闇と剣王祭【二】
魂の世界から現実世界へ引き戻された俺は、早速レイア先生の元へ向かった。
「先生、少し質問をしてもいいですか……?」
「あぁ、いいぞ。遠慮せずに何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。……『霊力』とは、何なんでしょうか?」
俺が質問を投げ掛けると、
「ほぅ……っ。その言葉、どこで聞いた?」
先生は少し驚いた様子で、逆に質問を返してきた。
「ついさっき、霊核と戦っていたときにアイツが口走ったんですよ」
「なるほど、そういうことか……。ふむ、どうしたものかな……」
彼女は悩ましげな表情で頬を掻いた。
「霊力については、君たちが『壁』にぶつかってから話そうと思っていたんだが……。しかし、そうだな……。ローズを筆頭に何人かの生徒は、既に伸び悩んでいるし……。そろそろ説明をした方がいいのかもしれないな……」
そうして自分の中で、結論を出した先生はポンと手を打った。
「ふむ、こういうのは公平さも大切だな……。――よし! 霊力については、二限の授業で全員に説明しよう! アレンには悪いが、もう少しだけ待ってくれないか?」
「はい、わかりました」
やはり俺の予想通り、『霊力』は強くなるための大事な要素の一つらしい。
それからついでにもう一つ――ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「先生、すみません……。もう一つだけ、いいでしょうか?」
「あぁ、もちろんだとも」
「何というかその……。リアのお父さん――ヴェステリア王国の国王陛下は、やっぱり……怒ってますよね?」
リアのことを溺愛する陛下のことだ。
彼女が黒の組織に誘拐されたと知れば、それはもう……。
きっと今頃、怒髪天を衝く勢いで怒り狂っているに違いない……。
すると、
「あー……、それなんだが……」
少し困った表情を浮かべた先生は、小さな声で耳打ちをした。
「それがだな……。ここだけの話、何も言ってこないんだよ……」
「……え?」
「あれだけの騒ぎだ。当然リアの誘拐事件は、耳にしているはずなんだが……。気味の悪いことに、文句の一つも言ってこない……。全くどうしたんだ、アイツは……?」
「それは変ですね……」
俺の持つ、陛下のイメージに全くそぐわない。
あの人ならば、誘拐の報を受けたその瞬間にでも黒の組織と全面戦争を始めそうなものだけれど……。
(本当にいったい、どうしたんだろうか……?)
俺がそんなことを考えていると、
「まぁ、とにかく……。現状リアの周りはとても静かだ。まぁ、今後どうなるかはわからんが……。ここでどうこう考えていても、どうしようもないことだな」
先生は肩を竦めてそう言った。
「そう、ですね……」
確かに、答えの出ないことに頭を悩ませていても仕方がない。
もし『何か』があったときに備え、今できることを一つ一つ確実にこなす――きっとこれが最良の答えだ。
「先生、ありがとうございました。――それじゃ、俺はもう一度行ってきます!」
「あぁ、応援しているぞ!」
そうして俺は、再び魂の世界へと入り込み――一限が終わるそのときまで、何度も何度も戦いを挑み続けたのだった。
■
その後、あっという間に一限の授業が終わった。
短い休憩時間を挟んで、二限の開始を告げるチャイムが鳴ったその瞬間。
『ピィーッ!』というレイア先生お気に入りのホイッスルが、魂装場に鳴り響いた。
「――諸君! 少し話があるので、こっちへ集合してくれ!」
突然の招集に戸惑いながらも、みんなはぞろぞろと先生の周りに集まった。
「突然だが、君たちにはこれから霊力の測定をしてもらおうと思う! しかし、その前に――そもそも霊力とは、いったい何なのかを簡単に説明しておこう!」
そうして先生は、よく通る大きな声で説明を始めた。
「霊力とは、言ってみれば『精神エネルギー』のようなものだ。我々剣士はこれを消費して、魂装を発現している。魂装の修業をした後は、精神的にドッと疲れが来るだろう? あれは精神エネルギーである霊力を大きく消耗したからだ」
さらに彼女は話を続ける。
「そして霊力は持って生まれるものではなく、後天的に魂装の修業を経て身に付けていくものだ。極論を言ってしまえば、霊力の量に限界はない。修業を積めば積むほど、少しずつ増えていく。……とは言っても、人間が数億年と生きられるわけもない。理論上限界は無いが、人間という生物的な限界によって、霊力にも『実質的な限界量』はある。――っとまぁ、霊力についての説明はこんなところだな」
そうして霊力についての説明を終えた先生は、
「では早速、霊力の量を測定しに行こう。――さぁ、私の後を付いて来てくれ!」
だだっ広い魂装場の奥へ向かって、早足に歩き始めた。
そのまま二分ほど歩くと、高さ二メートルほどの両開きの扉が見えてきた。
(魂装場にこんな扉があったのか……)
壁と全く同じ色をしているせいで、全く気付かなかった。
「――よっこらせ……っと!」
先生が扉を開いて中へと進み、俺たちもその後に続いた。
するとそこには――御伽噺に出てくる魔法陣のようなものがあった。
「ここは霊力の間と言ってな。その名の通り、剣士の霊力を測定するために作られた部屋なんだ。――まぁ『百聞は一見に如かず』だな。まずはお手本を見せよう」
先生はそう言うと魔法陣の中心へ移動し、大きく深呼吸を始めた。
すると次の瞬間――魔法陣から眩い真紅の光が放たれた。
「「「お、おぉ……っ!?」」」
その神秘的な光景に幾人かの生徒が息を呑んだ。
「――魔法陣が放つ色は、測定者の霊力の量によって決定する。霊力の少ない順に、『紫・藍・青・緑・黄・橙・赤』という順番だ。目安としては、そうだな……。一年生のこの時期ということを考えると――『藍色』以上が出れば、十分に優秀と言っていいだろう」
そうして実演を終えた先生は、魔法陣から離れた。
「測定方法は、いたって簡単だ。魔法陣の中心へと移動し、意識を魂の奥底へと向ける。そうすれば魔法陣が自動的に起動し、君たちの霊力を測定するというわけだ」
そうして説明を終えた先生は、
「さぁ心の準備が出来たものから、どんどん測定を始めてくれ」
パンと手を打って、生徒たちへバトンを渡した。
すると、
「――よし、一番は俺がいただくぜ!」
斬鉄流の剣士テッサ=バーモンドが、一番手に名乗りを上げた。
「よし。ならばテッサ、やってみせてくれ。ポイントは霊核と対話するときのように、意識を魂の奥底へと沈み込ませることだ!」
「はいっ!」
元気よくそう返事をしたテッサは、魔法陣の中心に立ち――大きく息を吐いて目をつぶった。
すると次の瞬間――魔法陣から藍色の淡い光が漏れ出した。
「ほぅ、いきなり藍色か……っ! 凄いじゃないか、テッサ!」
先生は大きく目を見開き、感嘆の息を漏らした。
「へへっ、ありがとうございます!」
その後、俺たちは一人また一人と霊力を測定していった。
ほぼ全ての生徒は紫色、ついで藍色が稀に見られるといった具合だ。
ちなみにリアは緑色で、ローズはなんと青色だった。
霊力でリアに敗れたローズは、かなり悔しかったようで……。
小刻みに震えながら「や、やるじゃないか……っ」と呟いていた。
それから少しして――ついに俺の番がやってきた。
「それじゃ最後はアレン、やってみせてくれ」
「はい」
魔法陣の中心へ移動した俺は、
「すぅー……っ。はぁー……っ」
大きく二三度、深呼吸をして精神を集中させた。
意識を内へ内へと――魂の奥底へと沈め込ませたそのとき。
「……っ!?」
どす黒い光が魔法陣から放たれ――バキンという甲高い音と共に、魔法陣が砕け散った。
そして、
「そ、測定不能、だと……っ!?」
先生の唖然とした声が、霊力の間に大きく響いたのだった。




