闇と剣王祭【六】
実況解説の指示に従って、千刃学院と人狼学院以外の生徒は舞台から降り――選手控室へ向かった。
そうして大勢の剣士たちが移動する中、俺は観客席をチラリと見た。
(す、凄い数の観客だな……っ)
会場はまさに満員御礼――空席の一つさえも見当たらなかった。
さすがは剣王祭。
まだ予選だというのに、世間からの注目が段違いだ。
(こ、この中からリアを見つけるのは、至難の業だな……っ)
数万人を超える観客の中から、どこにいるかもわからないリアを見つけ出すのは……正直、現実的ではない。
それでもダメもとで観客席に視線をやっていると、
「さぁ、それではこれより――人狼学院と千刃学院の『先鋒戦』を開始致します!」
実況解説の女性が高らかにそう宣言した。
すると次の瞬間――会場内の熱気は一気に最高潮へ達し、まるで地鳴りのような歓声が鳴り響いた。
「さぁさぁ! 会場内の空気も温まってきたところで――早速選手紹介へと参りましょう!」
実況解説はゴホンと咳払いし、意気揚々と選手紹介を始めた。
「まずは人狼学院が先鋒――ガロウ=ユンドラー選手! 手元の情報によりますと、彼はなんと十歳のときに魂装を発現した超天才剣士! さらには西部で有名な『百花繚乱流』の免許皆伝! 五学院への入学も決まっていたそうですが……。直前に起こした暴力事件が原因で話が流れてしまったため、人狼学院へ入学したとのことです! つまり単純な実力は五学院クラスと言えるでしょう!」
紹介を受けた一人の剣士が、ゆっくりと舞台へ上がった。
ガロウ=ユンドラー。
整髪料でばっちりと決められた、派手めの金髪。
目鼻立ちの整った顔には、大きな自信の色が浮かんでいる。
身長は俺より少し高く、百七十センチ半ばほどだろう。
真っ黒の生地に真紅の十字架が走った、人狼学院の制服に身を包んでいた。
すると、
「うぉおおおおおおっ! 血祭りにあげてやれ、ガロウーっ!」
「千刃学院のカスどもは、皆殺しだぁああああっ!」
「『都落ちの敗北者』に――時代が変わったってことを教えてやれぇええええええっ!」
観客席の一画から、口汚い応援が飛んだ。
彼らはみんなガロウさんと同じ制服を着ている。
おそらく人狼学院の生徒だろう。
リリム先輩が言っていたように、あまりガラのいい学院では無いらしい。
「さぁお次は、千刃学院が先鋒――アレン=ロードル選手! 手元の情報によりますと、彼は……え? ……あ、え、えーっと……っ。ど、どこの流派にも所属しておらず、毎日ただ黙々と素振りをしているそうです……っ。こ、魂装は――あっ、まだ発現していないそうです……っ」
なんというか……とてつもなく悲しい紹介だった。
(言っていることは全て正しいけれど……。もう少しぐらい、まともな紹介もできたのではないだろうか……)
俺がそんなことを思っていると、
「ぷっ……ぎゃっはははははっ! 『無所属の剣士』って、笑わせてくれるじゃねぇか!」
「生徒の質が悪過ぎんじゃねぇのかぁ、えぇ?」
「ついに千刃学院もそこまで落ちぶれたか……っ! そろそろ『五学院』から追い出されるんじゃねぇのかぁ?」
人狼学院の応援席から、凄まじい嘲笑と罵倒の声が飛んだ。
(なんか……こういうのは久しぶりだな……)
最近は少しずつ仲間が増えたおかげで、こういう罵声に遭うことは少なくなった。
それに自分でも無所属だということをすっかり忘れるほど、波乱万丈の毎日が続いていたのだ。
すると、
「アレーンッ! 私が付いてるよーっ! こんな奴等に負けるなーっ!」
俺のちょうど真後ろ――観客席の最前列でリアが大声を張り上げ、大きく手を振ってくれていた。
見ればその後ろには、ローズやテッサをはじめとしたA組のみんな――それに千刃学院の制服に身を包んだ先輩たちの姿もあった。
(リア……っ! それにみんなも……っ!)
俺がリアの方へ手を振ったそのとき、ちょっとした違和感を覚えた。
(あれ、おかしいな……)
千刃学院を馬鹿にされているにもかかわらず、クラスのみんなや先輩たちは――奇妙なほどに静まり返っていた。
それどころか、何故かニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。
(いったい、どうしたんだろうか?)
観客席を見た俺が首を傾げていると、
「おいおい、どうしたどうしたぁ? ブルっちまったなら、棄権してもいいんだぜぇ?」
ガロウさんはそう言って、俺を嘲笑った。
「……いえ、大丈夫です」
観客からの罵声は慣れっこだ。
(それに俺は、もう一人じゃない……っ)
リア一人の声援は、一万の罵声を軽く凌駕する。
すると、
「くくく、そうかいそうかぃ……っ。まぁ、安心するといいさ。流派無し・魂装無しのド三流剣士を相手に……ははっ! 本気を出すような、みっともねぇ真似はしねぇからよぉ……っ!」
ガロウさんは肩を揺らしながら、挑発を繰り返した。
一人の剣士として、さすがにこれは聞き流せなかった。
「……剣士の勝負は、真剣勝負ですよ」
確かに俺はどこの流派にも入れてもらえなかったし、いまだ魂装を発現できていない。
それでも――一人の『剣士』だ。
真剣勝負の舞台で堂々と手を抜く、それはあまりにも失礼な行為だ。
すると、
「おいおぃ、おもしれぇこと言ってくれるじゃねぇか……。超天才剣士の俺様が……てめぇみたいにドカスを相手に『真剣勝負』だぁ? はっ、まともな『勝負』にすりゃ、ならねぇっての……。つぅーかよぉ……あんまり調子に乗ってると――ぶち殺すぞ?」
ガロウさんはそう言って、鋭い目でこちらを睨み付けた。
「……そう、ですか」
彼が頑として『本気を出さない』と言っている以上、ここでどれだけ言っても仕方がない。
俺ができることは、ただ一つ。
(ガロウさんが本気を出さざるを得なくなるまで――ひたすら攻め立てるだけだ……っ!)
剣士としてあまりにもひどい侮辱を受けた俺は、心の中で戦意を燃え滾らせた。
その直後、
「両者準備はよろしいでしょうか!? それでは千刃学院対人狼学院、第一戦――始め!」
実況解説が試合開始を告げた。
同時に俺は、間合いを詰めるために地面を強く蹴った。
すると次の瞬間――俺は既に、ガロウさんの目と鼻の先にいた。
「……え?」
「……あ?」
俺たちは同時に驚愕の声をあげた。
(これ、は……っ!?)
まずは『少しだけ』接近して、ガロウさんの出方を窺うつもりが……。
うっかり『必殺の間合い』にまで踏み込んで――否、踏み込めてしまった
ひたすら闇の修業していたため、気付かなかった。
どうやら闇が体に馴染んで行くに連れて――俺の身体能力は格段に上昇していたらしい。
(しかし、どうする……?)
さすがに剣を抜いていない相手に斬り掛かるのは……剣士としてどうかと思われた。
(しかし、これは真剣勝負だ……)
ここで手を抜くのは、ガロウさんを侮辱することにほかならない。
(丸腰の相手に斬り掛かるわけにはいかない……。かといって、手を抜くことも許されない……)
相容れぬ両者の板挟みにあった俺は――折衷案として、前蹴りを繰り出した。
「――セイッ!」
ちょっとした牽制のつもりで放ったその一撃は、
「が、はぁ……っ!?」
ガロウさんの腹部へ深々と突き刺さり――彼はボールのように吹き飛んだ。
「「「……は?」」」
予想だにしない事態に、会場中がシンと静まり返った。
水平に飛んだガロウさんは、会場の壁に全身を強烈に打ち付け――完全に意識を手放した。
数万人が集まった舞台とは思えないほどの静寂が、オーレスト国立闘技場を包み込む。
「う、うそ……っ。はっ――し、失礼しましたっ! しょ、勝者、アレン=ロードル選手!」
素で困惑していた実況解説が勝敗を宣言したその瞬間。
「「「いよっしゃぁああああああっ!」」」
これまでの沈黙が嘘のように、千刃学院の先輩たちが歓喜の声をあげた。
「見たか、人狼学院! これがうちのアレン=ロードル様だ!」
「それにしても、まさか『剣』すら使わねぇとはな……っ! 侮辱には侮辱で返す――これがうちの裏ボスよっ!」
「はっはっはっ! このまま次鋒・中堅戦もいただくぜっ!」
幸先のいい勝利に舞い上がった先輩たちが、妙なことを叫んだせいで……。
「まさかあのガロウをたった一撃で……っ。千刃学院……落ちぶれたかと思ったが、今年はとんでもない逸材が入ってきているな……っ」
「しかし、真剣勝負で剣すら使わぬとはな……っ。ガロウ、可哀想な男よ……。再び剣士として、立ち直ることができるかどうか……」
「アレン=ロードル、か……。優し気な顔の裏に、鬼のような残虐性を秘めた男だ……っ」
周りの観客たちによからぬ噂が広がっていた。
俺の『間違った悪名』は千刃学院内を越えて、ついに一般大衆にまで広がろうとしていた。
「はぁ……。また面倒なことが起こらないといいけど……」
俺は大きくため息をつきながら、ゆっくりと舞台から降りた。
とにもかくにも――こうして俺は、ガロウ=ユンドラーさんとの先鋒戦を見事勝利で飾ったのだった。




