、ヴェステリアの大闘技場を風化させたような――威厳と貫禄のある造りをしていた。
「――え゛ー開会のご挨拶は、ここまでにさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました」
剣王祭実行委員による挨拶が終わると、満員御礼となった観客席からパチパチと拍手が送られた。
そこから先は、実況解説の女性が進行を担当した。
「――さぁ本日は、剣王祭が本戦! 剣術学院の頂点を決める壮絶な戦いが、今始まろうとしております!」
その瞬間。
凄まじい歓声と拍手、指笛に声援が一度に巻き起こった。
(……っ!?)
俺はこのときはじめて『音の圧』というものを感じた。
皮膚がびりびりと震えるような、そんな不思議な感覚だった。
「それでは早速――対戦カードを決める『抽選』へ移りましょう!」
そう言って観客席の最前列でマイクを握る実況解説の女性は、少し大きめの箱を二つ取り出した。
それぞれの箱の表面には、大きく数字の『一』と『二』が書かれている。
「抽選方法は単純明快! 『一の箱』と『二の箱』には、それぞれ一位突破・二位突破した学院の名前が記されたボールが入っております! 今から私がそれぞれの箱から一つずつボールを取り出し――そこに記された学院同士が対戦するというものです!」
簡単に抽選方法を述べた彼女は、右腕をまくり上げ――『一の箱』に手を入れた。
「さぁ、記念すべき第一試合は――いきなり出ましたっ! 五学院が一つ、千刃学院です!」
実況解説は『千刃学院』と書かれたボールを高々と掲げて、そう言った。
「……一番手か」
「早速ね……頑張りましょう」
「よっしゃ! いっちょかましてやるか!」
「うわぁ……できれば三番目とか真ん中あたりがよかったんですけど……」
俺たち四人の間に緊張が走る。
すると実況解説は、そのままの勢いで『二の箱』に手を入れた。
「さぁ続いて『二の箱』からは――こちら! 六花学院でございます……がっ! 六花学院は予選での消耗が激しく、今朝方『本戦を辞退する』との連絡があったため――千刃学院の不戦勝となります! これは千刃学院、今日はついていますね!」
「き、棄権……?」
俺がポツリとそう呟くと、横から会長がそっと説明を加えてくれた。
「予選グループで、全てを出し尽くたんでしょうね……。『本戦』では、毎年一校か二校はこうなっているわ」
「なるほど……。そういうこともあるんですね……」
一戦一戦が死力を振り絞った激闘であるがゆえに、一日で回復し切れなかったということか……。
俺がそんなことを考えていると、
「さぁそれでは気を取り直して、第二試合の抽選を開始致します!」
実況解説は、再び『一の箱』へ手を入れた。
「『本戦を辞退する』という連絡は、現在六花学院のみ。もうこれ以降、不戦勝はありません! さてお次の学院は……出ました! これまた五学院が一つ――氷王学院です!」
氷王学院――シドーさんやカインさんが所属し、フェリスさんが理事長を務める超有名剣術学院だ。
「対するは――創立三年目にして早くも剣王祭本戦へコマを進めた新進気鋭のダークホース、幻影学院でございます!」
幻影学院、か……。
聞いたことのない名前だな。
「――それではこれより、『先鋒戦』を開始致します! 氷王学院と幻影学院のみなさまは、ご準備を! それ以外のみなさまは、特別観覧席まで移動するようお願い致します!」
俺たちは実況解説の指示に従って、『特別観覧席』へと向かった。
本戦に出場した十六校には、それぞれ観客席の最前列に特別観覧席が割り当てられていた。
俺たち四人が千刃学院専用の特別観覧席に到着すると、
「さぁ、それでは――試合開始の前に選手紹介を行います!」
いつものように実況解説が選手紹介を始めた。
「氷王学院が先鋒は――シドー=ユークリウス選手! 幼少時より魂装を発現した超天才剣士! 予選は他を寄せ付けない圧倒的な実力で全戦全勝! ここまで素晴らしい戦績を残しておりますが……。入学して早々に大五聖祭で暴行事件を起こし、一か月の停学を食らったという超問題児でもあります!」
すると、紹介を受けたシドーさんがゆっくりと石舞台へ上がった。
(それにしても『大五聖祭』、か……)
ほんの四か月前の出来事なのに……今となっては、ずいぶん昔のことのように思えた。
「そしてそして――幻影学院が先鋒は、ザリ=ドラール選手! こちらはなんと……手元にデータがございません! Dグループの予選で全戦全勝を果たしたという、超直近のデータのみがあります! まさに『無名』のザリ=ドラール選手、彼はいったいどんな戦いを見せてくれるんだぁ!?」
実況解説がそう叫ぶと――幻影学院の制服と思われる紺色のローブに身を包んだザリさんが、舞台へと上がった。
両者の視線が交錯し、緊迫した空気がこちらにも伝わってきたところで、
「両者準備はよろしいでしょうか!? それでは先鋒戦――はじめ!」
実況解説が試合開始を告げた。
「引きずり込め――<酸の沼>ッ!」
開始と同時にザリさんは魂装を展開し、一方のシドーさんは――右手でだらしなく剣をぶら下げたまま、ただぼんやりとそれを見つめていた。
「はぁああああああっ!」
ザリさんの咆哮が会場に響き渡り、氷王学院と幻影学院の先鋒戦が幕を開けた。
そしてその戦いは――ひどく一方的なものだった。
「おぃおぃ……。もぅ終わりかぁ? これじゃ、準備運動にもなりゃしねぇぞ……」
「くっ……。化物、め……っ」
シドーさんは魂装すら使わずに――その圧倒的な身体能力で、ザリさんを蹂躙した。
「つ、強い……っ」
以前戦ったときとは、比べ物にならない。
腕力・脚力・反応速度に剣速―――剣術のベースとなる身体能力が、『異常』なほどに向上していた。
その圧倒的な力の差に、会場はおろか実況解説までもが息を呑んでいた。
「――はっ!? し、失礼致しました! 勝者、シドー=ユークリウス選手! いや、しかし……凄まじい試合でした! 言葉を失うほどの――まさに超人的な体捌きでした!」
実況解説はそうして短く試合を語った。
「さぁ、続きまして――次鋒戦へ参りましょう!」
それから再び両学院の選手を紹介し――次鋒戦が始まったのだった。
■
その後――大方の予想に反して、氷王学院は幻影学院に敗れた。
「な、ななな、なんということでしょうか……っ!? あの五学院が一つ、氷王学院がベスト16で敗れましたっ!?」
実況解説がそう言うと、会場のあちこちで大きなざわめきが起こった。
この予想外の結果に誰も彼もが驚いているのだ。
先鋒戦ではシドーさんが圧倒的な勝利を収めたものの……。
続く次鋒戦・中堅戦・副将戦と全て幻影学院が勝利した。
すると、
「ははっ! まともな剣士は、最初の一人――シドーだけかぁ!? なっさけねぇなぁ、氷王学院! 二年と三年は、足引っ張りしかいねぇ! なぁ、おいシドー――氷王学院なんてイモくせぇ学院なんざやめて、幻影学院に来いよ!」
幻影学院の代表選手。
つい今しがた『副将戦』を戦っていた男――ラーム=ライオットが、氷王学院を大きな声で嘲笑った。
(これは、まずいぞ……っ)
氷王学院との夏合宿を通して、一つ知ったことがある。
(シドーさんはああ見えて、とても仲間意識の強い人だ……っ)
粗暴だが根のやさしい彼が――ここまで仲間を侮辱されて黙っているわけがない。
すると、
「……あ゛ぁ? てめぇ、こらドカス……今なんつった?」
明らかに不機嫌そうなシドーさんは、幻影学院が副将ラームさんの元へ詰め寄った。
「や、やめろ……っ! 乗るな、シドー!」
氷王学院の上級生たちが必死になって止めようとしたけれど……。
火のついたシドーさんは、もう止まらない。
さらにそこへ油を注ぐように、
「ははっ! 何度だって言ってやるよ――氷王学院は『無能の掃きだめ』だってなぁ!」
ラームさんは挑発を重ねた。
「ほぉ……。そんなに死にてぇなら……お望み通り、殺してやるよ……っ! 食い散らせ――<孤高の氷狼>ッ!」
その瞬間――極寒の冷気が会場中に吹き荒れた。
「ははっ! おもしれぇ、一年坊主がこの俺とやろうってのか!? 穿て――<魔蛇の猛毒>ッ!」
こうして――誰も予期せぬ場外乱闘が始まったのだった。




