賞金首と目覚め【九】
霊晶丸によって強化された剣士を倒した俺たちは、研究所の奥へと進んだ。
暗く狭い廊下をしばらく進むと――少し広い薄明かりの灯った部屋に出た。
(……何か、いるな)
暗闇の奥で何者かの息遣いを感じる。
「――トール=サモンズ、だな?」
先生がそう問い掛けると――部屋の最奥から、黒い外套に身を包んだ背の低い女性が姿を現した。
外側にはねた薄紅の髪。
常に不機嫌そうな鋭い目付き。
リアを攫った黒の組織の一人、トール=サモンズだ。
「あぁ、そういうお前は黒拳……が、は!?」
レイア先生の拳が、トールの腹部へ深々と突き刺さった。
(は、速い……っ!?)
初動から拳を放つまでの一連の動きが、まるで見えなかった。
「――悪いが時間が無いのでな。詳しい話は後で聞かせてもらうとする……なっ!?」
凄まじい一撃を見舞ったはずの先生は、何故か突然大きく後ろへ跳び下がった。
「……ちっ、そういうことか」
忌々しげにそう呟いた彼女の右手からは、鮮血が流れていた。
すると、
「ぎゃははははっ! 情報通りの単細胞さだな、黒拳!」
トールの背後から、もう一人のトールが姿を現した。
「「と、トールが二人……っ!?」」
俺とローズが同時にそう呟くと――目の前の『トールだったもの』は、地面に突き立てられた一本の剣へと変化した。
そして、
「化かせ――<模倣芸術>ッ!」
トールがそう言った瞬間。
彼女の剣から白い粘土のようなものが溢れ出し、それはレイア先生の姿を模って動き始めた。
「やはりそうか……。私が殴ったのは、トール自身をコピーした魂装。今の一幕から察するに……コピーする条件は『対象を斬り付けること』か」
先生は鋭い目付きで、相手の魂装を冷静に分析した。
「くくっ、筋肉馬鹿と聞いていたが……。意外と頭が回るじゃねぇか!」
トールはそう言いながら、懐から取り出した二本の短剣を両手に構えた。
どうやらコピーを動かしながら、自らも戦いに参加するようだ。
「……アレン、ローズ。君たちは先に行け」
先生は俺たちにだけ聞こえるよう、小さな声でそう言った。
「私のコピーがどれほどの性能を持つか不明だが……。アレが君たちを狙い出すと面倒なことになる」
もしもあのコピーが、先生と全く同じ強さだとすれば……。
俺とローズは、手も足も出ずにやられてしまうだろう。
「それに……もうあまり時間が無い。『解析』の結果次第では、リアはそのまま『処分』されてしまう。そうなる前に一刻も早く、彼女を救出してくれ。私もこいつを倒した後、すぐに後を追う」
「「わかりました」」
コピーの手の内は、他でもないレイア先生自身が一番よく知っている。
そういう意味でも、この場は彼女に任せるのが最適だろう。
「行こう、ローズ!」
「あぁ!」
互いの考えが一致した俺とローズは、すぐに研究所の奥へ走り出した。
そんな俺たちを――トールは黙って見過ごした。
どうやら彼女の役割は、ここでレイア先生を足止めすることらしい。
そのまま廊下を走って行くと、先ほどよりもさらに一回り大きな部屋に出た。
しかし、そこには、
「ぎ、来た、か……っ!」
「侵入者は……排除、ず、る……っ!」
数えるのが馬鹿らしくなるほど大量の剣士がいた。
「これ、は……っ」
「あぁ、長期戦になるな……っ」
百、いや……二百はいるだろうか……。
目を血走らせ、肩で大きく息をする彼らの右手には――歪な形の魂装が握られていた。
ここにいる全員、霊晶丸を服用した強化剣士と見て間違いないだろう。
俺とローズが剣を抜き放ち、それぞれの構えを取った次の瞬間。
「う゛ぉおおおおおおおっ!」
「がぁあああああああっ!」
彼らは凄まじい速度で、一斉に突撃してきた。
二百人の怒号と咆哮を前に、俺たちは一瞬気圧されてしまう。
「――死ね゛ぇええええええっ!」
眼前に迫る豪快な切り下ろしを防ぐと、
「ぐっ……!?」
凄まじい衝撃が両腕を走った。
(なんて……馬鹿力だ……っ!?)
霊晶丸の効果か、それとも強化系の魂装の力か。
どちらかはわからないが、とにかく目の前の剣士は常人離れした力を誇っていた。
だけど、薬物に頼った偽りの力に――負けるわけにはいかない!
「うぉおおおおおお――ハァ゛ッ!」
真っ正面からの力勝負を制した俺は、その勢いのまま袈裟切りを見舞った。
「なっ……!? が、はぁ……っ」
まさか力負けするとは思っていなかったのだろう。
強化剣士たちの間に、大きな動揺が走った。
「――行くぞ、ローズ!」
「あぁっ!」
それから俺たちは、並み居る強化剣士たちを一人また一人と斬り伏せていき――既に五十人余りを戦闘不能にした。
戦況は大きくこちらに傾いている――それは間違いない。
だが、
(このままじゃ、まずい……っ)
この先には強敵――ザク=ボンバールが控えている。
こんなところで体力を消耗するわけにはいかない。
それに加えて、時間が押し迫ってきている。
こんなところで足止めを食らっている場合ではない。
(くそっ、どうすれば……っ)
焦燥感がフツフツと湧きあがり、ゆっくりと心を焦がし始めたそのとき。
「染まれ――<緋寒桜>ッ!」
美しい桜の大樹が、突如として姿を現した。
それと同時に、ローズの動きが見違えるように素早くなる。
「桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」
鏡合わせのように左右から四撃ずつ――目にも止まらぬ八つの斬撃が四人の剣士を斬り伏せた。
「ろ、ローズ!?」
「ここで二人が消耗するのが一番マズい。――アレンは先に行って!」
「だ、だけど……っ」
ローズの魂装には『持続時間』がある。
こういった大群を相手にする持久戦は、彼女の得意分野ではない。
(……どうするっ!? 適材適所で行くなら、俺が残るべきだが……っ)
俺が行くべきか、それともローズを行かせるべきか。
いったいどちらが正解なのか頭を悩ませていると、
「――大丈夫。桜華一刀流は、こんな偽物の力には負けない!」
ローズは俺の目をジッと見つめ、はっきりとそう言った。
そこには強い覚悟と断固たる決意があった。
その思いに応じるように、桜の大樹はバキバキと音を立てて成長していった。
彼女の気持ちを受け取った俺は、
「――わかった、ありがとう」
短くそう告げて、この部屋を突っ切ろうと駆け出した。
すると、
「行がせるがぁあああああ゛……っ!」
「こごで止める……っ!」
強化剣士たちが、一斉にこちらへ飛び掛かってきた。
「くっ!?」
俺が迎撃の姿勢を取った次の瞬間。
「舞え――桜吹雪ッ!」
まるで濁流のような桜のはなびらが、あっという間に彼らを飲み込んだ。
「ぐ、ぐぁあああああああっ!?」
一枚一枚が刃のように研ぎ澄まされたはなびらは、十人以上の強化兵たちを一撃で戦闘不能にした。
「行って!」
「あぁ、助かる!」
ローズの援護のもと、俺は研究所の奥へと向かった。
迷路のように曲がりくねった道をひたすら走ると――今度は体育館のように大きな部屋へ出た。
ここはちゃんと照明が機能しており――その最奥で待ち受ける者が一目でわかった。
「ザク=ボンバール……っ!」
「ざははははっ! やはり来たな、キラキラの原石よ!」
奴は焼け焦げた十字架のような大剣を首に載せており、好戦的な笑みを浮かべていた。
「……リアはどこだ?」
この広い部屋のどこにも彼女の姿はない。
「ちょうどこの真下のあたりだな」
そう言ってザクは、大剣を床に突き立てた。
「……無事なんだろうな?」
「安心するがいい。今もピンピンとしておるわ。……まぁ、腹は減っているだろうがな」
それを聞いた俺は、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。
(ようやく、ここまで来れた……っ)
リゼさん、レイア先生、ローズ――みんなの力を借りて、やっとリアを取り戻すチャンスを掴んだ。
(後は、目の前の敵を斬り伏せるだけだ……っ!)
俺はゆっくりと剣を抜き放ち、正眼の構えを取った。
「――行くぞ」
「ざははっ! 遠慮などいらん、いつでも来い!」
その直後――俺は一瞬でザクとの距離をゼロにした。
「速いっ!? ――<劫火の盾>ッ!」
奴は咄嗟の判断で、前方に巨大な炎の盾を展開した。
目が痛くなるような灼熱の劫火が、大きくうねりを上げる。
だけど――以前に感じたほどの圧迫感は無い。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
前回は手も足も出なかった炎の盾を――容易く八つ裂きにした。
「なんだとっ!?」
予想外の展開に驚いたザクは、大きく後ろへ跳び下がって距離を取った。
「ざははっ、やるではないか! 見違えたぞ、アレン=ロードルッ!」
「まだまだこれからだ……! 行くぞ、ザク=ボンバールッ!」
こうして俺とザクの死闘が幕を開けた。




