賞金首と目覚め【十】
俺とザクの視線が交錯し、
「はぁあああああっ!」
「ぬぅおおおおおっ!」
まるで示し合わせたように同時に駆け出した。
「ハァッ!」
「ぬぅん!」
互いの剣がぶつかり合い、凄まじい轟音が鳴り響く。
「見た目通りの……馬鹿力だな……っ!」
「ざ、ざはは……っ! そちらこそ……小さな体に合わぬ、とてつもない力だな……っ!」
互いの筋力は、完全に五分五分。
ここから先は、剣術が勝敗を分ける。
(力比べは時間の無駄だ……っ。一度距離を置いて、立て直そう)
俺がそんなことを考えていると、
「――<劫火の盾>ッ!」
奴は突然、ゼロ距離で炎の盾を展開した。
「なっ、この距離で……っ!?」
視界が赤一色で埋まり、凄まじい熱気が目を刺激する。
「くっ、八の太刀――八咫烏ッ!」
八つの斬撃をもって盾を切り刻むと――ザクは遥か後方にいた。
どうやら巨大な盾で姿を隠し、その間に大きく跳び下がっていたようだ。
奴は深く腰を落とし、遥か遠方から『突き』を放った。
「――<劫火の死槍>ッ!」
大剣の切っ先から灼熱の槍が放たれる。
「一の太刀――飛影ッ!」
奴の遠距離攻撃に対抗して、飛ぶ斬撃を放った。
しかし、
「ぬるい、ぬるいぞっ!」
荒れ狂う劫火の槍は、いとも容易く飛影を貫き――微塵も威力を落とすことなく、こちらへ殺到した。
「なっ!?」
俺はすぐさま右へ大きく跳び、槍状となった炎を回避した。
(飛影では押し負けるのか……っ)
<劫火の死槍>に遠距離攻撃で対抗するには、冥轟クラスの威力が必要なようだ。
そうしてザクの攻撃とその対策に思考を巡らせていると、
「――回避直後は、もちっと気を張らねばならんぞ?」
気付けば、目と鼻の先に大剣を振りかぶった奴の姿があった。
「しまっ……!?」
「風焔流――焔烈斬ッ!」
炎をまとった四つの斬撃が凄まじい速度で迫る。
「う、雲影流――うろこ雲ッ!」
着地の隙を狙われた俺は、咄嗟に出の早い四つの斬撃で迎え撃った。
しかし、体勢不利の状態で放った誤魔化しの斬撃で凌げるほど――ザクの剣は甘いものではなかった。
(なんて威力だ……っ!?)
四つの斬撃はあっという間に食い破られてしまった。
俺は必死で身をよじり、何とか回避しようと試みたが……。
「ぐ……っ」
二発の斬撃が右肩と左足に着弾し、肉を断つ鋭い痛みと焼け付く鈍い痛みが同時に走った。
たまらず後ろへ跳び下がり、立て直しを図る。
(……幸いにして傷はそこまで深くない)
戦闘継続には、何ら影響はないだろう。
(やはり問題はどう『崩す』か、だな……)
ザクの構えは俺と同じ、正眼の構え。
へその前で握られた大剣は微動だにせず、緊張と脱力が程よく混ざり合った――恐ろしいほど『自然』な構えだ。
(……この構えは、一朝一夕で身に付くものじゃない)
奴はこれまで戦った誰よりも――剣術の基礎がしっかりとしていた。
きっと天賦の才能を持ちながら、膨大な時間を修業に費やしてきたのだろう。
(……しかし、妙だな)
そんな研ぎ澄まされた奴の剣術だが、一点だけ気になるところがあった。
「その剣術、聖騎士にでも習ったのか?」
基本姿勢に防御術、果てには歩法に至るまで――ザクの動きは、聖騎士の剣術指南書と全く同じだった。
すると、
「……一応これでも、昔は聖騎士だったのでな」
奴は少し苦々しい表情でそう呟いた。
「な……っ!? せ、聖騎士がどうして黒の組織に!?」
世界の平和を守る国際組織――聖騎士協会。
世界の秩序を乱す大規模犯罪組織――黒の組織。
両者は対極の存在だ。
「……聖騎士協会に身を置いては、為せぬこともあるのだ」
ザクは険しい顔つきでそう呟くと、
「――だが今は、そんなつまらぬことなど、どうだってよい! さぁ、アレンよ! お前の輝きを――キラキラをもっと見せてくれっ!」
重たい空気を消し飛ばすように、突然大きな声を張り上げた。
「謳え――狐火ッ!」
ザクはそう言うと、その場で大きく大剣を振るった。
灼熱の炎が舞い上がり、それは徐々に生物の形を成していく。
「「「――コォーンッ!」」」
劫火によって産声をあげたのは、メラメラと燃え盛る真紅の狐だった。
その数は軽く十を超え――鋭い牙を剥き出しにして、こちらを威嚇している。
(まさかこんな力まで……っ!?)
くそっ、なんて応用力の高い能力だ……っ
「ざははははははっ! さぁ――クライマックスと行こうではないか!」
「……来いっ!」
その後、俺たちの剣戟は熾烈を極めた。
「ギャルルルルルッ!」
「くっ……ハァッ!」
無限に作られる狐火を斬れば、
「――そこだっ! ぬぅうんっ!」
「ぐっ!?」
その背後から、ザクの大剣が襲い掛かる。
狐火と大剣による波状攻撃を前に防戦一方を強いられた。
(くそ、手数が違い過ぎる……っ)
こちらが一人に対して、相手はザクと十数匹もの狐火。
『数の差』は圧倒的だった。
攻め込もうにも大量の狐火が邪魔をし、手痛い反撃を食らう。
かと言って守りに入れば、今のような怒涛の攻撃が続く。
(いったい、どうすればいいんだ……っ)
そうして俺が打開策を必死に考えていると、
「狐火――紅蓮ッ!」
「「「コーンッ!」」」
四方八方にバラけた八匹の狐が――息を合わせて同時に襲い掛かってきた。
「くっ、桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
八つの斬撃をもって、全ての狐を撃退したそのとき。
「風焔流――大焔斬ッ!」
背後から強烈な切り下ろしが迫った。
「ぐっ!?」
無理な体勢ながらも何とか防いだ俺は、わざと大きく後ろへ跳んで衝撃を殺した。
「ざははっ! まさに驚異的な反応速度だっ! 体捌きも申し分ない! 完璧に崩したと思ったが……いやはや、まさか防がれるとはっ!」
ザクは余裕綽々と言った様子でそう呟くと、再び十匹の狐火を生み出した。
(このままじゃ、完全にジリ貧だ……っ。ここはもう、仕掛けるしかない……っ!)
位置取りは、申し分ない。
後は――奴が仕掛けてくるのを待つだけだ。
俺が正眼の構えを堅持したまま、ジッとその機を待っていると、
「どうした、守っているばかりでは勝てんぞ? 狐火――烈火ッ!」
「「「コォーンッ!」」」
ザクは生み出した狐火を一斉にこちらへ放った。
(――来たッ!)
その直後。
「二の太刀――朧月ッ!」
今まで仕込んできた二十の斬撃が、迫り来る狐火を全て切り裂いた。
「ほぅっ! 面白い技を使うな!」
狐火がゼロになったこの機を逃す手はない。
「一の太刀――飛影ッ!」
俺は全力で
いつもより一回り以上も大きい斬撃を放った。
「ざははっ! それは効かんと言っておるだろう! ――<劫火の死槍>ッ!」
凄まじい爆炎が飛影を食い破ったその瞬間。
「――目くらましだ」
飛影を背にして接近した俺は、ザクの背後を取った。
ようやく作り出した絶好の機会。
「五の太刀――断界ッ!」
俺はがら空きの背中目掛けて、最強の一撃を繰り出した。
しかし、
「狙いは悪くないが、俺の背後は死角ではない。――<劫火の円環>ッ!」
次の瞬間、奴を中心に巨大な爆炎が吹き荒れた。
凄まじい衝撃波が体を撃ち、強烈な熱波が肌を突き刺した。
「ぐ……っ!?」
あまりの衝撃に吹き飛ばされた俺は――なんとか受け身を取りつつ、強く歯を食いしばった。
「その技があったか……っ」
不意を突いたとはいえ、会長や聖騎士たちを一撃で倒した強力な衝撃波。
(まさかそれを防御に使ってくるとは……っ)
そうして俺が歯を強く噛み締めていると、
「しかし、不思議な体をしているな……。普通今の一撃を食らえば、重度の火傷を負うはずなんだが……」
ザクは訝しげに俺の全身を見ながら、何事かを呟いた。
その間、俺は互いの状態を分析した。
少しずつではあるが、俺の体にダメージは蓄積している。
斬撃を受けた右肩と左足。
それに狐火を防御する際に生じた小さな火傷が各所に見られた。
一方のザクは、ほとんど無傷だ。
剣戟の最中に薄皮が斬れた程度の物で、明確なダメージはゼロと言っていいだろう。
(……参った。このままじゃ、ちょっと勝てないな……)
ここまで苦しい戦いになった原因はたった一つ――魂装の有無だ。
やはり最後の最後に立ちはだかったのは『才能』という大きな壁だった。
(もう、やるしかない……っ)
悔しいが、ザクは格上の剣士だ。
アイツの力を引き出さなければ――今の俺じゃ絶対に勝てない。
――思い出せ。
(……ザクは言っていた)
物理的に捻じ伏せる必要はない、力の一部を引き出すだけならば――心で捻じ伏せればいい、と。
(……アイツは言っていた)
『心の強さ』が、何よりも『覚悟』が足りていない、と。
それから俺はゆっくりと自分の意識を内へ内へ――魂の奥底へと沈めていった。
俺は――勝つ。
目の前の敵を――斬る。
リアを守るために。
リアとの日常を守るために。
だから――。
今日、このときだけでいい。
いいや――今、この瞬間だけでいい。
だから――。
(力を……寄こせ……っ!)
魂に刻み付けるように、鋭い刃を胸に突き立てるように――強くそう念じたそのとき。
心の奥底で――アイツの声が聞こえた。
【クソガキが……。やりゃぁできんじゃねぇか……】
その瞬間。
「これ、は……っ!?」
黒よりも黒い、まるで『闇』を凝縮したような黒剣が――空間を引き裂いて姿を見せた。




