賞金首と目覚め【十二】
黒い冥轟によって半壊した研究所の奥へ進むと、地下へと続く螺旋階段があった。
警戒を強めながら、ゆっくりと降りていくとそこには――おびただしい数の不気味な機械が、所狭しと並んでいた。
「な、なんだ、これは……?」
目の前の巨大なビーカーは、透明なオレンジ色の液体で満たされ、その中に青白い石が浮かんでいた。
「……あまり居心地のいい場所ではないな」
そう言ったローズの視線の先には――心電計のようにピッピッと高い音を鳴らす、貯水タンクのような謎の機械があった。
「ふむ……。どうやらここでは、霊晶丸の研究をしているようだな」
レイア先生は青白い鉱石を手に取りながら、ポツリとそう呟いた。
そうして空気の淀んだ薄暗い研究室を真っ直ぐ進むと、五人の研究者たちと遭遇した。
「お、お前は……黒拳っ!?」
「と、トール様とザク様は……やられたのか……っ!?」
「あぁ……っ。もう終わりだ……っ」
レイア先生を目にした彼らは頭を抱え、その場でうずくまった。
「自己紹介は必要なさそうだな。さて単刀直入に聞く――リア=ヴェステリアはどこだ? 抵抗しても構わんが、痛い目を見るだけだぞ?」
そうして先生が指をバキボキと鳴らすと、
「「「ひ、ひぃっ!?」」」
研究者たちは一斉に悲鳴をあげた。
そして、
「こ、こちらです……っ」
一人の研究者が代表して、部屋の奥へと案内し始めた。
研究室の奥には鉄格子の降りた牢屋があり、その中に両手両足を拘束されたリアがいた。
「り、リア!」
「――あ、アレン! ローズに、レイアまで!」
見たところ、彼女の体に大きな怪我は無い。
俺がひとまずホッと胸を撫で下ろしていると、
「鍵はどこだ?」
「こ、こちらにございます……っ!」
研究者から鍵を受け取った先生が牢屋の鍵を開け、続けてリアの両手両足の鎖を取り外した。
すると、
「アレンッ!」
「おっと!?」
拘束から解放されたリアは、俺の胸へ飛び込んできた。
「怖かった……っ。本当に怖かったよ……っ」
小さく震える彼女を、優しく包み込むように抱き締めた。
「遅くなってごめん……。中々、この研究所が見つからなくてさ……」
「ううん、大丈夫……っ。ありがとう、アレン……っ。あなたなら、絶対に見つけてくれるって信じてた……っ!」
彼女はうっすらと目尻に涙を浮かべながらも、大輪の花のような笑顔を浮かべた。
「……っ」
目と鼻の先でそんな可愛らしい笑顔を見せられた俺は、
「か、体は大丈夫なのか……っ?」
少しだけ顔を背けながら、質問を投げ掛けた。
「うん。少し血を抜かれたけど、それ以外は何もされてないよ」
「そうか、本当によかったよ……」
そうして俺とリアが話しをしていると、
「……リア。気持ちはわかるが、少しベタベタし過ぎだ……っ」
額に青筋を浮かべたローズが、貧乏ゆすりをしながら低い声でそう言った。
「……あっ。ご、ごめんね、アレン……っ。ちょっと嬉しくなっちゃってつい……っ」
「あ、あぁ……気にしないでくれ……っ」
そうして俺とリアがゆっくり離れると、
「これは思わぬ大収穫だな……」
霊晶丸と思われる青白い丸薬を手に取った先生は、静かにそう呟いた。
「大収穫、ですか……?」
「あぁ。私の知る限り――黒の組織の研究所を押さえたのは、ここが世界初だ。これはとんでもない大手柄だぞ、アレン!」
彼女はそう言って、俺の背中をバシンと叩いた。
「先生にローズ、それからリゼさんの力があったからですよ」
「はぁ……。君は相変わらず謙虚だな……。私とは正反対だ」
先生はひとしきりクククと笑った後――パンと手を打った。
「さて、時間も時間だし、君たちはそろそろ帰った方がいい」
「先生はどうするんですか?」
「私はこいつらを拘束して、聖騎士の詰め所にぶち込んで、それから現場検証に付き合って……と、まだまだやることが山積みだ」
彼女は肩を竦めてそう言った。
「まぁ本音を言うと、君たちの手も借りたいところなのだが……。さすがにこれは『五学院の理事長』の仕事だからな……。職務を生徒に押し付けるわけにはいかん」
どうやらここから先は、俺たちが手伝えることではないようだ。
「本当にお疲れ様です。それじゃ、俺たちはここで」
「先生、ありがとうございました!」
「失礼します」
そうして俺とリアとローズがこの場を去ろうとしたそのとき――何者かが凄まじい速度で螺旋階段を駆け下りる音が聞こえた。
「だ、誰だ!?」
俺は消耗の激しいリアとローズの前に立ち、すぐさま剣を抜き放った。
すると、
「ぜひゅぜひゅ……っ。じゅ、十八号……っ。ただいま戻りました……っ!」
額に大粒の汗を浮かべ、肩で大きく息をする十八号さんが現れた。
「じゅ、十八号さん!?」
彼は確か国境警備のために、出払っていると聞いていたけれど……。
「遅いぞ……どこで道草を食っていたんだ、十八号?」
「も、申し訳ございません……っ。連絡を受けてすぐに全速力で走り出したのですが……っ。さすがに、かなりの時間がかかりました……っ」
彼は息も絶え絶えになりながら、そう説明した。
「全く、仕方の無い奴め……。――ほら、次の仕事だ。念のため、アレンたちを千刃学院まで護衛してくれ。特にローズの消耗が激しいから、少し気に掛けてやってくれると助かる」
「か、かしこまり……ました……っ」
どう見てもローズよりも十八号さんの方が、激しく消耗しているんだが……。
そして、
「さ、さぁ、みなさん……っ! 私が来たからには……お、大船に乗ったつもりで、ゴホゴホ……っ。い、行きましょう……っ!」
俺たちは十八号さんを先頭にして、螺旋階段を登っていった。
「――っと、そうだ! 明日は通常通り授業があるから、三人とも寝坊しないようにな!」
レイア先生は最後に先生らしいことを言うと、ニッコリと笑って手を振った。
■
研究所から遥か北方に位置する森の中。
「……おいこら、ウスノロ。てめぇ、生きてんのか?」
無傷のトールが、満身創痍となったザクへ声を掛けた。
「なんとか、な……っ。しかし、参った……指一本として動かん……っ」
そう言って彼は、力なく首を横へ振った。
「なっさけねぇなぁおい……。御自慢の<不知火の鎧>はどうしたんだ?」
「ざ、ざはは……っ。アレが無ければ、肉片すらも残らなかっただろうな……」
黒い冥轟に飲まれた彼は、寸前で<不知火の鎧>を展開したことにより、かろうじて一命を取り留めたのだ。
「いや、しかし……。本当にとんでもないキラキラだったぞ……っ! アレでまだ未完というのだから、底が知れん……っ!」
ザクは瞳に焼き付けた漆黒の闇を思い返しながら、興奮気味にそう熱弁した。
「ふーん、アレン=ロードルねぇ……。そこまでの大器なら、どっかで一つ媚でも売っとくかぁ……?」
ザクの審美眼をそれなりに信用しているトールは、少し真剣にアレンへ取り入る方法を考え始めていた。
「ざはは、それもありやもしれんなぁ……。っと、そう言えば――そっちはどうだったんだ。黒拳には勝てたのか?」
「はぁ、無理に決まってんだろ? そもそも超越者様に勝とうってのが、どだい無理な話なんだよ。尻尾巻いて、速攻逃げて来たぜ」
トールは何の臆面もなく、堂々とそう言ってのけた。
彼女からすれば黒拳レイア=ラスノートとの戦闘は、自分が生きてさえいればそれでよかった。
そもそも勝てるわけがない――そういう風にきっぱりと割り切っているのだ。
「ふむ、黒拳を相手に逃げおおせたとなると……例のアレか?」
「おぅ、『レイアのコピー』と『あたしのコピー』をぶつけて来たぜ。魂装が『一本だけ』って思い込みは、危険だよなぁ?」
そう言ってトールは、二本の短剣を取り出した。
<模倣芸術>は、世にも珍しい二本で一つの魂装。
これを知っているのは、数年来のコンビであるザクだけだ。
「相変わらず、姑息な手を使うなぁ……」
「なんとでも言え、あたしの信条は『生きるが勝ち』なんだよ」
そうして情報の共有を済ませたところで、
「さてと……とりあえず本国へ帰るぞ」
「あぁ、そうだな」
トールはその小さな体でザクを背負い、夜闇に紛れて消えていったのだった。
「――くっそ重いぞ、こら! 痩せろ、今この場でっ!」
「ざ、ざはは……っ。無茶を言ってくれるな……っ」
■
無事に寮へ帰った俺とリアは、かなり遅めの晩御飯を取ることにした。
よほどお腹が空いていたのだろう……この日のリアは本当によく食べた。
「そんなに食べて太らないのか……?」と疑問に思ったが、体重のことを女性に聞くのはデリカシーに欠けるので、グッと飲み込んだ。
とにかく――大量の食材が詰め込まれた巨大な冷蔵庫が、たった一度の食事ですっからかんになる光景は壮絶の一言だった。
その後、先にお風呂を済ませたリアは、上機嫌に鼻歌を奏でながら髪をとかしていた。
「ふーんふふーん、ふふーん……!」
いつものツインテールを解いて髪を下ろした彼女は、なんというか……とても魅力的だ。
もう見慣れてきたとはいえ、普段とのギャップの大きさに今でも少しだけ胸が高鳴った。
「そ、それじゃ、俺もお風呂をいただくよ」
「あっ、うん。ゆっくりと疲れを落としてね」
「あぁ、ありがとう」
その後、お風呂から上がった俺が寝支度を整え終わる頃には、もう深夜の二時を回っていた。
「――それじゃ、電気消すぞ?」
「うん、お願い」
俺は照明を落とし、リアと同じベッドに入った。
ほどよい弾力のマットが優しく体を支え、温かい掛け布団が全身を包み込む。
体の力が抜けていき、それと同時に今日一日の疲れも溶けていくようだった。
「おやすみ、リア」
「おやすみなさい、アレン」
そうして俺たちは、静かに眠りについた。
――それから五分十分と経過したあるとき。
「……ねぇ、アレン。……まだ、起きてる?」
リアは小さな声でそう呟いた。
「……起きてるよ」
「……そっか」
「あぁ。どうかしたのか……?」
俺がそう問い掛けると、
「……何だか、ちょっと落ち着かないの」
彼女は不安の色が浮かんだ力の無い声で呟いた。
黒の組織に拉致され、一日中あの不気味な研究所に監禁されていたんだ。
無理もないことだろう。
「そうか……。それなら何か楽しい話でもしようか? それか……そうだな、温かいお茶でも用意しようか?」
パッと思いついた気持ちが落ち着く案を口にすると、
「その……もしよかったらなんだけど……」
リアにしては珍しく、もごもごと言い淀んでいた。
「……? 何でもいいぞ、言ってくれ」
できるだけ優しく声を掛けると、
「そ、その……。手、握ってもいい……?」
彼女は声を震わせながらそう言った。
「あ、あぁ……。もちろん、いいぞ……」
予想外の要求に少し驚いたけれど、これがリアの望みというのならば断わる理由はない。
少し緊張しつつ、リアの元へ右手を伸ばすと、
「あ、ありがと……っ」
彼女の小さい手がそっと覆いかぶさった。
そうして俺は――日に日に近付いてく互いの距離に少しドキドキしながら、今日もリアと一緒に眠りについたのだった




